31.隠密(31/42)
あれから次の満月の夜までに、フェルミ平原がある東方の草原地帯を目指した。途中、立ち寄れる遺跡の魔物は掃討しなかった。
俺が立ち寄ったことが噂でバレないようにするためだ。音と光を制御して、隠密行動を心がけた。
遺跡の最奥に狂信者がいれば記憶を抹消する。
今のところ、俺が連中に気取られたり警戒されているという雰囲気は皆無だ。
三日後――
近隣でも比較的大きな街――ルーヴェンに腰を落ち着けた。
街では英雄として迎え入れられた。毎度のことながら、街の人々から舞い込む依頼を期日までに片付ける。
同時に、ガゼット家の諜報員に接触して小道具作りをしてもらった。
ルーヴェンの職人に黒いフード付きマントと、魔族の顔らしい意匠の施された仮面の作成を依頼する。
教団のミサに紛れ込むためだ。
品物は狂信者達の身に着けていたものと遜色無く、これならバレもしないだろう。
宿の部屋で着込み、姿見の大きな鏡に全身を映して俺は腕を組む。
と、ザックの中から本が飛び出した。
『仮面の集団に紛れ込むには最適な格好ですね』
「狂信者どもはお互いの素顔を知らないようだからな」
『教団はどのようにして人員を集めているのでしょうか?』
「さあな。元締めがわかればそいつに直接聞きに行くんだが……」
残念ながら、ガゼット家の諜報員にも教団組織の全容は掴めていないらしい。冒険者ギルド支部でも同様だ。
俺の周囲をライブラがふわふわぱたぱたと飛び回る。
『ミサでもこれまでと同じように全員の記憶を消すのですか?』
「連中は遺跡でも最低十人程度で行動しているからな。そんな連中の総会となると、何人集まるか想像もつかない」
『では、潜り込んでなにを探るのです?』
「狙うは司教だ。こいつが独りになったところで話を聞かせてもらう。当然、記憶も消す。今夜は一旦、会場の下見に行くぞ」
『事前調査は大切ですね。がんばりましょう!』
当日、どういった雰囲気になるのかはわからないが、平原の石柱群を先に見ておき、備えることにした。
満月の夜――
フェルミ平原に黒いローブの一団の姿があった。
約束の日、約束の時きっかりにミサが始まる。
全員が目深にフードを被り、仮面を身に着けていた。
百人近くが集まる中に、俺は紛れ込む。事前に用意した変装用具のおかげで、誰にも部外者とは気付かれなかった。
しかし、毎月この規模の集会を定期的にやっているのに、冒険者もガゼット家の諜報員も実態を掴めていないというのは気がかりだ。
巨石が並ぶ。上から見ると、巨大な柱状の石塊が同心円状に配置されていた。
何のために作られたのかは不明だが、儀式的な雰囲気は十分だ。
石柱群の中心には、同じく石で出来た台座のようなものがあり、そこに他の狂信者とは違う、金縁の刺繍が施されたローブ姿があった。
マスクはクチバシが尖ったような鳥のような形状だった。月明かりを浴びて鈍く金色に輝いている。手には錫杖。
壇上に上がると信者達から喝采が上がった。
「司教様ー! 我らをお導きくださいー!」
「どうか私達をお救いください!」
「この世に魔族による統治を!」
「世界の変革を!」
「司教様万歳!」
「万歳! 万歳! 万歳!」
司教は錫杖を天に掲げた。
「鎮まれ皆の者。案ずることは無い。我らの祈りは魔王様に届きつつある」
マスク越しにくぐもってはいるものの、威厳のある声だ。錫杖に音を増幅する魔法を掛けているらしく、その声は風に乗って石柱群の隅々まで駆け抜けた。
声の質やしゃべり方からも、初老かそれ以上の男性だろう。
司教は続けた。
「では、各支部長は前に。今月の祈りの成果をここに宣言するのだ」
ローブの一団の中から、銀仮面が七人、石の台座の前に出た。
それぞれが東方地域を七つのブロックに分けて活動しているらしく、遺跡での祈りについて、どの遺跡で何人で何時間祈ったかなどを宣言する。
その度に一般信者から拍手が湧いた。俺も合わせて適当に拍手をすると、隣の信者が俺に言う。
