3.出会い(3/42)
目が覚めると見知らぬ天井があった。鼻につく消毒液の匂い。いかにもな病室だ。
窓から赤い陽光が差し込んでいる。夕日なのか朝日なのか。時間の感覚がない。
不意に視界の脇からひょっこり女の顔が現れた。青い瞳がじっと俺をのぞき込む。
「よかったぁ……このまま死んじゃうんじゃないかって、心配したよ」
「ああ、ええと……どちら様ですか?」
「君は命の恩人だよ。本当にありがとうね」
青い瞳がウルっとなる。ふわりとした金髪に、やっと理解した。
火事で逃げ遅れた女子学生だ。
彼女は俺の質問に答えず、泣きそうになりながら口をとがらせる。
「けど、無謀すぎるよ。死んじゃうって思わなかったの?」
身体は……幸い動きそうだ。ゆっくり上半身を起こす。
「問題無い……はずだった。天井が崩落する危険性を加味して、防火結界に軽微ながらも物理防壁の要素を取り込むべきだったのかもしれない。ただ、その場合、魔法力のリソース配分的に防火結界の効果時間が二十秒短くなる。あの時はあれがベストな選択だった」
「そういうことじゃなくて!」
言われてハッと我に返る。
「あっ……すみません。失礼しました。初対面の方にこんな口の利き方をしてしまって」
「うわ! 急に敬語!?」
敬語で体裁を取り繕って何が悪い。処世術くらい好きにさせてくれ。
俺は咳払いを挟んだ。
「ともかく、そちらはもう大丈夫なんですね?」
「うん! 君のおかげでね」
「で、なんで火事の中で逃げ遅れたんですか?」
「目を覚まして早々尋問とは、まいったなぁ」
「原因がわかれば、同じような事故は未然に防げますから」
彼女は「そっか」と言うと。
「もともと身体が弱くて、火事の混乱の間に眩暈がして……倒れちゃったみたい」
「貴女を置いて逃げたご学友達は、ずいぶんと薄情じゃないですか。担当の教授も仕事を放棄したようなものですね」
「身体のことは秘密にしてたから。それに、あんな勢いで火が回ったら誰だってパニックになると思うし」
だからこれ以上、他の誰も責めてくれるなと言いたげだな。
俺は小さく息を吐く。
「わかりました。できれば俺が眠っている間にあったことを教えてください」
彼女は何か言いたげだが、飲み込むように頷いた。
結論から言うと、出火元ははっきりしなかった。不審火という奴だ。
どうも建物内の倉庫室が出火元のようで、どういう訳か火気厳禁の資材が手違いで運び込まれていたらしい。
事務担当者のミスとのことだ。出火しなければ発覚もしなかっただろう。
間の悪いことに、最悪のタイミングで火事が起こったというわけである。
ただ、全ての元凶。火元がなんなのかというと、決定的な証拠はないものの……
「タバコ……ですか?」
漏らすように呟く俺に青い瞳がうんと返した。
「そう、タバコの火の不始末かも……って」
隠れて吸う学生でもいたのだろうか。
タバコには正直、良いイメージがない。
不意にガゼット教授の顔が浮かんだ。心の中で舌打ちが出る。
瞬間――目の前の彼女が突然、焦った口ぶりで付け足した。
「あっ! わたしじゃないよ! 肺も弱いしタバコなんて吸ったら死んじゃうから」
「何も言ってませんって」
「だって君の目、なんだか鋭いんだもん。疑われてるのかと思った」
どうにも俺は自分が思っている以上に、表情に出るらしい。
「失礼。生まれつきなもので」
「うう、やっぱり手厳しいなぁ」
何がやっぱりなんだ? 初対面だろうに。
それはそれとして疑問に思う。最近の学生はタバコを嗜む方が珍しい。吸うにしたって喫煙所だ。
どこそこ構わず煙をふかすのは、父親世代の連中ばかり。
ともあれ、原因は今や灰の中か。
ふと目が合う。
そういえば、まだお互いの名前を知らないな。先に名乗っておこう。
「自己紹介がまだでしたよね。俺は……」
「ログ・ノーティス君……だよね?」
一瞬、きょとんとなった。
なぜ俺の名前を知っているんだろうか。
彼女は無邪気な笑みを浮かべて続けた。
「わたしはマリエル。マリエル・ルミナス。リアルでは初めましてだね。赤ペン先生の生意気な一年生君」
マリエルって……日報のマリエルか!? お気楽大学生活をエンジョイしては、いちいち日報で俺に日々の出来事を報告してくるあいつが……こいつ?
まさか実在したとは。ガゼット教授が俺をからかっているんじゃないかと警戒していたのに……バカみたいだ。
マリエルが困ったように眉尻を下げた。
「また怖い顔になってるよ?」
「失礼。生まれつきです」
今一度、彼女は真剣な表情を作ると……一転、太陽のような笑みを浮かべる。
眩しいと感じた。
美人だった。どことなく幼い雰囲気もあるけれど、大人びたようにも見える。
つい、見とれてしまう。
マリエルの桜色の唇が開く。
「助けてくれてありがとね。君だってわかった時に、なんだかすっごく嬉しかった」
「――?」
「日報にちゃんとお返事してくれたし、ずっと続けてくれたし。無視されるんじゃないかなって思ってたけど、一度も欠かさず返してくれたから」
「それは……その……」
「ちょっと運命感じちゃったな。だから、これからも仲良くしてね! ログ君」
上手く言葉が出ない。取り繕って優等生をしてきたから、男女問わず感謝されることなんて何度もあったのに、マリエルから注がれる眼差しに、胸が……高鳴った。
「魅了魔法なんて使ってないですよねルミナス先輩?」
「あー! ひどいんだから! 恩人にそんなことするわけないし、わたしが学んでるのは生命魔法だよ? 精神操作系は専門外なの」
ほっぺたを膨らませる彼女も愛らしかった。
ああ、俺はいったいどうしちまったんだ。親兄弟ですら他人と割り切って生きてきたのに、こんなにも心をかき乱されるなんて。
落ち着け。冷静になれ。魔法を制御する時のように。感情はコントロールできるものだ。
彼女はベッド脇の丸椅子から腰を上げた。
「明日には退院できるってお医者様が言ってたけど、無理しないでね。何か必要なものがあったら、買ってくるよ」
「お気遣いどうも。俺は大丈夫です。そちらこそ体調は?」
「元気いっぱい。こうして生きているだけで最高な気分だよ。全部全部、君のおかげ」
もう一度、とびきりの笑顔で返されて、ついこちらも口元が緩んでしまった。




