41.全て消えて(41/42)
ガゼット家という貴族の諜報員? という人に助けられた。
なんでも、俺が見つかったのは古代の遺跡で、その日の夜、近くにある大きな街にまで地震のような振動が伝わったらしい。
山の一部が吹き飛ぶほどの大事件だったようだ。
震源地となった遺跡はとある理由で、ガゼット家の人達は監視対象にしていたらしい。けど、部外者の俺にはそれ以上の事は教えてくれなかった。
俺は一旦、治療を受けた。
名前に自覚は無いが、所持品(奇妙な盤上遊戯用の駒。王妃かな?)から、ログ・ノーティスではないかというのが判明した。
ノーティスという姓は南方に領地を持つ、これまた有名な貴族と同じだというのだが、照会するとログなんて名前の人間はいないとのことだ。
困ったことに、俺を知っている人間がいない。
記憶喪失になる前に、誰とも交流が無かった訳なんてあり得ないんだが。
で、ガゼット家の諜報員が言うには、俺はなんらかの儀式に巻き込まれたんだとか。魔王を崇拝する狂信者たちの死体が同時に見つかったという。
俺だけ無事だったのは怪しくもある。
とはいえ、俺みたいな普通の人間が二十人近くを斬り裂くなんて無理な話だ。馬鹿げてるよな。あまりに現実味がない。
無実の証拠になったのは、俺が護身用でもっていた短めの剣。血塗られた痕が無かったこと。これが決定的だった。
狂信者たちの剣も綺麗なままだったのは、不可思議だというけれど。身体を真っ二つにされていた彼らは、どうやってこんなむごいことになったんだろうか。
しばらくルーヴェンの街で衛兵の取り調べを受け、無罪放免になって釈放された。
するとどうだろう。行く当ても無ければ帰る場所も無い。
手荷物を調べると、ザックの中に青いノートがあった。
奇妙なことに、誰かと誰かのやりとりのように見えるけど、書いてあるのは片方だけだ。会話というか、妙にやりとりっぽいのに、相手側が消えている。
可哀想だな。このマリエルって人。
いったい誰に話しかけているんだろう。
で、自分の名前(?)が判明したきっかけになった盤上遊戯の駒だった。これは冒険者ギルドの登録証のようなものらしい。
ルーヴェンの街のギルド支部に行ってみたところ、ログ・ノーティスなんていう人間は登録されていなかった。
なんらかの手違いかもしれないということで、駒は返却することになった。
売ればいくらかお金になったかもしれない。白金色でキラキラしていたから、ちょっともったいなかったな。
そして、独りぼっちだと気付いた。
何も知らない。自分が誰かもわからない。そんな世界にぽいっと放り出されたみたいだ。
生きていくには金がいる。
しばらくルーヴェンで日雇いの仕事をすることにした。
肉体労働は……案外大丈夫だ。昔、身体を鍛えていたのかな。
そうこうしているうちに、一年が過ぎ去った。
王都の方では、有名な大学の学長が行方不明になったと大騒ぎになっていたらしい。ただ、誰もその学長の名前を覚えていないんだとか。
奇妙な話だな。
ちなみに、大学では魔法を教えてくれるみたいだ。
魔法か……使えたら格好いいな。どうも、俺の手持ちに魔法の杖もあったのだが、振っても魔法のまの字も出なかった。古物商に売ってしまってもよかったのだが、握り心地だけはいいので取っておくことにした。
ルーヴェンは住むには良い街だ。仕事もあるし、飯だって美味いし、安宿暮らしなら男一人、なんとかやっていける。
ただ――
ずっと、ここにいてもいいのかと、時々無性に思うようになった。
俺を知っている人が、世界のどこかにいるかもしれない。
王都はもっと賑わっている。
「旅に出るなら西だな」
俺はザックを背負うと、世話になったルーヴェンの街から王都に向けて歩き始めた。
初めて足を踏み入れた王都は何もかもが大きかった。
人が集まりそうな場所には一通り行ってみたんだが、俺を知る人はいない。
当たり前か。初めて来たんだもんな。
いや、昔の……記憶喪失になる前の俺が来ていた可能性があるから、こうして王都に足を運んだんだけど。
噂の大学も野次馬気分で見に行ったし、冒険者ギルド本部なんかにも問い合わせた。俺に対応してくれたメガネのガタイの良い職員さんは、ずいぶん良くしてくれたんだけど、記録はやっぱり確認できなかった。
しかしこの職員さん、まだ十歳くらいの娘さんがいるんだな。職場に子供を連れてくるのは良いんだろうか?
それに、全然似てないんだけど……きっと家庭の事情があるんだろう。
ノーティスという名字の一致も気になったけど、俺みたいなどこの馬の骨ともわからない奴がおしかけたら、きっと迷惑だろうし最悪、捕まるかもしれない。
王都観光は二日で終えた。物価が高いのが地味にキツイ。
宮殿みたいなホテルに泊まりたいとは言わないが、安宿でも結構金が掛かる。
住み慣れたルーヴェンに戻ろうか。
もう、俺が誰なのかなんて俺以外に誰も気にしていないのだし、俺自身も気にせず生きていけば済む話だ。
王都は王国のほぼ真ん中だ。
東西南北。どちらの方角に進もうか。
俺は短い魔法の杖を取り出すと立てる。こいつが倒れた方角に向かおう。
カランと石畳に音を立てて、杖が指し示したのは……西方だった。
いくつもの街を転々とした。
相変わらず、俺を知る人はいない。
行く先々で、何でも屋みたいなことをした。簡単な大工仕事とか、農作業の手伝いとか。
大して役にも立てていなさそうだけど、みんな親切だった。
誰も名前を覚えていないけど、どうも西方の街道沿いには英雄がいたらしい。
とても親切な英雄で、王都に行ってからはさらに東方や南方、北方まで魔物を倒して回ったんだとか。
おかげで西方の街道は夜でも歩けるほど、安全になったのだとか。
なんでそんな偉人みたいな人の名前を、みんな忘れてしまったんだろう。
ただ、その人のおかげで、俺みたいなはぐれ者にも西方の人達は親切にしてくれた。
俺もいつか、偉人とまではいわなくとも、誰かの役に立てるような人間になりたいな。
まあ、こんな風にフラフラしているうちは、どうにもならないか。
最近はすっかり、ログ・ノーティスと名乗るのにも慣れてきた。
しっくりくるし、やっぱり、この名前が俺の名前なのかもしれない。
西の果てにもほど近い、フォレストエッジという街にたどり着いた。
この先、西の端には港町がある。他にめぼしいところといえば、廃坑跡のダンジョンだとか。定期的に魔物の巣窟になるので、近づかない方が良いと街の酒場の女店主に教えてもらった。
気っぷの良い人だけど、時々、寂しげな顔をする。なんだか見ていて、こっちまで胸を締め付けられた。
フォレストエッジから山林に向けて、行商人が行き来しているらしい。
曰く――
森を抜けた先にある村で、村人達は穏やかで、とても住みやすそうだとか。
ふと思い出した。
ザックの中にあった青いノートの、マリエルという少女の日記のような書き込みに、西の果ての田舎の村出身という一文があった。
彼女の故郷かもしれない。いや、村なんていくつもあるし、本当にここかどうかもわからないが。
俺はまた、魔法の杖に尋ねることにした。
西の先の港町に向かうか、山側の村に足を伸ばすか。
結果は……山林コースだった。
もし、その先の村にマリエルの知り合いが済んでいたなら、このノートを……渡してしまおう。俺が持っていても仕方ないからな。




