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東方には古代の遺跡群が多く残っており、ガゼット家は代々その研究をしてきた学者の家系だったらしい。
それが百数十年前、魔王との戦いに魔導師として参戦。英雄として認められ時の国王から領地と爵位を与えられたのだという。
ノーティス家も似たようなものだ。
で、ガゼットはといえば感情魔法学の教授でありながら、遺跡調査などもこなしているという。
遺跡は百数十年前の魔王戦争よりもずっと古く、神話の時代にまで遡るとか。
そして、東方の遺跡群に多く見られるのが……魔族を生み出したとされる闇神信仰なのだとか。
ガゼットは一度、小さく息を吐く。
「私が勇者の研究を始めたのも、闇神と魔王について調べる延長線上に勇者が存在していたからなのだよ」
「は、はぁ……」
「興味無しかね。久しぶりの講義が眠いと見える。君が学生なら評価点を下げざるを得ないな」
「退学していてホッとしました」
「口だけは達者になったな」
あまり感情を表に出す方ではないのだが、かすかに教授の口元が緩んだように見えた。
ガゼットは執務机に戻ると引き出しから地図を数枚、取り出した。
詳細な情報が書き込まれた東方一帯の遺跡群に地図だ。
「君は冒険者ギルドの依頼で、ダンジョンの地図作りをしているのだろう? 持っていきたまえ。私が若いころに調べたものの写しになる。なにぶん、二十年以上は経っているため情報の更新が必要な部分はあろうが……悠久の時を過ごしてきた遺跡だ。そう、大きく変わってはいまい」
二枚目以降は、遺跡内部の地図だった。案内図と言えるほどの書き込みがされている。
「あ、ありがとうございます!」
その出来映えについ、言葉が大きくなった。
ガゼットって、こんなに親切だったのか?
「勘違いをするな。君のためではない。あくまで冒険者ギルドからの依頼に応えただけに過ぎない」
「いえ、けど、この地図……本当に良くできてますよ」
東方の遺跡系ダンジョンは初見でもサクサクと攻略できそうだな。
と、気になることが一つ。
「あの、教授の研究成果に他ならないと思うのですが、俺が地図を更新してしまうと……他の冒険者達と最終的には共有する形になってしまうのですが」
「その点はすでに了承済みだ。好きにしたまえ」
今回ばかりは、ありがたく教授の地図を活用させてもらおう。
これらの遺跡群には闇神信仰の名残があり、ところどころに不可思議な魔法の残滓があるらしい。
一通り地図の写しに目を通したところで、俺は前を向いた。
「ところで教授。教団については……」
「正式名称は不明だが、私が王立魔法大学の教授として招かれるよりも前……遺跡群の調査をしているところで、彼らと何度も遭遇したのだよ」
「遭遇……ですか?」
「最初は私と同じく、遺跡の調査を目的としていたのかと思ったのだが……彼らは魔物が巣くう遺跡奥地まで、わざわざ祈りを捧げに来ていたようだ」
「祈り……」
思わず口から言葉が漏れる。祈りの言葉には強い感情が宿ることが多い。才能を持つものの祈り。魔法を別の言い方にすると、そうなるだろう。
ガゼットは続けた。
「闇神に祈るのだから、魔族ではないかとも警戒したのだが……彼らは人間だった。そして、私の事も同志と勝手に勘違いをしたようでね。色々と話してくれたよ」
若いころから抜け目ないな。俺がヴィンセント・ガゼットを警戒するのは、こういう人間だからだ。
教授曰く――
教団の目的は闇神への祈りを集め、魔王を復活させることにあるらしい。
その祈りに協力した人間は、みな魔族へと生まれ変わることができるという。
そして、今の王国を打ち倒し、魔王を頂きとした新世界を創世する……のだとか。
ガゼットは自身の顎に手を当てた。
「可能だと思うかね?」
「わかりません……想いが魔法という奇跡を起こすのですから。ただ……かつて勇者が封印した魔王が復活するとなれば、世界はまた戦禍に見舞われると思います」
「人間にとっての平和な世の中は、魔族にとっては退屈なものなのだろう。私の見立てだが、教団は恐らく、高位の魔族によって運営されているに違いない。魔族は他者のために祈ることはできない。己のためにしか魔法の力を使えない。個が強いが故だ。人間は弱い。だからこそ、他者のために祈ることができる」
「それを利用して、魔王復活を目論んでいるのですか?」
「さて……もしかすれば魔王復活ではなく、教団を裏で操る魔族自身の力にしようとしているのかもしれんな」
「そこまでわかっていて、教授は何もなさらなかったのですか?」
「証拠はない。確証もない。すべて私の妄想だよ。それに、私は君のようなお人好しではないのだからね」
ここまでガゼット教授の計算通りなのだろう。
俺の性格を改めて、こんな話を聞かせれば、俺が教授の代わりにその魔族を討伐しようとする可能性は高い。というか、ほぼ100%だ。
当然、言われなくとも、そんな危険な魔族や教団を放っておけるわけがない。
将来、マナの敵になる前に悪い芽は摘むに限るのだから。
「わかりました。俺なりに、その教団についても調べたいと思います」
「そうか。では……これも預けよう」
ガゼットは懐から小さな勲章のようなものを取り出した。
ガゼット家の家紋が彫り込まれている。かすかに魔法力の揺らぎを感じた。認証駒と同じように、偽造防止の魔法が施されているのだろう。
「当家の証だ。これを私から預かったと言えば、領内で何かと便宜を図ってもらえるだろう。おっと……君は既に冒険者として王妃級だったな。不要か?」
教授に借りを増やしてしまいそうだが、俺のちっぽけなプライドを守るために、協力の手を拒むのはそれこそ非合理的だ。
「ありがたく、使わせていただきます」
「東方から帰還した際は、必ず返しにくるように」
ガゼット家の証を俺は受け取った。
必ず返しに……か。深読みすれば、死ぬんじゃないぞと言ってもらえているのかもしれない。
一通り、聞くべき話を聞き終えたな。
俺はソファーから立ち上がった。
「本日はご教示いただき、ありがとうございました」
「君のためではない。冒険者ギルドにも働き口はあるからな。学生達の進路のためだ」
そこは頑なに認めないんだな。まあ、いいか。
「では、失礼します」
部屋を出ようとしたところで。
「贈り物とやらは、持ち帰りたまえ」
教授の視線が、執務机におかれっぱなしのタバコの束に向いた。
「タバコ、お好きでしたよね?」
「前任者が辞めたのは健康上の理由なのでね。私も気をつけることにしたのだよ」
タバコを吸わなくなったのか。
かつては不健康になるために吸っているとまで言っていたのが、嘘のようだ。
しかし、対面中に教授はタバコを吸わなかったし、部屋に灰皿も無ければ、特有のあのタールの臭いも最初からしていなかった。
「教授、今更タバコを止めても、これまでに蓄積した毒素は抜けませんよ」
「用が済んだなら出て行きたまえ」
やはり、俺はこの男と合わないらしいし、ガゼットもきっと同じように思っているのだろう。
俺はタバコのカートンを手に、学部長室を後にした。
自分でも吸わないため、タバコは適当な学生に押しつけた。




