6.急転(6/42)
学食にある窓際のテーブル席が俺とマリエルのお気に入りだった。
向かい合って座る。
お互い、自然と同じメニューを選ばなくなったのは、彼女の「一口ちょーだい」が原因だ。
なのにカツカレーが被ってしまった。
「今日はお揃いだねログ君?」
「珍しいな」
「うん……実は揃えたの。最後は同じがいいかなって」
あまりに唐突に、あっさりと彼女は口にした。
「最後って……どういう意味だ?」
スプーンを置いたまま、彼女の青い瞳が下を向く。
「あのね……去年の火事なんだけど、巻き込まれて死んじゃいそうになったこと……故郷の人達にバレちゃったみたい」
「バレちゃった……って?」
「うん。火事があったよ! くらいしか、手紙に書かなかったんだけどね」
「お前は無事だったんだし、それでいいじゃないか?」
金髪がふわりと左右に揺れた。
「ちょっとダメみたいなんだ。元々、わたしが無理を言って王都に行かせてもらった立場だし」
「おい……嘘だよな?」
「君に嘘なんてつかないよ。だから正直に話すね」
指先が震える。鼓動がいつもより大きく感じる。嫌な予感すらせず、こんなにも唐突に終わるのか。
桜色の唇がそっと開いた。
「実家に帰るから、大学も辞めなきゃいけない。もう一緒にいられないんだ。ごめんね……ログ君」
俺は席から立ち上がった。
「なら俺も辞める! マリエル! 約束しただろ! ずっと一緒だって!」
「だ、ダメだよ! ログ君は優秀だしちゃんと卒業しなきゃ!」
「卒業なんてどうだっていい!!」
周囲の視線が集まってもお構いなしだ。どうせ辞めるのに、これから先の評判を気にしてどうする。
「お前の故郷に俺が一緒に行けば問題は全てクリアされる! そうだろ!? だから俺も……連れて行ってくれ!」
マリエルの頬に涙が伝った。
同時に。
「「「「「「おめでとう! お幸せに!」」」」」
学生達が拍手喝采。王立魔法大学に首席入学した時でさえ、家族にも祝われなかった。ノーティス家の人間なら当然だという顔をされた。
生まれて初めて、こんなにも沢山の人間から俺は祝福された。
と、ここまでは良かったのだが、その日のうちに噂は広まり……。
講義後に呼び出された。
相手はガゼットだ。
学内にある教授の個室で、大きな執務机の前に立たされる。
革張りの椅子の背もたれにゆったり体重を預け、タバコをひとふかしすると教授は灰皿にこすりつけた。
「君には失望したぞ」
「最初から期待に沿える器じゃ無かったんです」
「前期の提出課題……あの光魔法を組み込んだ結界は悪くなかった。私も勇者の研究をして久しいが、独学でたどり着く学生がいるとは……驚かされたよ。素晴らしい魔法だ」
「それは……どうも」
この鉄面皮が俺を素直に褒めるなんて、よほどのことだ。
「教授会に掛け合い、特別研究室に推薦しても良かったのだが?」
特別研究室といえば、本当に選ばれた人間のみしか所属できないエリート中のエリートが集まるクラスだ。
ここに推薦される=いずれ国家を支える宮廷魔導師レベルである。たとえ宮仕えでなくとも大学に残り、院生となって准教授、いずれは教授となる出世コースもあり得た。
教授の手を取れば、ノーティス家の人間に相応しい、輝かしい未来が待っているだろう。
兄達にも一目置かれ、父親だって認めてくれるかもしれない。
俺は小さく深呼吸。そして――
「大変嬉しく思いますが、もう決めましたから」
ガゼット教授からは数秒の沈黙が返ってきた。
「では、失礼します」
一礼して退室する俺を、教授が呼び止めた。
「待ちたまえ。ログ・ノーティス君」
首だけ振り返る。
「はい?」
教授は机の引き出しから、青いノートを取り出した。
「持っていくがいい」
「それは……共用研究室の日報ですか?」
「教授会で、あの研究室は私が専有することに決まってね。資材の在庫管理も事務職員に任せることにしたのだよ」
「はぁ……」
「このような恥ずかしい代物を学内に残しておくべきではない。君が責任をもって処分したまえ」
顔が熱い。火が出るとか火を噴くとか、昔の人は良く言ったものだ。
ちゃんと中身を確認してたのかよ教授は!