「今回は普段成績優秀な第二地区が成績を落としたみたいだな」
第二地区がどこかもわからなければ、成績の判定だのの基準もわからない。
わからないなりに、話を合わせた方が良さそうだ。
「ああ……残念だ」
「第二地区はルーヴェンの街にも近いだろ。王国騎士団の詰め所や冒険者ギルド支部もあるから、監視の目が厳しい中、がんばって信徒を増やしてきたんだけどな」
なるほど。信者が信者を増やす形式だが、見つからないよう水面下で活動しているのか。
組織が大きくなるほどボロが出そうなものだが……。
男は続けた。
「で、オタクはどこの地区なんだ?」
「実はその第二なんだ」
とっさに返した。少なくとも、会話の流れ的にこの男は第二地区以外の所属なのだろう。
「へえ、そりゃあ本当に残念だったな。なんでも祈りの途中で全員、記憶が曖昧になって最後まで完遂できなかったんだってな」
俺がのした連中が第二地区だったようだな。
「ああ、実はそうなんだ」
「ところで、あんたはなんで教団に?」
ペラペラと良く喋るなこいつ。
「この世界に絶望したんだ」
「絶望かぁ。だよな。こんな世界は腐ってやがる。なあ、何があったんだ?」
話している間も、中央の石の台座の前では、順番に支部長の報告が続いていた。
「私語は良くないんじゃないか?」
「いいんだよ。みんな自分の地区が司教様にどう評価されるかだけを楽しみにしに来てるんだから」
たしかに、適度に周囲はざわついていた。
男が俺を肘で軽く小突く。
「で、どうなんだ?」
「そっちの話を先に訊かせてくれないか」
「俺はアレだよ。王立魔法大学に三浪して親からも見捨てられてさ。しかも噂じゃ俺が三度目に挑戦した年に、名家のボンボンが首席入学したってんだぜ。結局さ、金なんだよ。地位だって金で買えるし、首席入学だのもきっと、学長に金を積んでさ……箔付けってやつだ」
「いつ頃の話だそれは?」
「二年ちょっと前かな」
俺だよ、それは。ちなみに実家――ノーティス家が大学に献金したって話は俺は知らないし、試験で不正もしていない。
男は「クックック……」と笑いながら肩をふるわせた。
「噂じゃそのボンボンはよぉ、そのまま卒業すりゃエリートコースだってのに、大学を中退して女とどっかに蒸発しちまったって言うじゃねぇか。ならそいつが居なくなった空席に、俺が入ってもいいって思わないか? 思うよな?」
「あ、ああ……そうだな」
「でもダメなんだってよ。俺はこんなにがんばってきたのに、誰も認めてくれねぇ。良いことなんてなんもねぇんだ」
「だから世界は腐ってると?」
「そうさ。今の世の中のルールや評価基準じゃ俺みたいな才能は埋もれちまう。なら、ルールそのものを変えるしかねぇ。世界を変革するために俺は教団に入ったんだ」
その行動力を別の方向に発揮できなかったんだな。
腐っているのは世界かこいつか。
俺だってこの世界が完璧だなんて思わない。
むしろ世界の理不尽に愛する者が巻き込まれようとしている。
だから――
今、自分ができる最大限の努力をもって、どうにかしようとあがいているんだ。
仮面の奥で、男のどす黒い眼光が俺を見据えた。催促するように言う。
「ほら、話したぞ。あんたはどうなんだ?」
「俺は……」
下手な嘘は吐かない方がいい。ただ、全てを説明してやる義理もない。
「この世界のルールに愛する人の命を奪われたんだ」
仮面の下で涙がこぼれて、溢れて顎の先から滴った。
マリエルの貌はもう思い浮かべることもできないのに。いや、だからこそ、思い出すほど余計に溢れて止められない。
死ぬまで一生、この涙は枯れることは無いのだろう。思わず胸元に手を添える。チェーンに吊した二つの指輪の感触があった。
「か、可哀想じゃんよ。悪いな……思い出させちまって」
「いや、いいんだ」
「一緒にこんなクソみたいな世の中に復讐してやろうな」
握手を求められた。拒否すれば疑われる。
「ああ、そうだな」
握り返すと男はどことなく満足そうに頷いた。




