36.諦め(36/42)
気付けば俺は、王立魔法大学から馬車に乗って冒険者ギルドに向かっていた。
ギルドの行く末について確かめねばならない。
本部につくなり、ギルド長に面会を申し出た。
屋上、空中庭園でクラリーチェとメルセリアに会う。
テーブルに着く。クラリーチェがカップに紅茶を注ぐ。
今日も良い香りが漂うが、心は穏やかではいられなかった。
カップに口を付けることもなく、俺は本題に入る。
「冒険者ギルドは無くなるのか?」
メルセリアが悲しそうに眉尻を下げた。
「うん、あのねあのね、まだだよ! すぐにじゃないよ! だけど……このまま平和になったらね、役割は終わりかなって。あ! でも良いことなんだよね! ログちゃんが、いっぱいいっぱいがんばってくれたから!」
なんてことだ。俺が勇者になったばかりに、冒険者ギルドが王国から不要になっちまったなんて。
メルセリアはうつむいた。
「メル……もしかしたら最後の魔族かもね。もう居場所……ないのかな。メル、いなくなった方がいいのかな?」
俺は首を左右に振った。
「そんなに悲しい事、言うなよ。お前が力になってくれたから、王国だってこれまでなんとかやってこれたんだ。俺だって感謝してる」
クラリーチェが銀のトレーを胸に抱えて滂沱する。溢れる涙が止まらない。
「ううう、そ、そそ、そうですよメルセリア様! ログ様の仰る通りです!」
メルセリアが儚く微笑んだ。
「けど、平和になるのはいいことだし……」
クラリーチェが泣き崩れる。
「冒険者ギルドが廃止になっても、わたしはメルセリア様についていきますから!」
「あ、ありがとねクラちゃん。そっかぁ。着いてきてくれるんだ。じゃあじゃあ……メルね! 旅がしたいな! 海とか山とか! この百年と何十年か、ずーっとこのお庭しかなかったからね」
他の魔族からの攻撃に備えるため、メルセリアは自身を空中庭園という結界に閉じ込めていたんだ。
人間とは時間感覚が違うとはいえ、ギルドが無くなれば彼女も自由になる……のだろう。
と、思った俺にメルセリアが目を見開く。
「そーだ! ログちゃんにお願い!」
「な、なんです急に? 俺にできるお願いなら聞きますけど」
「できるできる! あのね! クラちゃんがこのままだと、いきおくれ? になっちゃうから、ログちゃんにもらってあげてほしいなって。でねでね、ギルドの件がおちついたら、三人で旅行しよ!」
先ほどまで泣き崩れていたクラリーチェが立ち上がり、俺をじっと見つめて「めめめめ滅相もありません!」と顔を真っ赤にする。
ああ、ごめん。無理だ。その願いだけは。
「すまない。クラリーチェ」
「ああああああああ! 通算七十二回目の失恋ですうううううう!」
そんなにしてたんだな、こういうやりとり。
ギルドでお茶とピクルスのサンドイッチをごちそうになった。
俺の大好物らしい。食べ物の好みに関しては、自分よりもクラリーチェの方が把握しているようだ。
二人に別れを告げて、定宿に戻る。
相変わらずの豪華なホテル住まい。
俺の護衛に派遣された冒険者達には、一旦帰ってもらった。
部屋に引きこもる。と、ザックからライブラが飛び出す。
『仰りたいことはわかっているつもりです。ですが、魔王はあと十二年後に復活します』
「さんざん王国中を探し回ったんだ。それでも影も形も見つからないんだぞ? お前は何も知らないのか?」
『申し訳ございません。私はシステムの一部に過ぎないのです』
淡々とした口ぶりのはずなのに、本当に申し訳なさそうに聞こえた。
だが、そもそも魔王復活のことを言っているのは、ライブラだけなのだ。
「お前以外の誰もが、もう魔王は消滅してるって考えてるようだな」
『それは……貴方もでしょうかログ?』
「正直、わからなくなったよ」
『私が嘘を吐いていないと弁明することは可能です。が、貴方の納得のいく証明をすることは、残念ながら不可能です』
こいつにもこいつの立場だの制約だのがあるんだろうな。
