7.のどかな村で(7/42)
案内されたのは村長の家だった。
辺境の村にしては立派な門構えだ。王都にある貴族のタウンハウスをこぢんまりとさせたくらいのものである。
マリエル曰く、滅多に来ない旅人を泊める施設を兼ねていたり、配達された手紙を一括で受け取ったり、定期的に訪れる行商人との商談をするためだったり。
応接間でマリエルと二人並んでソファーに座る。
村長と対面。白髪白髭ながら、老人にしては体躯のしっかりした山男だった。
「お前さん、名は?」
「初めまして……ログ・ノーティスです」
一瞬、驚いたように村長の目が丸くなった。
「ふむ……わしは村長のソンチョじゃ」
まるで村長になるために生まれてきたような名前だな。
ソンチョは長く蓄えた顎髭を撫でると。
「今、わしの名前に何か思うところがあったじゃろ。そこは尊重してもらわねばな。村長だけに」
こういうとき、どう反応すればいいんだ。とりあえず……。
「あ、あははは! おもしろいですね!」
「ふむ、見所のある青年じゃ」
笑っておいて正解だったらしい。
ソンチョの視線が厳しくなった。
「しかしいかんぞログ殿。お前さんからは邪気の一切を感じぬが、隠し事の匂いがプンプンしておる」
途端にマリエルが口を挟んだ。
「ログ君って初対面の人には敬語なの! 打ち解ければ本音で話してくれるから心配しないで、お祖父ちゃん!」
つい、言葉が漏れた。自ずとマリエルと村長の間で視線が行き来する。
「お祖父ちゃんって……」
「わしはソンチョ・ルミナス。まあ、名字の方は昔は違ったんじゃが、この村にやってきて婿入りして早幾年……すっかり昔の姓など忘れて久しいのぉ」
目を細めるソンチョは自己紹介を続けた。
曰く、ソンチョも数十年前にこの村にやってきたらしい。マリエルの祖母と結ばれ、婿入りしてルミナス姓になったのだという。
「わしの娘……マリエルの母親も身体が弱くてな。マリエルを産んだ時に亡くなっておる。マリエルが王都で生命魔法学を学びたいと言い出したのも、それがきっかけじゃ」
なるほど。母親に似て身体が弱いというのなら、マリエルが自身の治療のために魔法を学んでもおかしくない。
軽く咳払いを挟んでソンチョが続けた。
「そうして、残されたルミナスの姓をわしらが受け継いだんじゃよ」
偶然だろうか。俺の母親も同じだった。俺を産んだことが原因で死んだと父親には聞かされている。
今更だが、父や兄が俺を嫌悪するのは、俺が母を奪ったと思ってのことかもしれない。
それにしても、母方の姓を受け継ぐというのは、貴族社会にはない珍しさだな。
「どうして母方の名字を残すようにしたんですか?」
答えたのはマリエルだった。
「ルミナスは特別な血筋なんだ……絶やしちゃいけないんだって」
貴族みたいなものなのか。いや、場合によっては養子をとって家を継がせて存続させることができる家名よりも、血筋の方が維持が難しいかもしれない。
ソンチョが小さく息を吐く。
「お前さん、ルミナスがどう特別か気になっておるようじゃな?」
「マリエルの事ですから、知っておきたいです」
「ふむ。信じるも信じないも、お前さんに任せるが……ルミナスとは精霊の血を継ぐ一族……つまりは、勇者の血統なのじゃよ。無論、ルミナスが勇者の血を持つ者というのは伏せられておるがの」
「ええと……はい?」
「魔王を封印せしめた伝説の勇者が残した血族。それがルミナス家じゃ。お前さんも知っておるじゃろ? 勇者と戦った英雄達の家名は広まっていても、勇者の姓名は伏せられて勇者としてしか語られておらんことを」
話が込み入ってきて、頭が混乱しそうだ。
だが、確かにそうだった。勇者は勇者としてしか語られない。性別も年齢も姓も名も、後の世に残されていなかった。
いや、そんなことよりもだ。
「ちょっと待ってくれ! じゃない、待ってください! じゃあマリエルの先祖って勇者なんですか?」
「いかにも。そして、このフォート村が秘境の山間にあって、城壁で守られているのも勇者の血脈を悪しき者達から守るためじゃ」
マリエルが困り顔になった。
「ごめんねログ君……黙ってて」
「正直、驚いてる」
「怒らないの?」
「別に嘘を吐いていたわけじゃないだろ。俺が訊かなかったから、マリエルは言わなかった。それだけのことだ」
「うん、ありがと。ログ君のそういうところ、すごいっていつも思うよ」
そういうって、どういうところだ?
というか、じゃあ王都にマリエルが行くなんてことは、この村の存在意義を根底から覆す、とんでもない大事件だったんじゃないか。
ソンチョが俺の顔から察したように頷いた。
「こうして無事、マリエルを守り送り届けてくれて感謝しておるぞ。本当にありがとうログ殿」
頭まで下げられた。顔を上げるとソンチョは言う。
「かつて勇者と共に戦ったノーティス家の末裔が、勇者の子孫たる我が孫マリエルを救ったというのも、きっと運命だったのじゃろう」
本当に驚かされっぱなしだな、マリエルには。
しかし、彼女の光魔法の才能は特別だった。勇者の末裔と言われてもなんら不思議じゃない。
ソンチョは続けた。
「してログ殿は、この村で生きていくつもりがあるのかのぉ?」
口調の穏やかさに比してソンチョの顔つきは真剣だ。
「その覚悟で来ました」
「孫が勇者の血筋でも、決意は変わらぬか?」
「マリエルはマリエルです。俺はマリエルを守ると誓いましたから」
ソンチョはソファーから立ち上がった。笑みを浮かべると。
「では、続きは教会で話そう。マリエルも……良いんじゃな?」
一瞬、マリエルは言葉に詰まる。が、普段よりも一層穏やかな表情になる。今まで俺が見たことがないくらいに。
「うん……わたしもログ君で良かったって思うよ、お祖父ちゃん」
「そうか……そうじゃな。この青年には見所がある。では、参るぞログ殿。マリエルはお茶の準備でもして待っておれ」
「任せて! とびっきり美味しいの淹れてあげるからね! 行ってらっしゃいログ君」
普段の彼女に戻っていた。
静かで穏やかな村の空気に、異質な何かを感じ取れるほど、この時の俺は敏感でも聡明でも無かった。




