35.驚愕(35/42)
光の刃をスッと消してガゼットは小さく肩で息をした。
「私が二十年間、独自に研究したどり着いた技術だ。それを優秀とはいえ、一介の学生だったはずの君ができるのだね?」
「そ、そんな……できるだなんて」
「でなければ魔族を力ずくでねじ伏せるような真似は、人間に出来るはずなどないのだよ」
これ以上は言い訳も苦しいか。
認めることで……ガゼットから俺が知らない技術を習得できる可能性もある。
デメリットは最小限にしなければ。
マリエルの事も、マナの事も誰にも教える訳にはいかないのだ。
俺は短杖を手にした。適当な記憶を見繕って消却し、短杖に光の大剣を纏わせる。瞬間、ほぅとガゼットは小さく声を上げた。
「やはりそうだったか」
「黙っていてすみません」
「誰に教わったものだ?」
「独学ですよ。俺は……天才ですから」
これで通すしかないのだが、意外にもガゼットはあっさり首を縦に振る。
「ふむ。私の見込み違いでは無かったようだな。S判定をやろう。合格だ」
「合格……ですか?」
一瞬、痩躯の男が学長から教授に戻ったような気がした。
杖をコートの内側のホルダーに戻し、ガゼットは自身の顎に手を当てる。
「採用試験も兼ねていたものでね。どうだろう。教授待遇で感情魔法学の特別講師として我が校に帰ってきては? ちょうど私の後任の選考に難儀していてね」
俺を勝手に復学させて、単位を与えて卒業扱いにしたあげく、講師にして囲い込もうというのか。
「お断りします」
「ふむ。噂では王女殿下との婚姻まで断ったというが、いったい君はどうしたいのかね?」
「俺にはまだ……やらなければならないことがありますから」
「すでに英雄どころか勇者と讃えられるほどに、功績を上げたではないか」
「誰かに認められたくてしているんじゃないんです」
「では、王国の平和のためか? すでに十分、王国は平和になった。君の働きでな」
どろりと濁った瞳が俺の心を覗き込む。圧迫感に指先が小さく震える。
「そ、それは……」
男はゆっくりと続けた。
「それこそ、魔王でも復活しない限りは王国の……この地に住まい暮らす人々の安寧は揺るがないだろう」
「……」
その魔王だよ。俺が探しているのは。どれだけ情報を集めても、未だにまともな手がかり一つ見つからない。
ガゼットはコートの内ポケットを探ると、タバコを取り出した。
「禁煙したんじゃないんですか?」
「学長にまでなって、他に欲しいものがなくなったのでね」
全く読めないな……この男。
煙を燻らせる。一息吐いてガゼットは続けた。
「そもそも、魔王復活もあり得ない」
「あり得ない……ですか?」
一吸いしただけのタバコを投げ捨て、学長は靴底でもみ消す。
「私の長年の研究結果だ。すでに魔王は消滅している」
瞬間――
俺の背中でザックが蠢いた。
「なんだね?」
「なんでもありません」
ザックを降ろすふりをしながら、仕舞われたライブラをたしなめるように軽く叩く。
反論したいのだろうが、我慢してくれ。お前が出てくるとややこしいことこの上ない。
俺は学長に向き直った。
「それよりも、魔王が消滅しているだなんて……根拠はあるんですか?」
「君だよ。いずこかのダンジョンに魔王が封印されているとすれば、総当たりをしている君が遭遇しないはずもない。封印を見つけたなら、君は英雄らしく、勇者らしくどう動くだろう? 封印を解いて戦いを挑み、完全に倒そうとするのではないか?」
「はっはっは~そんなことするわけありませんよ。リスクしかないじゃないですか」
「君の生き方そのものが非合理的でリスクしかないのだよ。今更合理的なフリをするのは無理があるんじゃないか?」
「……」
ダメだ。手の内を全部読まれている。
「で、どうだろうか。私の元で働くというのは?」
「謹んで辞退します。旅を……続けます」
「そうか。ならば好きにしたまえ」
引き留めてくるかと思ったが、案外あっさりとした反応だ。
さて――
今度はこちらの番だな。
「ところでガゼット学長……これをお返ししなければと思ってまして」
ザックの中からガゼット家の証を取りだした。差し出すと、すんなり学長は受け取り、コートの内ポケットにしまう。
「たしかに返してもらった。約束を違えなかったな」
寂しげな表情を浮かべる。が、こちらが瞬きする間に、男の顔は淡々とした元のものに戻っていた。
「三年ほど前か。教団の調査については、こちらの諜報員からも報告が上がっている。君
の明確な関与が追えなかったことを不審がっていたな……まあ、過去の話だ。君に記憶消却の力があるならば、どうとでもできたのだろう」
