37.再起(37/42)
俺は再び、王国を端から端まで巡る旅をした。
フォート村には帰らず、西方のフォレストエッジの街では、最初に世話になったベアトリスと再会する。フォレストエッジは辺境とは思えないほど栄えていた。
ログ・ノーティスが英雄としての一歩を踏み出した聖地なのだとか。今では推しも推されぬ勇者である。
酒場のカウンターから飛び出して、彼女は俺をぎゅっと抱きしめた。
「アンタがわざわざ来てくれるなんて……なんか……ごめんね。街のみんなに悪気は無いんだけどさ」
「今夜は世話になりたいんだけど」
「も、もちろんだよ! 部屋はいつでも使えるように、毎日綺麗にしておいたから! けど、いいのかい? ウチみたいなボロ宿で」
「俺にとっては一番の良い宿だよ」
「そっか……今夜は腕によりをかけるよ! アンタの大好物は全部覚えてるからね」
「なら酒場の仕事を手伝わせてくれないか?」
「わ、悪いよそんな。勇者様に雑用なんて」
「手伝いたいんだ。頼む」
俺が頭を下げると、ベアトリスは心底困ったように眉を八の字にして「わかった。じゃあ、頼まれてくれるかい?」と笑ってみせた。
西方で一年間。情報を集める。
が、かつての俺は相当に神経質で完璧主義者だったらしく、新しいダンジョンは発見できなかった。
今回は南方ルートから東に抜けて、北へと向かう進路を取る。王都を中心に十字に伸びた街道沿いではなく、外縁を巡った。
それでも、見つからない。未知のダンジョンも、魔王の痕跡も。
魔族もすっかりなりを潜めてしまった。
時間は限られているが、南方の追加探索でさらに一年が経過した。
以前はおざなりになりがちだった、ライブラへの記述も正確に行うようにする。
最近の俺の心の支えは――
文字を覚えたマナとの文通だ。
パパへ
きょうは、とってもおてんきが、よかったよ。
ひいおじいちゃんと、おさんぽにいきました。
たのしかったです。
マナへ
パパはいま、みなみのほうにいます。
きょうも、だんじょんをさがしました。
げんきにしています。マナもげんきで、うれしいです。
マナが自分で読んで理解できるように、簡単な言葉だけを選んで返事をする。
文字のやりとりをする度に、マナの語彙力は上がっていった。
大学の頃、マリエルと始めた青いノートのやりとりが自然と思い出される。
遠く離れていても、家族はこうして繋がっていられるのだ。
二度目の南方探索を終えて、俺は東方に渡った。
ガゼット家の証は学長に返却してしまったが、元々ライバル関係にあるノーティス家の俺に、ガゼット家は友好的だ。
というか、勇者ログ・ノーティスはどこに行っても歓迎される。
ガゼット領内でも大きな街――かつて遺跡ダンジョンを攻略する拠点にしたルーヴェンに到着する。
フェルミ平原で教団の司教から記憶を奪い、組織を瓦解させた。それ以来の訪問だ。
東方のダンジョン探索は、事前情報が充実していたこともあって比較的スムーズだったと思う。
今回も新しい情報は期待薄だと覚悟していたのだが……。
ガゼット家の諜報員から、不穏な情報がもたらされた。
教団の残党が未知の遺跡を発見し、そこで祈りを捧げている。
照会すると、以前にガゼット学長が俺に開示した地図の空白地点に、その遺跡ダンジョンは存在していたのだ。
見落としだった。ガゼットの地図に頼り切っていたんだ、俺は。
ただ――
東方の遺跡群について、事細かく調べ上げていたガゼットがこの空白地帯に気付かなかったのは意外……というか、不穏に思えた。
とはいえ、探らないわけにはいかない。
魔王の痕跡が残っているかもしれないのだから。
教団の連中が以前と変わらないようなら、祈りを捧げるのは夜だろう。
遺跡の調査をする前に、まずはそいつらの記憶を消して排除だな。
殺さないで人間を無力化する術はすでに確立してある。死ぬよりも残酷な結果に繋がるかもしれないが、教団に関する記憶をなくすことで、やり直せる人間もいたかもしれない。
全部、そいつら次第ではあるけど。
諜報員と街のカフェで別れると、俺は陽が傾くのを待ってから新たな遺跡へと向かった。
夕陽を背負って向かうは東。
途中、ルーヴェンの街を出て街道を歩いていると、不意にザックが蠢いた。
周囲に人影はいないので、立ち止まりライブラを取り出す。
「どうしたライブラ?」
『上手く言語化できませんが……人間で言うところの、これは恐らく……胸騒ぎでしょうか』
「お前にもそういう感覚があるんだな」
『長く貴方と共に旅をしてきたことで、人間性が備わったものと私自身が錯覚しているのだと思います』
「別に錯覚でもなんでもないだろ。人間だって他の誰かの影響で変わるんだ。お前はこうして俺と話ができる。自分の意思で考えることも、その考えを誰かに伝えることもできる。本だからとか、人間だからとか関係無いんじゃないか?」
『ログ……そう……ですね。行きましょう。ただし、十分にお気を付けください』
「ああ、わかっているさ」
この一年ほどは、魔族もろくに現れなかった。俺自身の基礎的な魔法力は、すでに王国に比肩する者もない。記憶を消却すれば、どんな相手にも負けないだけの力を得てしまった。
それでも、何が起こるかはわからない。
ライブラの直感を俺は肝に銘じた。




