30.東へ(30/42)
東方遠征そのものは円滑に進んだ。
ガゼット家の支援を得られたのは大きい。
領内の情報収集を専門とする諜報員が各地にいて、彼ら彼女らからもたらされる情報は、基本的に冒険者ギルドからのものよりも、精度が高かった。
教授から提供された地図にあるのは、基本的に古代遺跡関連のものなので、それ以外の森や古城や洞窟に地下迷宮といった魔物の巣窟を、手当たり次第に調べ上げる。
もちろん、それぞれのダンジョンに一つは「聖域の結界」を設置している。
度々、魔族と遭遇したが撃破した。
最近は重要な記憶を消却しなくても、昨晩の夕飯に何を食べたかくらいの記憶で魔族を倒せるようになった。
俺自身が、間違い無く強くなっている。
問題は、どの魔族も魔王の封印された正確な場所を知らないことだ。
北の永久凍土という奴もいれば、本土を離れた南にある島の火山の火口だの、東の果ての海底神殿やら。
西側のめぼしいダンジョンは全て踏破済みで、魔族の中には俺が攻略したフォレストエッジ近郊の廃坑に魔王がいるなんてのたまう者もいた。
ギルド本部長メルセリアの顔が思い浮かぶ。
勇者によって名前を消された魔王がどうなったのか、魔族達も知らないのだ。
で――
とある夜。
遺跡の地下深くまで潜ったところ、ついに「お目当て」に出くわした。
怪しげな黒いローブ姿で、フードをすっぽり被った男達が遺跡地下四階の大広間のような場所に集まっていたのだ。
数は十人ほど。物陰に隠れて連中を観察する。フードの下には仮面を付けていた。どれも魔族を模したような、禍々しい形相だ。
こいつらが教団……か。
魔力灯のランタンを手にした連中が、部屋の中心で円陣を組むようにして並ぶと、その場に膝を折って祈り始めた。
魔法力の揺らぎを感じる。こいつらは本気で魔王復活を願っているのだろう。
しばらく待つ。
魔族の王とも言える存在が、この遺跡に封印されていたとするなら、教団の連中が願い祈る想いに応えてなんらかの魔法力の反応があるはずだ。
彼らの呼びかけに応える者は無い。
男達は黙々と祈り続ける。
一時間は経過したか。
不意に、男の一人が立ち上がった。
「どうして魔王様はお応えになってくれないんだ!」
「おい! 祈りの途中だぞ!」
組んだ手を解いて他の男達も立ち上がる。全員が動揺しているようだった。誰が何を喋っているかまでは判別がつかないが、口々に喋り出す。
「たしかに……このままで本当に俺達は魔族になれるのか?」
「魔族になれば魔王様復活の功績を認められて、魔王軍の幹部に取り立てられるんだぞ。ここで諦めるのか?」
「そうは言うが……ああ、なぜ世界はこうも残酷なのだ。憎い……全てが……憎たらしい!」
「落ち着け。俺らの祈りが届かないのは、邪魔してる奴がいるからだ」
「なんだと? 俺がちゃんと祈っていないとでも? お前も俺を認めないのか!?」
「違う違う。勇者だ! 勇者の血筋がこの世のどこかに残っている限り、魔王様に俺らの祈りが届かないんだよ。忌々しい」
一瞬、俺の背筋に冷たいものが走った。呼吸が荒くなる。指先が凍り付いたように感覚が無くなった。
男達は続ける。
「やはり勇者の子孫を見つけ出し、抹殺するより他あるまい」
「だが、どこにいる?」
「ふむ……ここだけの話だが、私が司教様から聞いたところによると……勇者の血族は西方の果ての隠された村にいるというのだ」
「じゃあ、見つけ出してそこにいる人間を皆殺しにすれば……」
「魔王様復活の足がかりになるに違いない」
「おお! 素晴らしい! 勇者の血筋を絶やすことができたなら、我々が魔族として迎え入れられ、魔王様復活の暁には必ずや幹部に地位が約束されるだろう!」
狂信者どもめ。
ここで始末するしか無い。そんなに魔族になりたいというのなら、俺が魔族扱いしてやろう。今まで何人倒してきたか、憶えてもいないが。
フォート村を……マナを手に掛けようというのなら、容赦はしない。
短杖を手に取り光の魔法力で光剣を生み出す。
「だ、誰だ!」
気付かれたが、関係ない。全員殺す。
『待ってください。人間を殺めるのですか?』
ザックの中からライブラが飛び出した。目もくれず、俺は視線を仮面の男達に固定したまま小声で呟く。
「こいつらは人間じゃない。魔族だ」
『冷静になってください。彼らをここで殺せば教団に、貴方という敵対者の存在を気取られてしまいます。そうなれば、今後の調査が難しくなるかもしれません。それに、人間を敵に回す事の恐ろしさは学習済みのはずです』
魔族は単体でしか襲ってこない上、人間の住む街などには姿を現さなかった。
が、人間はそうはいかない。前に冒険者達と敵対した時は、暗殺者を差し向けられるほどだ。人間の方が厄介まである。
だが――
「黙れ……」
マナを守るには、こいつらを殺すしかない。
狂信者達が身構えた。ローブの下から剣を抜く。
「魔王様の祭壇にノコノコやってくるとは……お前を贄にしてやろう」
向こうも俺を殺す気満々だな。良いじゃ無いか。殺す覚悟が出来ているなら、殺されても文句は言わないよな?
