28.恩師(28/42)
王立魔法大学の学部長室に通された。
以前もガゼット教授の個室には行ったことがあった……と、思う。
学部長室だけあって、貴族の邸宅の一室ほどの広さがあった。
が、窓のある壁以外、天井まで書棚で埋め尽くされている。
オーク製の大きな執務机にゆったり腰掛けたまま、初老の教授――ヴィンセント・ガゼットが言う。
「応接用のソファーがあるのだから、掛けたまえ」
挨拶も無しだった。俺は机の天板に贈り物を置く。
紙巻きタバコをワンカートン。贈り物らしく赤いリボンでラッピングまでしたのだ。我ながら、センスは無いと思う。
とはいえ、確か教授は青い箱のタバコを嗜んでいたはずだ。
手土産についてアレコレ考えてはみたのだが、甘い焼き菓子というのがどうにも似合わない。なので、これが一番無難かつ、受け取ってもらえそうだと考えたわけである。
すると――
鋭い視線が俺に返ってきた。
「なんのつもりだね?」
「教えていただくのに手ブラというのもなんでしたから」
「一丁前に世間体を気にするようになったのか。魔導師としての純粋性を無くしたな。それは退化でしかない。嘆かわしいな」
不機嫌だ。いや、そもそも教授が機嫌良くしているところなんて見たことがない。
こうも思い出せるのは、俺がまだ教授の記憶に関して、そこまで消却を進めていなかったからだ。
感情魔法理論とガゼットの記憶は綿密に結びついている。恩師であったが故に、下手に消すと俺自身の魔法技術の低下を招く危険があった。
マリエルとの思い出は消えていくのに、なんだか不公平だ。
俺は応接用のソファーに腰掛けた。教授はゆっくり立ち上がり、対面側に座る。
以前ならすぐにタバコを吹かすはずが、教授は膝の上で手を組んだままだった。
「今回は冒険者ギルド本部からの依頼故、特別に面会をしているということを肝に銘じるように」
「はい、教授」
俺が学生だった頃と変わらぬ高圧さだ。
教授は視線を少しだけ下げた。
「ところで、マリエル・ルミナスは元気にしているかね?」
言われて気付く。そういえば、ルミナスの姓は秘密のものだったはずなのに、マリエルは本名で大学に通っていたのか。
考えてみれば、ルミナスという名字そのものは、少し珍しいが他に存在しないわけじゃない。
彼女が勇者の血筋ということを隠していたから、名字はそのままでも良かったのだろう。
さて――
まさかガゼットが世間話を始めるとは思わなかったし、よりによってマリエルの事か。
「はい、故郷で元気にやっていますよ」
「嘘が下手だな。ログ・ノーティス君」
看破された? 情報がどこかで漏れているのか? それとも俺の知らない感情魔法による読心か?
落ち着け。少なくとも、マリエルの死はフォート村の外に漏れることは無い……はずだ。
それに感情魔法を教授が使ったなら、魔法力の揺らぎを俺が感知しないわけがない。
今日まで戦い抜いてきて、感覚は学生時代とは比べものにならないほど、鋭敏に研ぎ澄まされている。
「何を根拠にそんなことを仰るんですか教授?」
「知りたくもないのに、君の名は私の元にも届いていてね。およそ一年前より王国西方地域で英雄になる活動を始め、各地を転々としながら名声を高めてきたというじゃないか」
俺は眉一つ動かさず返す。
「それが何か?」
「エリートの道を捨て大学を中退してまで、駆け落ちをした相手を放り出して無償の人助けなどをする人間はいない……と、言っているのだよ」
ぐうの音も出ない。確かに教授の言う通りだ。
「少々家庭の問題がありまして。これ以上はプライベートなので詮索不要に願います」
「そうか……」
ガゼットはあっさり追及の手を緩めた。なんだろう。がらんどうのような瞳に、全て見透かされているような気がしてならない。
目の前の男が放つ静かな威圧感に比べたら、これまで戦ってきた魔族達が可愛く思えてきた。
底知れない闇というか、淀みというか、濁りというか。言葉にできない感情で、ガゼットは俺を押しつぶそうとしているように思う。
なんとか空気を変えよう。
「ところで、学部長になられたのですね? おめでとうございます」
「前任者が退任したものでね。安心したまえ、君が辞めようが辞めまいが、私の出世には何の影響もないのだからな」
ならわざわざ言わなくてもいいだろうに。
男の視線が鋭くなった。
「で、何故英雄になる旅などしている? 君の打算的な性格には見合わない。一体何があったというのだね?」
追求は終わっていなかった。これでは東方地域の情報収集をする前に、俺がガゼットに尋問されるだけになってしまう。
マリエルの事はもちろん、娘のマナについても言うわけにはいかない。
が、下手に嘘をつけば、全てを曝かれかねない。
言えない部分を伏せて、切り抜けるしかないか。
「マリエルは……亡くなりました。彼女は生まれつき、体が弱かったんです」
「そうか、それは残念だったな」
ガゼットの声は無感情で淡々としていた。そのまま続ける。
「で、なぜそれが英雄に繋がる?」
俺はマリエルの言葉を、声を思い出す。彼女の貌は忘れても、あの優しい声色は心に残り続けていた。
「それは……俺が、俺だからです。マリエルは俺にこう、言ってくれました。困っている人に手を差し伸べずにはいられない君だから好きになった……って」
「無駄なことはしない主義ではなかったのかね?」
「それは……そうです。俺自身、自分という人間はそうやって生き続けるのだとばかり、思っていました。けど、マリエルが違う可能性に気づかせてくれたんです」
ガゼットは自身の顎に手を添えると。
「惚気かね?」
「ち、違います。問われたから正直に答えたまでです」
「それで英雄になる……と?」
「はい。マリエルが好きになってくれた俺で有り続けるために、英雄になる道を選びました」
半分は嘘だ。だが、半分は本心だった。巧い詐欺師というのは、虚実を織り交ぜて話すという。まさか詐欺師に倣うことになるとは思わなかったが……。
「なるほど。君の言い分を信じよう」
学部長室に充満していた重苦しい空気が、雲散霧消した。
ガゼットは咳払いを挟むと。
「では本題に入る。講義のつもりで聞きたまえ」
「東方の情報と教団について……ですよね? 拝聴します」
ライブラを取り出してメモすれば、ガゼットから「なんだその魔法の掛かった本は?」と、疑念を呈されかねない。
なので、俺は大学校内で買ったメモ帳を取り出した。




