表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/42

39.最終問題(39/42)

 俺はめり込んだ身体を壁から引き剥がすようにして、男と対峙する。


「これはいったい……貴方は何をしようとしてるんですか?」

「当ててみたまえ。私からの最後の問題だ」


 学生の頃、時々不意に何の前触れも無く、この男は問題を出してくることがあった。俺が答えられなければ「その程度か」と見下し、正解すれば「それくらい答えられて当然だ」という反応だった。


「魔王を復活……そのようにしか見えません。この遺跡に魔王が封じられていると知っていたんですよね?」

「せいぜいB判定だな。いかにも、君が東方を嗅ぎ回ると知って、この遺跡だけには来させる訳にいかなかったのだよ」


 だから先に他の遺跡の位置を記した地図を俺に提供したのか。


 俺は心のどこかで、この男の事を信頼していたのかもしれない。


 無意識のうちに、東方には他に遺跡が存在しないと思い込まされてしまった。


「何故です!? ガゼット家だってかつて勇者と共に魔王と戦った英雄の家系ではないですか? その子孫がどうして魔王復活を企てるんです?」


 男は静かに口を開いた。


「魔法とは感情である」


 俺はつい、その言葉に返す。


「感情とは記憶である」


 ガゼットは不敵に嗤い、告げる。


「そして、感情魔法の極地とは記憶の消却だ。魔王を復活させることで王国は滅びかけるやもしれぬ。が、その悲しみすらも消却して、我々がたどり着けぬほどの究極の魔法技術、体系が生まれるだろう」


「何を……言ってるんだ?」


「世界が平和であっては困るのだよ。人間も魔法もより良く進化し続けねばならない。そして……神をも越えるのだ。この世界の理を生み出した光神と闇神の手から世界を人間のものとするためにな」


「狂ってやがる……そんなことのために、王国中の……いや、この世界の人間全員を巻き込もうっていうのかッ!?」


 俺は短杖に長剣サイズの光刃を纏わせた。こいつは……ヴィンセント・ガゼットだけは殺してでも止めなければならない。


「さあ、止められるものなら止めてみたまえ。君が私に敗れれば、世界に再び魔王が解き放たれるのだ。その時には王国は弱体化し、魔王に抗う冒険者ギルドも機能していないだろう。多くの死と絶望と悲しみが満ちる。そこから立ち上がる人間の力を……私はこの目に焼き付けたいのだよ。まさに究極の感情魔法だ」


 ガゼットも短杖に光の刃を生み出す。

 俺はザックを投げ捨てた。


「今だけは、俺の思う通りにさせてくれ」


 ザックが小さく身震いする。が、それだけだった。

 ライブラも覚悟を決めたようだ。


 身軽になった俺は、真っ直ぐガゼットに向かう。光の魔法力を全身に巡らせた。

 記憶を消却する。消却する。消却する。消却する。


 もはや何を消したかも理解できない。


 ただ、目の前のこの男を倒さなければ、自分の大事な者が危険にさらされることだけは明確だ。

 男は軽く剣を振るった。


「ふむ、良かろう。最後の講義だ」


 光と光。剣と剣がぶつかり合った。力では俺が押している。が、ガゼットは巧みに受け流す。こちらの攻撃はすべるようにかわされた。


 反撃の斬撃が俺の胸を一閃する。

 俺は……首から下の服の下。指輪とチェーンをとっさに庇うようにした。


 ガゼットの剣筋が変わって、切り払いが突きとなり俺は腹部を穿たれる。


「妙な動きをしたな。隙だらけではないか」

「う、うる……せぇ」


 腹部を貫かれたまま、ガゼットに蹴りを入れる。が、届かない。察知された。

 男は光刃を引き抜き、後方へとふわりと跳ぶように回避する。


 俺は傷口に手を当てる。光の魔法力を集めて出血を止め、破壊された内臓を再生させ、傷口を塞ぐ。


 また、誰かの記憶が消えた。ああ、きっと……母親の名だ。

 無意識のうちに、俺は記憶を選別しながら消却していた。


 ガゼットが嗤う。


「どうした? その程度か?」

「黙れ……」

「一つ面白い話をしてやろう。貴様がもし私を倒し、魔王復活を阻止しようとも王国は滅ぶ」

「なん……だと」

「冒険者ギルド本部長は魔族なのだろう。人間に肩入れをしすぎたアレが絶望し、人間を憎むようなことになれば魔王以上の存在となる」


 ギルド本部長の名前が……思い出せない。一緒に隣に立つギルド職員の名も。

 だが、ガゼットの言葉の意味は理解できた。


「他者のために心を動かす……魔族か」

「きちんと覚えていたようだな。私が手を下さずとも、バカな国王がギルド本部長の魔族を迫害し、それを庇った職員の……名はたしかクラリーチェだったか。彼女が犠牲になるだろう」