『落ち着いてください。彼らを倒しても、彼らに情報を与えた者がいる限り、問題は解決しません』
情報を与えた者……ああ、そうか。男達の一人が言っていた。勇者の子孫が住む隠された村のことは司教様から聞いたのだと。
怒りに呑み込まれそうになった俺の目を、ライブラは覚ましてくれた。
つい、マナのことで頭に血が上ってしまった。
男達は片手に剣を構えて俺を半包囲する。が、切っ先は細かく震えていた。
数の暴力でどうにでもできるだろうと思っているのに、誰も口火を切らない。
そういう連中なのだ。世界を呪い、他者に責任をなすりつけ、自己正当化する。
こんな連中ですら、殺すわけにはいかなかった。
「わかったライブラ」
言うなり俺は光剣の刃を丸めた。鈍器のようなものだ。それを次々、男達に叩きつける。
連中も応戦したが、まるで腰が入っていない。遺跡に巣くう魔物くらいなら排除できるかもしれないが、冒険者の階位で言えば歩兵級以下だ。
今日まで戦い抜いてきた俺の敵では無かった。
一人、二人、三人、四人――
次々と倒していく。命までは奪わないが、しばらく立ち上がれないだろう。
最後の一人の襟首を掴み上げた。
情けない悲鳴が広間に響く。
「ひいいいいいぃ! お、お助けぇ!」
「おい。司教はどこにいる?」
「わ、わかりましぇん! し、ししし知らないんです!」
「知らないだと? どういうことだ?」
「お、俺ら仮面で素性バレしないようにしてるんで! 司教様の顔も普段なにしてるかもわかんないんです!」
怯える男を片腕で持ち上げる。光魔法の身体強化を駆使すれば、これくらいたやすい。
首が絞まって苦しそうに男は続けた。
「ああ! でも! 司教様に会いたいんだったらミサです!」
「ミサ?」
「月に一度、活動の定例報告会があって」
「次はいつ、どこでやるんだ?」
「フェルミ平原の石柱群に、次の満月の夜に集合なんですって!」
土地勘は無いが、あとで冒険者ギルド支部かガゼット家の諜報員に当たるとしよう。
俺は男の体を投げ捨てた。
「ひいいい! 殴らないで」
「多分お前は魔族になったとしても、永遠に底辺を這いつくばって生きるんだろうな」
男の頭を蹴りつけると「あがっ」と声を上げて動かなくなった。
呼吸はある。気絶したようだ。
『全員生存を確認。ですが、ずいぶんと派手に暴れてしまいましたね。これでは彼らを殺したのと同じようなものです』
俺の周りを本が舞い跳びながら抗議する。
「なあ、ライブラ。前にギルド本部長……メルセリアの言ってたことを憶えているか?」
『何についてでしょうか?』
「勇者が魔王の名前を消去するために、出会った人々から自身の記憶を消したっていう奴だ」
『なるほど……そういうことですね。貴方はとても優秀です』
こちらの言いたいことが伝わったらしい。
つまりは――
「こいつらから俺と出会ったという記憶を奪い、消却する。癪だが体も治癒しておけば、ここで起こった出来事は無かったことになるだろう。そして、こいつらの記憶消却した魔法力で、勇者の血筋が生きているという情報そのものを……抹消する」
『並の魔導師では記憶を全て消し去り、無垢な赤子に変えてしまう危険もありますが……魔法力の制御においては、貴方は王国でも屈指の存在です。必ず上手くいきます』
ライブラの言葉に頷き、ゆっくり呼吸を整えると、俺は短杖から光の魔法力を解く。杖をベルトのホルダーに戻し、手のひらに魔法力を集中。
足下に転がる男の額に手をかざした。
俺と遭遇した記憶を狙って消却する。上手くいったようで、この男の記憶を消却した分の魔法力の増幅を感じた。
続けて、勇者の血筋が生き残っていることに関する記憶のみを消却する。
これを残る全員に行い、最後に最低限動ける程度に治癒を施して、俺は闇に姿を消すように遺跡を後にした。




