4.二人の時間(4/42)
火事の一件を機に、俺は変わった。
まずは身体的な変化。マリエルを救出した際に、燃えた瓦礫を受けた背中に火傷の痕が残ってしまった。
かなり大きく、がっつりと。火傷痕がまるで背を覆い隠す翼のように見えなくもない。
きっと父親は「親にもらった身体をなんだと思っているんだ」と怒るだろうが、事情が事情だ。
普段の暮らしに支障は無し。海水浴に行く時に目立つかな……程度である。
本来ならそんな心配すら不要なのだが、夏の長期休暇にマリエルと海に行く約束をしてしまった。
俺の生活を変えた張本人――マリエル・ルミナスと過ごす時間が増えた。
日報で約束をして、空いた時間に二人で、どこかに行く。
学食で席を同じくしては、マリエルが日報では書ききれなかった日々の出来事に耳を傾ける。
夜中に突然、星を見に行こうと寮に忍び込んできたこともあった。男子寮は女人禁制なので、わざわざ男装までしてきたのだ。
一緒に居て退屈しない。マリエルは賑やかだった。
世界が彩りに満ちていることを、彼女は俺に教えてくれた。
朝露の匂いなんて意識したことがなかったし、裏路地にひっそり佇むカフェのコーヒーが特別苦かったり、鳥の種類なんてカラスかスズメくらいしか知らなかった俺に、いくつも鳥の名前や鳴き声を教えてくれた。鳴き真似は下手だったけど。
ただただ、彼女の隣にいることが心地良かった。
同時にハラハラさせられることもあった。山育ちで農耕で鍛えたから大丈夫! という彼女に連れられて、冒険者ギルドでバイトの魔物退治なんてことまでした。
実際、俺の心配などどこ吹く風で、マリエルは光魔法を巧みに操りゴブリンの巣穴を全滅させた。
光魔法といえば総じて習得難易度が高く、よほど魔法の才能に恵まれていなければ使えない代物である。彼女は光剣を無数に宙に浮かべ、操った。
俺も多少は手伝ったが、ほぼ彼女一人でやりきってしまったのだ。
本当に身体が弱いんだろうか。少なくともマリエルとケンカになったら……勝てる気がしない。
人は恋をすると世界がバラ色に見えるという。が、あれはあくまで例え話だ。
なのに、灰色だった俺の世界が、マリエルというレンズを通すことで鮮明になった。
彼女のことを考える時間が増えた。
それ自体は良い。
敢えて、一つ困ったことをあげるとすれば、二人の時間が増えたことで勉学がおろそかになったことか。
ガゼット教授から「成績を落としたな」と皮肉を言われるのもしばしば。だが、次の定期試験できちんと首位を奪還する予定なので問題無し。
勉強にはマリエルも付き合ってくれるそうだ。学科違いも甚だしいが、そこはそれである。
彼女は親身になって応援してくれた。
こうして――
一年が経過した。
ある日の昼休み。中庭の木陰にあるベンチに腰掛けた俺は視線を遠くに向けた。
第七実験棟の跡地はすっかり片付けられている。再建の準備が進んでも、結局、不審火の犯人は見つからないままだ。
ベンチの隣に彼女が座った。
「また火事の現場見てるんでしょ?」
無邪気に笑うマリエル。こんなやりとりを何度しただろう。
「別に……」
「わたし達の思い出の地だもんね?」
「死にかけたんだぞ。まったく……」
相変わらずお気楽なものだ。
「おかげで君と仲良くなれたから、怪我の功名だよ」
「一棟まるごと焼けた損失に対しての見返りとしては、ちょっと釣り合わないな」
「んもー、またそういう意地悪なこと言うんだから。ログ君、もっとポジティブに行こうよ」
不服そうにほっぺたを膨らませるマリエルに「ごめん」と返した。
マリエルは猫が伸びるように背中を反らせてあくびを一つ。
「にしても、なんだかもったいないね」
「もったいないって、何が?」
「火事の現場もすっかり綺麗になって、新しい実験棟が建ったら何も無かったようになるし」
「学生の不便が解消されるのは良いことじゃないか」
「わたし達が卒業するまでに再建されればね」
「はいはい」
マリエルは小さく息を吐く。青い瞳が寂しげだ。
「もし記憶がなくなっちゃってさ」
「唐突だな」
「火事があったことも、出会ったことも忘れちゃったとして、火事現場も元通りだったらって思ったらね……」
不意にマリエルはポロポロと涙をこぼした。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「あはは、今日、ちょっと情緒不安定かも」
慌ててハンカチを渡すと、マリエルに鼻をかまれた。「洗って返すね」と笑う。
読めない。この一年、思い返せば彼女に振り回されっぱなしだ。
「なあマリエル。火事の現場がなくなっても、俺は絶対に忘れない。お前のことは一生な」
「大きく出るねログ君」
「お前みたいにインパクトの強い奴、他にいないからな」
途端にマリエルの頬が真っ赤になった。
「あぅ……うん、そっか。そうだよね。なんだか嬉しい」
青い瞳がじっと俺を見つめる。
つい、言葉が漏れた。
「なあマリエル……俺……お前のことが……」
彼女の人差し指が俺の唇に添えられた。
「こーら。女の子が泣いて弱ってる時に、そういうのは無しだよ後輩君」
言われてハッとした。
そうだ。俺はいったい何をやってるんだ。
俺とマリエルはその……一体どういう関係なんだろうか。
俺は……マリエルのことを……マリエルと……どうしたいんだ。
彼女はとびきりの笑顔になった。
「君と一緒にいると退屈しないし、とっても幸せ。わたし、勇気を出して王都に出てきて本当に良かった。大学に入ったことよりも、学ぶことよりも、君と出会えたことが一番良かったんだ」
マリエルは目を閉じる。
「今が幸せ。ずっと……このままでいたいな」
これ以上、俺は何も言えなかった。