そして、制定された条件やルール自体が間違っていたとしても、ライブラには疑うことができない。
勇者を導く者として作られた存在で、ライブラ自身も魔王復活の予兆を検知した以上のことはわからないのだろう。
俺はベッドに仰向けに倒れ込んだ。
このまま導きの書の予言が外れて、十二年後も平和ならそれでいい。そうあってほしいとすら思う。
だが、そうならない可能性もあるのだ。最悪、魔王によって人間が滅ぼされる未来が訪れるかもしれない。
だからこうして、未然に防ごうとしてきたんじゃないか。
ああ、なんだったんだろうな。この数年間は。
今日まで戦ってきたことが無駄どころか、冒険者ギルドの弱体化や王国の平和ボケを促進する結果になってしまった。
マナの未来に俺が悪影響を与えたんだ。
マリエルが命を託した意味も、何もかも無駄になってしまう。
「なあライブラ。俺は……どうしたらいい?」
『現状、冒険者ギルドの段階的廃止が最も問題となります。そこで提案します』
「何か打つ手があるのか?」
『王女殿下と婚姻を結び、王位を継承して国のあり方を貴方自身が決めるのです』
一瞬だけ、心が動きかけた。
「お前……相変わらず目的のために手段を選ばないんだな」
『可能性を提示したまでです』
「ダメだ。王位継承じゃなくて、それじゃあ簒奪だ。簒奪者に人心はついてこない。それに……」
俺は胸元に手を当てる。服の下に二つの指輪の感触を手のひらで確かめた。
もう、ずっとその貌を見ていないのに、マリエルはまだ俺の中で生き続けている。
以前は街中で背格好の似た金髪の女性を見ると、心の中がもやついたが、最近はそういった感情すら湧かなくなってしまった。
頭上を心配そうにパタパタとライブラは飛び続ける。
励ましの言葉は無い。俺が何かを求めるから、それに応えるのが導きの書の役割だ。
今の俺には……。
求めるものがもう、無い。
疲れた。ただただ。思えばずっとここまで限界だった。それを無視して走り続けた結果がこれだ。
王国は弱体化し、魔王の手がかりは見つからず、十二年後には復活する。
何も起こらないことを祈って過ごすのも悪くない。
帰ろうかな……故郷へ。
フォート村へ。
いや、ダメだ。マリエルと約束したじゃないか。
守るんだ……マナを。だけど……俺は……もう。俺にできることなんて……これ以上……何一つ……無いのだから。
不意に――
ライブラがテーブルに着地すると、パラパラとページがめくられていった。
『こちらに来てくださいログ』
「今更なんだ?」
『フォート村からの新しい書き込みが完成しました』
「完成だって? 妙な言い方だな」
水の底に沈んだように重い身体をようやく起こす。
テーブルの上に開いたライブラのページに、俺は呼吸が止まった。
それは……絵だった。クレヨンで描かれた黒髪黒目の……人間か? これは。目と鼻と口がある。男の顔だ。
クレヨンで「パパ」と描かれていた。
その脇に小さくソンチョがメモ書きをしている。
元気にやっとるか。と、言うのもアレじゃが、お前さんの苦悩は光の書を通じて、ずっと見ておるよ。マナはお絵かきが好きみたいで、お前さんを描いたぞ。文字の覚えも早くてのぅ。両親の才能を受け継いだ天才かもしれん。
涙がこぼれた。そうか。マナはもう、文字を覚え始めてるんだな。俺の顔なんて覚えてもいないだろうに。だって別れた時には、まだ目が開くか開かないかだったんだ。薄ぼんやりとも見えてなかっただろうに。
そうか……そうか……そうか!
俺が諦めてどうする! 俺には守るべき家族がいるじゃないか!
マナはどんどん成長していってるんだ。
娘の未来を守るのは親の……俺の務めだ!
俺はライブラをぎゅうっと抱きしめた。
『苦しいです。ページが曲がってしまいます。情熱的ですが困ります。私は本なのですから』
「うるさい。黙れ。今はしばらく、こうさせてくれ」
この先、何が出来るかはまだわからないが……。
前を向こう。きっとまだ、出来ることがあるはずだ。




