32.司教(32/42)
ミサは進み、各支部の成果報告が終わると司教の説法が始まった。
要約すると、魔族の世は真に実力を持つ選ばれし者だけが正当な評価を受け、生まれながらに地位も名誉も約束された王侯貴族は失墜する……とまあ、そんな内容である。
ここにいる連中まとめて、魔族に殺されてもおかしくない。
宴もたけなわ……というのが合っているかわからないが、最後に司教が錫杖を再び天に掲げた。
「間もなく我らの祈りによって魔王様は復活なされる! それまでこの世界の理不尽に耐え、祈りを捧げ続けた者にのみ、新世界への扉は開かれるのだ! 皆、仲間を増やし、祈りの総量を増やし、魔王様復活のため尽くすように!」
一瞬、ローブの下のザックが蠢く感触があった。
俺はザックをグッと抑えて黙らせる。
きっとライブラはこう言いたいのだろう。
『魔王の復活は十五年後です。間もなくは不正確です』
隣の男が首を傾げた。
「なにやってんだ?」
「あっ……いや、ちょっとふらっとしちゃって」
「だよなぁ。司教様の言葉を聞いただけで、心酔しちまうよなぁ」
勝手に良いように解釈してくれた。
しかし――
司教という男から感じ取れる魔法力は……さほどでもない。普段相手にしている魔族と比べれば微々たるものだ。
もちろん、司教自身が戦闘態勢に入っているわけでもないので、本来持っている力を抑えるなりしている可能性も十分考えられるのだが……。
話している内容も不正確だった。特に気になることといえば、魔王復活までの正確な刻限を司教が知らないことだ。
あえて信者達に「あと少しで魔王が復活する」と、言っているのかもしれないが、復活するする詐欺のようにも思えた。
ミサが終わり、それぞれがちりぢりに平原を去っていく。
ずっと俺にばかり話しかけてきていた男が立ち止まった。
「なあ、お互いがんばろうな」
「ああ、そうだな」
「同じ方角なら途中まで一緒に行かないか。もっと、あんたと話がしたいんだ」
「悪いが逆方向なんだ」
「第二地区だろ? 途中までは俺の第一地区と同じじゃないか?」
「野暮用でな」
男は一瞬黙り込むと。
「そうか、じゃあまた来月だな」
互いに名乗らないのは、この教団のルールなのだろう。
ミサが終われば人の群れは引き波のように消えていった。俺は誰にも気付かれないよう、巨石柱の中でも一番影が濃い場所にそっと身を隠す。
限界ギリギリまで魔法力を隠蔽しながら、魔法式を構築、展開した。
音を消し、光を屈折させて姿をくらませる。幾度となくダンジョンで隠密行動をしてきた俺の気配遮断は、一流の暗殺者すら凌駕していた。
司教の向かった方角は把握している。
俺はその後を追った。
そして――
鳥のクチバシのような金仮面に金の装飾が施されたローブの男の背中を見つけた。
周囲に人影は無い。
信心深い狂信者どもの中には、司教を追って正体を探ろうなどという不届き者は存在しないらしい。
「司教様。少々お話をうかがえますか?」
背後から声を掛けた瞬間、司教が背中をビクつかせた。ゆっくりこちらに振り返る。
俺が信者の格好をしているのを見るや、錫杖を乱暴にこちらに向けた。
「ええい! 貴様、不敬であるぞ! ミサが終わればみなそれぞれの居場所に帰り、互いを詮索しあわぬのが教団の教えと知ってのことか!? そもそも一般信者が気易く話しかけるでないわ!」
えらく小物っぽいな。俺は仮面を外し、フード付きマントを脱ぎ捨てた。姿をさらしても問題無い。最終的に、こいつから俺という存在の記憶は綺麗さっぱり消えるのだから。
「安心しろ。俺は信者じゃない」
「なにぃ!?」
「素直に話せば殺しもしない」
半分は脅し。半分は本気だった。この男からフォート村や勇者の血族――マナのことが広まりそうになっているのだ。
「勇者の血族についての情報をどうやって手に入れた?」
「脅しのつもりか? まったく、組織が大きくなればいずれ貴様のような冒険者が紛れ込むとは思っていたが……」
司教は錫杖に魔法力を込める。音にまつわる魔法なのが手に取るように理解できた。
短杖を抜く。俺はそれが放とうとする音と逆位相の音を司教の放つ強度と同等の魔法力で放った。
「なにぃ!? 我が音烈波が! なぜ発動しない!?」
「似たような魔法を使う魔族を何体か倒したからな。対処方は履修済みだ」
音を操るタイプには、逆位相をぶつけて無力化するに限る。
これでもはや、魔導師としての格付けは済んだ。
俺は司教に短杖の先端を向ける。
「どうする? 今度はお前が得意な魔法とやらを再現して、こちらから叩き込んでやってもいいんだが?」
「う、うう! わかった! 降参する! なんでも話す! だからもう、止めてくれ!」
よほど食らいたくない魔法のようだな。それを今まで刃向かう人間に放ってきたようなゲスなのだろう。
俺は平原に司教を正座させた。フードと仮面も外させる。
