34.変化(34/42)
王立魔法大学に着く。三年留守にする間に、ガゼットは学部長からさらに出世して、学長の椅子に座っていた。
広い学長室に通される。今日は平日のはずだが、大学構内に学生の姿が無い。
学長の椅子の背もたれに身を預けたまま教授……学長と改めるべきか。ガゼットが言う。
「本日は学長権限で休校としたのだよ」
「どうしてそんなことを?」
「君は自身の置かれている立場を理解しないと見える。王都でも話題の勇者なんてものが来校すればパニックになりかねん」
「でしたら大学の外でお会いすべきでしたね」
「いや、少々施設を使いたいのでね。着いて来たまえ」
ガゼットは少し大きめの鞄を手に立ち上がると、学長室を出る。言われるまま廊下を歩いた先、到着したのは平たく言えばコロシアム。環状客席を備えた野外ホールのような場所だった。
講堂よりも席数は多く、全学生を収容してもあまりあるだろう。その中心には二十メートル四方のステージがあった。切り出した石のブロックを並べた無骨なそれは、演舞台のようにも見えた。
「どうしたのかね? 初めて見たような顔をして」
ああ、学生だったなら覚えているはずの場所なのか。
「久しぶりすぎて。こんなに大きかったでしたっけ?」
「ほほう。君は感情魔法学を学んでいたはずだが、競技魔法決闘術の科目を選択していたのかね?」
たしかその学科は戦闘系の学部のものだ。ということは、この施設は決闘術の試合会場みたいなものか。
在学中の俺が興味を示さなさそうな施設だな。ガゼットが鎌を掛けてくるなんて……。
考えつつも話を合わせる。
「入学時の施設紹介ガイダンス以来です」
「昨年新設されたばかりだが?」
「……冗談ですよ」
こいつ……なんなんだよいったい。狙いはなんだ?
どんよりと曇り、濁った眼差しが俺を射貫くように見据える。
「ちなみに、君が飛び込んだ火事で焼け落ちた第七実験棟も再建済みだ」
「そうでしたか。よかったです。で、新しく出来た施設を俺に紹介したかったんですか?」
ガゼットは鞄から白銀の短杖を二本取り出した。
一方を俺に手渡す。
「競技魔法決闘の経験は?」
「ありません。大学を退学してからはずっと、実戦しかこなしていませんでしたから」
「ではルールを説明すれば問題ないな」
こちらの話を聞くつもりは毛頭無いらしい。が、断る理由も無いか。
競技魔法決闘のルールを簡単に説明された。
専用の短杖には三種の魔法しか放てないよう制限がされている。赤と緑と青の宝石が杖に埋め込まれており、それぞれが火、風、水の属性を球状にして放つよう調整されていた。
三すくみの関係にあって、火は風に強く、風は水に強く、水は火に強い。同じ属性の魔法球同士をぶつけ合えば相殺されるが、弱点側の魔法球は貫通されるとか。
制限時間は三分。互いに魔法球を放ち合い、三種の魔法を相手にヒットさせた方が勝利となる。演舞台から外にはじき出されれば場外負け。
時間いっぱいになった場合は、より多くの魔法球をヒットさせた方の勝利となる。同数であれば引き分けとのことだ。
戦闘というよりも球技に近い。教授は競技短杖を手に先に演舞台に上がった。
「最近はすっかり体がなまってしまったものでね。軽く手合わせ願おう」
「わかりました。お付き合いします」
実戦に比べれば生ぬるいな。杖を軽く振ってみる。魔法力を込めれば増幅ではなく抵抗を感じた。競技用にチューニングされている。
今の俺の魔法力を込めればリミッターを吹き飛ばしかねない。
互いに距離を取り、銀の短杖を構え合う。
「では始めるとしよう」
「お手柔らかにお願いします。ガゼット学長」
「それはこちらの台詞だ。勇者ログ・ノーティス」
正直、かつての恩師(?)と魔法戦をするとは思っていなかった。
先に仕掛けたのはガゼットだ。相手の放った火に対応する、水の魔法球で反撃した。
初めてやるのだが、体が勝手に動く。無数に消却し続けても、肉体に染みこんだ戦いの記憶は消えないのだろうか。
同じ属性の魔法球同士がぶつかり合うと、衝撃波が発生した。俺が圧倒的に押している。
ガゼットがいかに感情魔法の権威であっても、今日まで魔族相手に殺し合いをしてきた俺の敵ではないのかもしれない。
