5.告白(5/42)
もはやこれは……好きという感情なのだ。
星の降る夜。二人で教会の大鐘楼に忍び込んで、王都を眼下に一望しながら月明かりを浴びる。
隣でマリエルがそっと、俺に肩を寄せた。
「少し寒いね」
「まだ夜は冷えるからな」
彼女は白い息を吐くと、鐘楼の鐘を見上げた。
「一度来てみたかったんだ。こういう教会。まさか塔の上とは思わなかったけど」
「教会なんてどこにでもあるだろ」
「うちの地元は別の神様を祀ってるから……」
信仰に地域差があるのか。王都から出たことがない俺の見識は、きっと自分が思うよりも狭いのだ。
マリエルが首を傾げる。
「それで……ログ君から誘ってくれるなんて、どうしたのかな?」
彼女に告白する。覚悟を決めて呼び出した。
向き直り、マリエルの正面に立つ。
見上げられる。上目遣いの彼女の青い瞳は、どこか不安げだ。
途端に言葉に詰まる。
もし、彼女にノーと言われたらどうしよう。
今のまま、友人関係を続けたって良いはずなのに。
マリエルの桜色の唇がそっと開いた。
「もっと、お互いに素直になってもいいのかも……ね?」
素直に……か。感情は制御するものだと考えてきた俺が、最も苦手とすることだ。
ひねくれ者の俺の手をとって、両手で包むようにマリエルは握る。
夜風にふわりと金髪が膨らんで揺れた。
綺麗だ。月明かりの中、天使が舞い降りた。
「好きだ……マリエル」
「えへへ……そっか……」
照れくさそうに彼女は笑うと。
「わたしもだよ。ログ君……だけど……」
「だけど!?」
「あ、うん、えっとね……怖いなって。幸せすぎて怖いって、生まれて初めて思ったの。だって……人生は限られているから。いつか大好きな君ともお別れしなくちゃいけなくなるんでしょ」
「それは人間である以上、避けられないことだ」
青い瞳が丸くなる。
「確かにそうだね! なんだか君らしい言い方だよ」
「だが、俺は……俺が君を守る。君のためなら死んでも構わない」
マリエルはハッと息をのんだ。
「死んじゃったら、困るよ。一緒にいられないし」
「あ、ああ。そうだな。俺としたことが破綻しているな」
「そうだよ。一人じゃ結婚とか……できないしね」
そこまでの事は考えていなかった。
「もちろん、マリエルさえ良ければノーティス家に迎え入れたい。いや、実家なんてどうだっていい。俺の父親が許さないというなら、二人で生きていこう」
家を継ぐのは優秀な兄達だ。四男に生まれたことを神に感謝しよう。
腐っても王立魔法大学を卒業する見込みだ。選り好みしなければ仕事だって見つけられる。
なんならギルドに登録して冒険者になったっていい。
俺を見つめるマリエルの瞳が潤む。
「こんなわたしと、ずっと……一緒にいてくれる……かな?」
弱々しい言葉。普段の彼女らしくもない。が、時折マリエルは儚げで消えてしまいそうになることがあった。
彼女の不安を取り除くのも、俺の役目だ。
「もちろんだ。死が二人を別つことがあっても、俺は永遠に君を想い続ける」
彼女は小さく頷くと目を閉じて、そっとかかとをあげた。
抱きしめる。
桜色のそれに唇を重ねる。
愛してくれた母親の記憶が俺には無い。幼いころに他界したから。
だからキスをするのは、生まれて初めてだ。
多幸感と気恥ずかしさで心が乱れると、俺の魔法力が暴走して風を吹かせた。
鐘楼の鐘が一人でに鳴り響いた。
そのあと――
司教に見つかって二人揃ってこっぴどく叱られたのも、今では良い思い出だ。
マリエルと正式に交際するようになったわけだが、これまでとさほど大きく変わったことはない。
もともと周囲の人間達は、俺と彼女の関係をとうの昔にそういうものだと思っていたらしい。
友人の多いマリエルは、大いに祝福された。
俺はといえば、特定の友人らしい友人もいないので余計に平常通りだ。ガゼット教授からも何も言われなかったし、こちらから報告する義務も無い。ますますもって教授が日報に目を通していないことが判明した。
でだ――
進路についておぼろげに考えつつ、実家から自立して生きていく方法を模索しながら、俺は独自に魔法の鍛錬も行い続けた。
マリエルを守ると決めたのだ。学科の課題として提出する魔法のテーマは防御系にした。
火事の一件で、瓦礫の崩落に巻き込まれたことを反省しつつ、従来よりも効率的かつ強固な結界魔法の開発に着手。
完成した魔法には「聖域の結界」と命名した。俺一人では、生まれなかった魔法である。
実は……マリエルから手ほどきを受けた光魔法の要素を取り入れたのだ。
彼女ほど自在にとはいかないが、俺にも光魔法の素養が備わっていたらしい。さすが名門ノーティス家の血筋だなと、我ながら感心した。
この「聖域の結界」は思いのほか完成度が高く、ガゼット教授にレポートを提出したところ「込める感情の総量に応じて一昼夜は維持可能だな……まるで勇者の魔法だ。悪くない」と、お褒め(?)の言葉を引き出すことに成功した。
耳を疑ったし、教授の口から勇者という単語がこぼれたのにも驚いたな。
鉄面皮のガゼットの目の奥に、一瞬……暗くよどんだどす黒さを感じた。同時に、第七実験棟の火事とタバコの因果関係が脳裏を掠めた。
きっと……気のせい……だよな。
ただ、いつも何を考えているかわからない人物だが、この時だけは普段抑制しているであろう感情が動いたようだった。
「結構だ。下がりたまえ」
「失礼します」
教授の部屋から大学の廊下に出る。
にしても、勇者……か。
魔王が伝説の勇者に封印されて百数十年以上、世界は平和を維持し続けている。
まあ、遡れば我が家ノーティス家も、教授のガゼット家もかつて勇者とともに戦った英雄の末裔だ。感情の揺らぎを見せたガゼットはガゼットで、勇者になにか思い入れがあるのだろう。
となるとやはり、勇者の魔法と称された俺の「聖域の結界」は、なかなかに高評価なのかもしれない。
帰りの足取りはいつもより、軽かった。
順風満帆だった……のだが。
ある日のこと、マリエルから突然の「別れ」が告げられた。




