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33/42

33.探索(33/42)

 封印された魔王を探す旅が続いた。


 王国の東方を踏破し、次に向かったのは南方だった。ノーティス家の所領もあるのだが、構わずログ・ノーティスの名を名乗り続けた。


 本来であればノーティスの名を使うことは許されないはずだ。が、それがどうしたという気持ちしかなかった。


 元々、生まれた時から王都のタウンハウスで過ごしてきたので、南方の地を踏むこと自体初めてだ。だから故郷だのという感覚も皆無だった。


 にもかかわらず、ノーティス領の人々は俺を歓待した。父親に勘当された身だが、英雄として迎え入れてくれた。


 南方一帯のダンジョンを巡り、現地の冒険者ギルドと密に連絡を取り合いながら魔王の痕跡を探し続ける。


 魔族にも幾度となく遭遇した。俺が最初に戦ったガキ……ディエルはノーティス領にも来ていたらしく、噂を聞きつけ俺を舐めてかかる連中も多かった。


 魔族の時の流れは人間よりも緩やかなようで、泣き虫ディエルを倒した程度の人間なんて、たいしたことないとでも思っていたようだ。


 甘いな。魔族連中も。


 経験を積み、記憶を消却しては魔法力に変換し、新たな出会いや交流の日々を焚き火にくべるようにしながら、俺は戦い、勝ち続けた。


 そのうち、ライブラに書くことも疎かになってきた。どうせ憶えていても仕方の無い情報だと俺が判断すれば、記述し残す必要もないと考えたからだ。


 気付けば――

 俺に挑んでくる魔族はいなくなっていた。


 冒険者ギルドの職員曰く、俺が各地を巡るうちに、王国に所属する冒険者の行方不明件数が百分の一にまで減少したとのことだ。


 ダンジョンの地図作りも効いているようで、魔物達が住み着くそばから冒険者が駆逐していく。それが王国中で起こっている。


 街道は平和になり、人々の往来は活発化した。


 国全体が明るくなったという。もはや王国にかすかに残った魔王の影が消え失せてしまったかのようだ。


 見つからない。魔王に関する情報は南方でも得られず、俺は最後の希望を託して北方を巡る旅に出た。


 同じように北を平定し、人々を救い、ダンジョンを攻略して万が一にもマナが旅する時のため、各地に安全な休憩場所となる結界を配置する。


 魔王の痕跡を求めて、ついには北限――永久凍土にまで足を踏み入れた。


 かつて教会廃墟で戦った演劇好きの魔族が口走った、魔王が封印されているとされる地域である。


 結果は空振りだった。


 それでも、俺は殺して、殺して、殺して、殺して、殺し尽くした。


 魔物も魔族も、立ちはだかる者全てを駆逐する。魔族が挑んでこないなら、こちらから居場所を探り当てて殺しに行った。


 最近では、どんな場所に魔族が潜んでいるのか、だいたいわかるようになってきた。


 訪れた街で不審な事件の話を聞けば、だいたいは魔族の仕業だった。見つけ出して殺すのは簡単だった。


 そして、再会もあった。


 少年の姿をした魔族――ディエルである。洞窟の奥、湿った臭いの充満する地底湖のほとりで、膝を抱えて座り込み震える魔族のガキが、俺に言う。


「や、やや、やあ! お兄さん! 僕はもう人間を殺したりしてないよ! ちゃんと約束を守って、魔族のみんなにお兄さんのことを教えて回ったんだ! ほら! 良い子にしてたでしょ?」