ガゼットの体勢が崩れた。一気に魔法球を連打して畳みかける。
「甘いな……」
学長の口元が緩んだ。強がりかと思ったが、こちらが不規則に放った三属性の魔法球全てを、ギリギリまで引きつけてから、ガゼットは杖を振るって弱点属性で上書きし跳ね返してきた。
俺はといえば、攻撃のため大きく動いてしまったことで、反応が遅れる。
一発は避けたが、火と風の二発をもらってしまった。軽い衝撃はあるが、あくまで競技用だ。魔法球に殺傷力は無い。
が、追い詰められた。二属性を先に打ち込まれた格好だ。
であるなら……。俺は水に対して強い風の魔法球を連打した。数で押し切る戦法だ。
基礎魔法力の出力差はこちらに有利。
ガゼットが放つ水属性の魔法球さえ通さなければ、いずれ圧倒できる。
「だから君は甘いのだよ」
学長が放ったのは……風属性だった。
俺が先に放った風の属性とぶつかり合い、相殺状態になる。が、その風の魔法球の真後ろに、一回り小さな水の魔法球が隠れるように連なっていた。
思わず声が出る。
「なっ! 聞いてないぞそんなのは!」
俺の額に小さな水の魔法球がヒットした。
試合巧者というやつか。
「ここまでのようだな」
正直、完敗だった。
「初心者相手に大人げないですよ」
「まったくだ。しかし、これで疑惑は確信に変わったな」
ガゼットの濁った眼差しに、一瞬背筋が冷たくなる。
「なんです? そんなに怖い顔をして」
「君と同じで顔は生まれつきなのだよ……。しかし、この程度の技量でどうやって君は道中で出くわした魔族を倒したのだね? あまりにも未熟すぎる」
「競技用と実戦は違いますから」
「それを加味した上でお粗末だと言っているのだよ」
たしかに競技魔法決闘術を極めれば、魔法の制御だけでなく、魔法力の効率の良い使い方や状況判断力といった、実戦に活かせる技能を磨けそうだな。
俺は……記憶を消却することに頼り切りだった。基本的には力押しだ。
ガゼットがもう一度、俺に問う。いや、問いかけなんて生やさしいものではない。まるで異端者を取り調べる尋問官だ。
「在学時の君では魔族には勝てない。よほど技術を磨いていない限りはな。だが、そういった気配は今の試合で微塵も感じられなかった。なのに基礎魔法力だけは上がっている。いったいどういうことかね?」
昔の俺を知っている人間だからこそ、違和感があるってことか。
俺如きでは魔族は倒せない。実際、フォート村を出た時に魔族のガキにわからせられた経験がある。
学長の沈黙に俺は――
「ええと、魔族に遭遇しなかったんですよ。運が良いんです、俺」
「君は嘘が本当に下手だな」
「信じてもらうしかありません。こういった場合、立証責任は疑う側にありますし」
「その点、調査済みだ。我がガゼット領内にて、諜報員達が動向を探っていた魔族が何人かいたのだが……三年前、君が東方の地に足を踏み入れてから、調査対象の魔族が次々と消えていったのだよ」
ああ、俺に絡んできた魔族は手当たり次第に倒していったから……そうか。諜報員だもんな。ガゼットに報告していてもおかしくない。
「いやだなー偶然ですよ」
「魔族には強い人間と戦いたがる習性がある。冒険者の行方不明事件も大半はそれだ。近年、王国各地での冒険者の行方不明者数が急減した。君が南方に赴けば南方の。北方に出向けば北方での発生件数が減ったのだから、因果関係が無いとは考えがたい」
調べ済みか。こうなると、どう言いつくろっても疑惑の眼差しを向け続けてきそうだな。
ガゼットは競技用の銀の短杖を投げ捨てた。石畳の演舞台に硬質な金属音が響く。
そして、コートの下から漆黒の短杖を学長は取り出す。
実戦用……だ。
それを俺に向けてガゼットはゆっくり口を開いた。
「つまりだ……君もできるのだろう?」
瞬間――
俺の視界を覆い尽くすように、光が爆ぜた。
ガゼットの杖を覆い尽くす、巨大な光刃。それは紛れもなく、光の魔法力によるものだ。
身長よりも長大なその切っ先を俺に向けたまま、男は言う。
「自身の記憶を消却することで魔法力を増強し、非才な者でも魔族に特効を持つ光の魔法力を操る術を」
信じられないが、目の前で実物を見せられた以上、疑いようもない。
ガゼットは……記憶消却による魔法力増強ができるのだ。