俺は踵を返して執務机の上に置かれたノートをかっさらった。
「謹んで、処分させていただきます」
足早に部屋を出る俺の背に、教授は「結構だ」とだけ呟いた。
まったく、最後まで何を考えているのかさっぱり読めない人だったな。
こうして俺は晴れて無職の身となった。
経緯を説明しに、単身ノーティス家のタウンハウスに戻った時、父親からはきっぱり勘当を言い渡された。
今後ノーティス家の身分を利用するようなことはさせないし、もしするようなことがあれば訴えるというのだから、よほど頭にきたのだろう。
知ったことか。
兄達の冷笑に晒されながら、帰路で待っていたマリエルに事後報告だ。
夕暮れ時。王都の小さな公園で、彼女は涙目になって俺に言う。
「本当に良かったの!? だって特別研究室ってすごいんでしょ? それに家族の人達だって……」
「いいんだ。俺にとって、マリエルと出会えたことが人生の宝物だから。お前がいなかったら、きっとつまらない一生を終えてたよ」
潤んだ瞳がじっとこちらを見つめた。
「でも……」
「同じ道を歩みたい。隣にいさせてくれないか? これは俺の決意表明。人生で初めて、自分の意思で決めたんだ」
マリエルは黙り込むと、俺の胸に頭を埋めてギューッと抱きしめてくれた。
金髪がふわりと風にそよいだ。
明日にはもう、俺達は王都を旅立っているだろう。
王都からマリエルの故郷まで二十日の旅路だった。
西方の辺境だ。目的地の村は山間にあり、周囲を天然の要害で囲まれた大森林の奥の奥。
日が傾きかける。道なき道を行く。途中、森が霧で覆われた。鬱蒼と茂った樹海が白いもやで満たされる。おまけに夕方ともなれば方向感覚なんてあってないようなものだ。
マリエルが光魔法で周囲を照らし、案内してくれた。
「この辺りって霧が出るんだよね」
「まるで迷いの森だな」
「うん。だから村に外から人がやってくることなんて、滅多にないんだ」
マリエルに先導されて森を抜け、やっと彼女の故郷――フォート村にたどり着いた。
村……と言うよりも砦のようだ。
正直、こんな辺鄙な場所に石造りの城壁を構えるなんて、いったいどういうことだろう。
閉ざされた城門にマリエルが光魔法で合図を送った。
内側から扉が開く。
そこには、何十人という村人達が並んでいた。
マリエルが呟く。
「ただいま……」
彼女が城門を越えて村に足を踏み入れた。
瞬間――
「おかえりー! マリエルちゃん!」
「よく無事で帰ってきたなぁ! 都会は恐ろしいっていうべぇ!」
「火事に遭ったなんて災難だったねぇ……本当によかったぁ」
「心配したんだぞ! もう村から出て行くなんて言わないでくれよ!」
などなどなど、村人達はマリエルを取り囲み、城門が閉じ始めた。
思わず声が出る。
「ちょっと待て! 俺だけ閉め出さないで!」
城門が閉じるのが止まり、村人達の視線が俺に集まった。
「だれだべおめぇ?」
「んだんだ!」
村の男達が身構える。
「王都の人間か!」
「なら村に入れるわけにゃいかんな!」
「帰れ帰れ!」
村人達の声が大きくなる。敵意の感情が爆発しそうだ。
まあ、そうか。閉鎖的なんだな、この村の人間達は。
迷惑だっただろうか。押しかけて。
と思った矢先。
耐えかねたのかマリエルが声を上げた。
「みんな聞いて! この人は……ログ君。大学で知り合って、その……火事の時に命がけで、わたしのことを助けてくれた命の恩人なの!」
騒然となった城門前で、村人達は凍り付いたように静かになった。
が、若い男が首を左右に振った。
「し、信じられないぞ! マリエルお前、騙されてないか?」
マリエルは口をへの字にすると。
「もう、ガミルは昔っからずっと疑り深いんだから。ガミガミガミル」
彼女の幼なじみだろうか。ガミル青年は俺をにらみ付けた。
「証拠出せよ都会モン!」
「と、言われてもな」
困った事になったな。証拠なんてあるわけが……。
マリエルが俺に青い瞳を向ける。
「背中の……ええと……もし、嫌じゃなかったらだけど」
「ああ、火傷痕か」
俺は荷物を降ろし、マントと上着を脱いで村人達に背を向けた。
自分じゃ滅多に見ることもないが、翼のような火傷痕がある。
「実はマリエルを助ける時に、焼けた材木の直撃を受けてしまって……こんなんで証明になるかわからないですが……」
と俺が言った瞬間。
「「「「「せ、精霊様だー!」」」」」
村人達が急に湧きだした。
セイレイサマ? なんのことだ?
俺の隣にマリエルが戻ってくると耳打ちした。
「あのねあのね、この村には精霊信仰があって、背中に翼の聖痕を持つ者は精霊様の生まれ変わりって信じられてるんだ」
「な、なんだよそれ」
偶然だ。あり得ないほど低確率な。
途端に村人達の視線から敵意が消えた。
むしろ羨望の眼差しになっている。
若い男連中は苦々しい顔だ。というか、悔しがってる?
ガミルが言った。
「通れよ……けど、み、認めないからな……」
「あ、ああ……ええと、お邪魔します」
恨みを買ったようだ。こういう事も起こりえると想定はしていたが、実際、敵意を向けられるのは気持ち良いものではない。
マリエルが俺の手を引いた。
「ほら! 行こう! ログ君!」
慌てて上着と荷物を手にして、俺はフォート村の地を踏んだ。