「だからなんだ?」

「み、見逃してくれるよね? だって、僕は……」


 短杖に光刃を纏わせ、俺はディエルの首を一瞬で切り落とした。前髪の間から覗く見開かれた瞳が驚愕の表情のまま固まる。


「なん……で……」

「お前が魔族だから」

「…………」

「死んだか」


 魔族を殺すことに、何の感情も湧かなくなっていた。どさり……と、首を切り離されたディエルの体が倒れ伏した。




 魔王は見つからない。


 導きの書ライブラにわかるのは、魔王が復活するというただ一点のみ。他に情報を持っていないのだ。俺が書き込むしか無い。


 いつしか、魔族の影響力が王国中から一掃された時――


 俺の二つ名は変わっていた。


 英雄ログ・ノーティスから。


 勇者ログ・ノーティスへと。


 百数十年前、魔王を倒した伝説の勇者の再来だそうだ。


 内心、全く喜ばしくない。本来、勇者の称号はマリエルや、マナのものなのだから。

 一方で、俺にとっては好都合だった。


 俺が勇者になるなら、マナの存在を探るような連中はいなくなる。魔族も、人間も。


 だから、堂々と名乗ることにした。


 勇者ログ・ノーティスはここにいるのだと。




 三年が経過した。


 残り十二年。俺は王国を一巡りして、王都に戻ってきた。


 何も伝えていないのに、誰に頼んでもいないのに、俺が王都の城門をくぐると沿道に人々が押し寄せ、凱旋パレードが行われた。


 そのまま王城まで直行させられると、国王陛下と謁見。

 叙勲された。この国で最も価値のある勲章だ。

 いらない。そんなものより魔王の情報が欲しい。


 国王陛下から、王女との婚姻を勧められた。

 今まで会ったこともない相手と、いきなり結婚できるかよ。


 王女は美しかったけど、俺にはもうマリエルがいるのだ。


 まだやらなければいけないことがあると、申し出を断った。王女は涙を浮かべていた。なんで俺みたいな見ず知らずの人間に、そこまで思い入れができるんだろう。


 もしかしたら、俺は過去に王女を助けたりしたのかもしれない。

 ライブラを開けば、書き記されているかもしれないが確かめる気も起きなかった。


 そっと胸に手を当てる。二つの指輪の感触を確かめる。どんな名誉も栄誉も要らない。

 俺にはこれだけあればいい。


 恭しく礼をする俺に、国王も一旦は引き下がった。


 民衆の勇者人気はすさまじいらしく、俺を取り込みたいとでも考えていたのだろうか。もしくは、俺が国王に代わってこの国を治めるようになることを、国王自身が危惧していたのだろうか。


 どうでも良かった。


 王都で拠点にしている宿に戻れば、俺に一目会いたいという人間から俺を守るよう、冒険者ギルド本部から護衛のパーティーが派遣されていた。


 全員が司教級や城塞級といった、王妃級に次ぐ実力者揃いである。


 俺の護衛任務は争奪戦だったようで、勇者ログ・ノーティスを守る仕事というのはよほど誇れるものらしい。


 クラリーチェが厳選した人間達なのでひとまず信用はしたが、ずっと監視、監禁されているようで、生きた心地がしなかった。


 魔王を見つけるために、次の手を考えなければならない。


 だが、他の誰にもその事だけは言えなかった。俺が戦えば戦うほど、魔族達はその姿を隠してしまう。


 魔物の脅威も冒険者ギルドの力で完全に抑え込める状態だ。


 そんな折――

 ノーティス家の執事長……バーナードからギルドを通じて俺に依頼が入った。


 父親と面会してほしいとのことだ。


 ギルド本部の一室で、六~七年ぶりに執事長と再会した。

 以前よりも痩せこけ、白髪交じりだったものがすっかり雪原のような髪色になっていた。


 俺が無茶をしたせいで、心労が祟ったのかもしれない。

 父親と今更会って何を話す?


 正直、断っても良かったが、バーナードが母の――エレノアの名を出してまで頼み込むので、俺はノーティス家のタウンハウスへ足を運んだ。


 馬車に揺られる途中――

 公園が目に入った。


 あの日のことをまだ、憶えていた。


 俺が大学を辞めてマリエルの故郷に行くと父親に告げた日、夕刻に彼女とこの公園で待ち合わせたのだ。


 昨日のことのように思い出す。が、そんな記憶もいつしか、俺の中からフッと消えてしまうのだろう。


 生家の門をくぐり、応接間で父親らしき男と対面した。

 顔も名前も記憶にとどめていない。


 年の頃はガゼット教授と同じくらいだ。当然だな。二人は同窓生なのだから。

 父親は俺に頭を下げた。


 曰く、勘当を取り下げたいのだとか。俺にノーティス家の家督を継がせたいという。

 そんなことをしている暇は無いのだ。


 俺は頭を下げたままの父親に告げた。


「勝手に家名を使い続けたことを謝罪します」


「いや、それは……むしろお前が英雄として名を馳せ、勇者とまで讃えられるようになったことで、当家の評判は王都どころか王国中に響き渡ったのだ。まさかこのようなことになるなど、思ってもいなかった。これからも我が家の一員としてだな……」


 家の面子の話か。

 俺は男の言葉を遮った。


「俺にはまだ成さねばならないことがあります。家には戻れません。代わりにこれをお納めください。この勲章は私ではなく、ノーティス家に与えられたものといっても過言ではないでしょう」


 国王陛下から下賜された一際大きな勲章をテーブルに置くと、俺はノーティス家を後にした。

 もう二度と、戻ることはないだろう。


 そして――


 俺が王都に戻って五日後。

 王立魔法大学からの使者がやってきた。


 実家の次は大学か。


 話を聞くと、退学した俺の学籍を復活させたというのだ。しかも、これまでの英雄的行為を単位として認定し、卒業扱いにしたのだとか。


 全ては学長――ヴィンセント・ガゼットの権限の元で行われた。


 俺が王国中を巡る間、ガゼットは学長にまで登り詰めていたのである。


 この三年間、魔王の痕跡を追うと同時に探していたものがあった。


 東方で教団が生まれるきっかけとなった、黒衣の男の正体だ。


 結局、何者かはわからなかったのだが……。


「わかりました。明日にも伺います」


 大学からの使者にそう言って帰すと、俺はザックの中からガゼット家の証を取り出した。


 東方ではずいぶんと役に立たせてもらったこいつを、返しに行くには絶好の機会だった。


 全ての始まりは、あの男だ。何度も読み返したのだろう。ザックの中にしまわれた青いノートはすっかりボロボロになっていた。


 もう一冊――導きの書が顔を覗かせるようにザックから背表紙をひょっこり見せて言う。


『明日のために、もう一度私を読み返してみてはいかがですか?』

「そうだな。教授との話し合いになった時に、必要になりそうな記録の該当ページを教えてくれ」

『承知いたしました』


 この年齢になって、一夜漬けで試験勉強をすることになるとは、人生とはままならないな。


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