その下から出てきた顔は、酷く痩せこけて疲れ切った男のものだった。
男の名前はラスカーという。
西方出身の平民で、魔法の才能が人並み以上にはあり、王立魔法大学に補欠入学。
そこで貴族出身の自身よりも裕福かつ才能豊かな連中に打ちのめされ、卒業後に冒険者になり見返そうとするも、その歪んだ性格もあってパーティーを追放されること三十回以上。
故郷の西方で居場所がなくなり東方に流れ着いたという。
口八丁で新しいパーティーを組むことに成功。今度こそ、東方の地でやり直そうと思ったのだが……。
ある時、遺跡に挑んだ際に、魔族と遭遇し仲間を置いて逃亡。
仲間が全員殺され、自身も追い詰められたところで……。
「黒衣の男に助けられた……と?」
「ああ、そうだ。あれはもう十年以上前……そいつは強かった。私やその時のパーティーメンバーが束になっても勝てない魔族を、その卓越した魔法技術で打ち倒したんだ。あれは超一流の感情魔法の使い手だった」
感情魔法……だと。司教――ラスカーも王立魔法大学に入学できる程度には魔法を理解し、修めている。そんな人間が超一流と評する以上、相当な達人だったのだろう。
「どんな男だった?」
「それが……顔を……思い出せないんだ」
記憶を奪ったのか? たしかに、俺自身の力の根源は人の心、記憶からくる感情だ。それを消却することで実力以上のものを発揮している。
俺と同じか、それ以上の感情魔法の使い手が、ラスカーを救ったというわけか。
俺は腕を伸ばし、司教の襟首を掴み上げる。
「何か他に特徴はなかったか?」
「タバコ……そいつからは、タバコの臭いがした。今でも憶えてる。皮肉っぽく俺に煙りを吹きかけて……顔を思い出せないのに、あの男の瞳の奥には濁ったどろりとしたものが澱んでいた」
該当する人物が一人だけ思い浮かんだ。が、確証はない。
「で、そいつから勇者の血族の話を聞いたんだな?」
「あ、ああ。その男は魔王復活の方法を調べているんだとか。その存在を望み祈ることで魔王は復活するかもしれないと。だが、勇者の血族がいる限りは阻害されるとも。そいつは西方以外は調べて回ったが、勇者の血族は見つけられなかったって……だから……残すは西方だって……」
俺はさらに男を締め上げる。正座していた男の膝がゆっくりと地面から離れた。
「それでお前はどうして司教だのをやっている?」
「あの男が言ったんだ! 魔王復活に力を尽くせば、きっと魔王に認められるだろうって!」
だから自身を司教とし、教団を立ち上げたのだとも。
俺には……その男がラスカーを焚きつけて教団を作らせたようにしか思えなかった。
もし男の正体がヴィンセント・ガゼットなら……。
俺の東方地域遠征に協力するだろうか?
そもそもガゼット教授が魔王を復活させて、何の利益がある?
ならばやはり、別人なのだろうか。
視線を落とす。
哀願するようにラスカーは首を左右に振った。もう、話せることは全部話したようだな。
「わかった。もう十分だ」
「じゃ、じゃあ見逃してく……げはっ」
男の襟首を離すと同時に、短杖に光の魔法力を込めてこめかみに叩き込んだ。
衝撃で男の体が地面を転がる。
失神させるだけにしては、やり過ぎたか。
ザックの中からライブラが飛び出した。
『攻撃しながら回復の光魔法を同時に放つなんて、すっかり器用になりましたね』
「でなきゃ思いっきり殴れないだろ」
俺の対人打撃には癒やしの魔法も込めてある。
思う存分、手加減抜きで殴るための処置だった。
ラスカーから俺と遭遇した記憶を消却し、その消却した記憶をもってラスカー自身が教団の司教だったという記憶を奪い去る。
これで来月からは司教はミサに姿を現さないだろう。
残る連中は烏合の衆だ。もしかすれば各支部長が次のリーダーを決めるための跡目争いでも始めるかもしれないが、そうなればなったで地域ごとの分断を招き組織の弱体化が見込まれた。
ひとまず、教団に関する調査は終了だな。
ルーヴェンの街に戻って、ギルド支部経由で報告書を王都の本部に送ることにしよう。
残る問題は――
浮かび上がったヴィンセント・ガゼットへの疑念の感情だった。
配信予定はこんな感じです。
◆1日目:8月15日(土)
07:00:第1話・第2話・第3話
12:00:第4話
15:00:第5話
18:00:第6話
21:00:第7話
◆ 2日目:8月16日(日)
07:30 / 11:30 / 15:00 / 17:30 / 20:00 / 22:00
◆ 3日目〜6日目:8月17日(月)〜 20日(木)
06:40 / 12:10 / 16:30 / 18:10 / 20:40 / 23:00
◆ 7日目:8月21日(金)
06:40:第38話
12:10:第39話
17:30:第40話
19:30:第41話
21:00:第42話(最終話)