「そんなことは……させない。俺が!」


 負けられない理由がまた一つ出来た。忘れるわけにはいかない。

 勝たなければ。


 再び踏み出し、光刃を振るう。ガゼットに何度いなされようと、振るう。足を止めるな。反撃に対応しろ。相手の動きを注視しろ。ほんのかすかな変化も見逃すな。


 俺は攻撃し続け、ガゼットは防御に徹した。

 その瞬間は、あまりにもあっけなく訪れる。


 俺はガゼットを押し込めた。男の背後には水晶柱と、封印された魔王が眠ったままだ。

 後退不能の状態に追い込んだ俺は、光の刃をガゼットの心臓めがけて……貫く。


 もちろん、俺の攻撃は弾かれるだろう。二手、三手先までガゼットは読んでいる。

 だから攻撃の手を緩めず、力が……記憶が尽きるまで攻撃しつづける……つもりだった。


 スッと熱したナイフをバターに突き入れるように、俺の光刃はガゼットに届いた。


 瞬間――

 男の口元が緩む。


「ふっ……ここまで……か」

「なっ!? 俺の攻撃を読んで防げたはずだろ?」

「これ以上の記憶の消却をすれば、私は私が何者であったかすらわからなくなってしまう。君の勝ちだ。ログ・ノーティス君」


 胸から止めどなく流れる血をどうともせず、ガゼットは言う。

 こんなにあっさり決着するものなのか。


 胸を貫かれ、手から短杖を落とすと男は上着の内側からタバコを取り出した。


「最後に一服いいかね」

「あんた……何考えてるんだよ」


 口にタバコをくわえて指先に火の魔法力を集めて灯すと、ガゼットは一吸いした。


「どうやらこの目で見ることは叶わないが、魔王は復活だな」


 背後の水晶柱にガゼットは自身の手のひらをかざす。


「私が私であるための、すべてをもっていきたまえ。忘れ去られし者……魔王オルディナード」


 名前を……呼んだ。ガゼットは誰もが忘れてしまった……いや、勇者によって消却されたはずの魔王の名前にまでたどり着いていたのか。


 そして、魔王を復活させるため自分自身の全てを捧げた?


 ますますわからない。


 ガゼットの目的は、自身が生きたまま魔王を復活させて、世界を破滅の危機に追いやることで生まれる究極の感情魔法を……。


 本当にそうなのか?


 水晶柱に光の亀裂が走る。水晶がボロボロと崩れ始めた。

 ガゼットが淡々と呟く。暗澹とした瞳の奥に俺の姿が映っていた。


「このままでは下敷きになるぞ……君」

「あんたはこうなることがわかってたのか? マリエルが……勇者の血筋だってことも。俺を……引き合わせたのか? 全部……全部計算通りだとでも言うのかよ!?」

「さあな……全て忘れてしまったよ」


 ガゼットは俺の胸を押すようにした。最後の力を振り絞るようにして、俺の身体を遠くへと弾き飛ばす。


 弧を描き地面に落ちるとしばらく転がった。顔を上げると、水晶の柱は崩れ落ち……ヴィンセント・ガゼットは呑み込まれる。


 赤い花が残骸となった水晶の柱だったものの奥底に咲いていた。


 頭の中で思考が巡る。


 ただ、魔王を復活させるなら俺を巻き込む必要は無かったはずだ。


 答えはわからない。ガゼットはすべて抱えたまま逝ってしまった。


 俺は……生きている。ガゼットに苦しめられながら、最後には生かされた。


 そして――

 崩れきった柱の中に人影が立つ。


 呼吸が荒くなった。もう何年もその痕跡を探し続けたという意味では、ようやく出会えた相手だ。


 静寂がドーム内を覆い尽くす。短杖を握る手に、ぎゅっと力が入る。


 本来、勇者が対峙するはずだった相手だ。マナが挑むことになったかもしれない存在……だが、今は俺が勇者だ。


 マナが戦わないように……普通の子供でいられるようにするために。


 俺の全てを賭けて、封印ではなく、完全に撃破する。


 ルミナス一族に掛けられた呪いに終止符を打つんだ。


 行くぞ――

 魔王オルディナード。


 水を打ったような静けさの中、閉じた瞳をゆっくりと開き、魔王は静かに俺を見据えるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