追求は無しか。
「すみません。記憶消却の力自体を、秘密にしてきましたから」
「賢明な判断だ」
「ところで、例の教団の首謀者なんですが……」
俺は当時、司教を名乗っていた男を尋問した。
この男は元冒険者で、十数年前に魔族に襲われた時、黒衣の魔導師に助けられたらしい。
その魔導師は魔族倒すほどの感情魔法の使い手で、遺跡では魔王の調査をしていたという。
タバコの臭いがしたとも。
そして――
「司教を名乗っていたその男は、黒衣の魔導師の顔だけが思い出せなかったそうです」
「ふむ……それで」
「学長……貴方だったのではありませんか?」
記憶消却の力が使えるなら、自分の記憶だけでなく相手の記憶も消却できる。もしガゼットが黒衣の魔導師なら、司教の男から自身の顔だけ消すなんてこともできたはずだ。
ガゼットはもう一度、自身の顎をさするようにすると。
「さて、記憶に無いな。君もこの力を使っているのだから、わかるだろう」
ぐうの音も出ない。が、大切な記憶には可能な限り手を付けないようにしている。
若き日のガゼットにとって、司教との出会いはとるにたらないものだったのか、憶えているのに惚けているのか。
「他に何か質問はあるかな?」
「いいえ……」
手詰まりだ。何かを聞きだそうにも、肝心なところは「忘れた」ではぐらかされてしまう。
さんざん自分がしてきたことなだけに、余計に腹立たしい。
「では……失礼します」
ザックを持ち上げたところで。
「最後に一つ」
男は俺を呼び止めた。
「なんでしょう?」
「魔族と人間の違いについて、君の考えを聞こうか」
そう言われても、魔族は人間を下にみて戯れに殺す連中という程度の認識だ。冒険者ギルドを創設したメルセリアくらいしか、友好的な魔族に遭遇したことがない。
「魔族は人間の敵です」
「B評定だな。間違ってはいないが凡庸だ」
「手厳しいですね。模範解答をお教えいただけますか?」
「よかろう。魔族は……己のためにしか感情を動かすことができない存在だ。いかに個体として強靱であろうと、感情を引き出す力には限界がある。一方、人間は弱い。が、その弱さ故に他者のために感情を……心を動かすことができる。他者との絆や記憶を消却する人間に、魔族は勝てないのだよ。それがこの世の理だ」
言われてみれば、たしかにそうかもしれない。魔族は人間のように群れたりしないのだ。
ガゼットは続けた。
「だが……もし、他者のために心を動かし、涙さえ流す魔族がいたとすれば……人間に勝ち目はないだろう」
暗澹とした眼差しに背筋がぞくりとなった。
「なぜ、そんなあり得ない仮定を口にするんです?」
「人間の想像が及ぶ範囲においては、この世にあり得ないことなんて無いのだよ」
ガゼットはゆっくり歩き出し、演舞台を降りる。
「さて、私もこう見えて多忙な身でね。片付けねばならない仕事がある」
「ずいぶんお暇そうに見えましたけど。俺なんかのために、わざわざ大学を休校にするなんて、やっぱり大げさですよ」
ぼやきながら俺も男の背中を追った。
「近く、国王陛下から宣言が出される」
「なんのです?」
「王国から魔王の脅威が完全に消え去ったとね」
「そんな……どこに封印されているかもわからないままなんですよ?」
「有識者会議の人間達は君とは意見が真逆らしい。見つからないのではない。もはや存在しないのだよ。追って冒険者ギルドは規模を縮小し、各地のダンジョンで魔物を掃討する程度に維持しつつ、十年後を目処に冒険者という制度そのものが段階的に廃止されるだろう」
なんだって?
「ギルドを廃止……って」
マナが旅立つのは十二年後だ。その時に冒険者ギルドが無かったら、いったい誰がマナの力になってくれるんだ。
「ギルド側の代表も概ね同意している。国軍とは別に冒険者を束ねる武力集団が存在していること自体、国家を不安定にさせかねないからな」
国王はギルド長――メルセリアが魔族だということを知っているはずだ。魔族に力を持たせておきたくないとでも言うのか。
王国はこれまで散々、冒険者達に頼ってきたのに。
「どうしてそんな話を俺にするんです?」
「かねてより私も冒険者ギルドという組織には懐疑的でね。全て君のおかげだ。有識者会議の一員として、国王陛下に良い提案ができたよ。勇者ログ・ノーティス君」
俺が……がんばりすぎたってことか?
もし冒険者ギルドが無くなれば、十二年後にマナが旅立った時、いったい誰を頼ればいい?
王国が弱体化したところで、魔族達の反転攻勢が始まってるんじゃないか?
一瞬、目の前が真っ暗になった。




