27.遠征(27/42)
空中庭園のガゼボでお茶の準備を整えたクラリーチェと、ギルド長メルセリアが俺を待っていた。
直立不動だった長身恵体のクラリーチェが、スッと頭を下げる。
「お、おお、お待ちしてましたログ・ノーティス様」
「様付けは勘弁してくれよ」
「は、ははははい、ログさん……けど」
俺があまりにも功績を上げまくるもので……と、クラリーチェは大きな体を小さくするように恐縮する。
一方、子兎のようにピョンと席についてメルセリアが俺に着席を勧めた。
「んもー! ほらほら、早く座ってログちゃん」
「あ、ああ。失礼します」
クラリーチェがポットから紅茶をカップに注ぐ。本日も彼女が厳選した焼き菓子類が、三段のケーキスタンドに勢揃いだ。
「紅茶飲んで飲んで!」
「本日は初摘みの新鮮な茶葉をご用意しました」
「いただきます」
一口含むと、若草のようなフレッシュさを感じる爽やかな味わいだ。
メルセリアがさっそく、一番上の段のアプリコットパイをとる。俺は下の段のキノコのキッシュをいただくことにした。
これも風味が良い。
「クラリーチェの手作りなのか?」
「は、はははい! お口に合いませんでしたか?」
「すごく美味いよ。店が開けるんじゃないか」
「そ、そそそそんな……あの、ま、毎日でも作ります! ログさんになら」
ギルド職員の顔が真っ赤になり、メガネが白く曇った。
メルセリアは俺とクラリーチェの間で視線を行き来させると。
「結婚するの?」
クラリーチェがプルプルと小型犬のように震える。
「あわわわわわ」
即訂正しなければ。
「しないから安心しろ」
途端にクラリーチェがその場でよろけて倒れそうになった……が、なんとか足をふんばって踏みとどまった。
小声で「だ、だだだ大丈夫です。そうですよねログさんには英雄になる使命があるんですから。わ、わわわたしが足を引っ張っちゃいけませんよね」とかなんとか。
メルセリアがキャッキャと笑う。
「そっかぁ。クラちゃんはログちゃんのこと、好きなのかなぁって思ってたのにねぇ。メルの勘違いでした!」
俺が何度となくクラリーチェの好意を断っていることは、ギルド長は知らないみたいだな。
記憶を消却することで自分でも忘れてしまっているけれど。
なんだかクラリーチェが気の毒に思えてきた。誰が悪いのかといえば、俺なのだが。
もう一口紅茶を飲むと、こちらから切り出した。
「で、呼び出したのも、わざわざお茶をごちそうするだけじゃないんだろ?」
メルセリアはフォークの柄をにぎにぎしながら「うん!」と元気に応える。
「あのねあのね、冒険者ギルド長から直接のご依頼です! クラリーチェ説明して!」
「は、はい! かしこまりました。ログさんには東方の調査をお願いしたいんです!」
王都近辺のダンジョンは一通り地図を作り終えた。
当然、マナとその仲間達だけが使える休憩用の結界も設置済みだ。主に西方の旅の記憶をつぎ込んである。
魔王の調査が進まない以上は、マナがこの先進むであろう王国の東方にも先乗りしておきたいところだな。
メルセリアの提案はまさに渡りに船だった。
「了解した。明日にでも発とうと思う」
クラリーチェが慌てて告げる。
「ま、ままま待ってください! 東方についての情報と……その……旅立つ前に『教団』について専門家からレクチャーを受けて欲しいんです」
「なんだその教団ってのは? それにレクチャーだって?」
「わ、わたしも詳しいところまでは。ただ、とても危険な秘密組織のようなんです」
メルセリアが二個目のパイに手を伸ばして言う。
「えっとねぇ、大学のえら~い先生なんだけど、出身が東方なの。で、ひごーほーそしき? ひみつけっしゃ?」
「はい。非合法組織で秘密結社です。我々は教団と呼称しています。情報は司教級以上の冒険者のみに制限していますが、その教団について調べてほしいんです。そのために、東方に詳しい専門家からお話を聞いていただきたいんです」
クラリーチェの言葉にメルセリアは腕組みすると、うんうんと頷いた。
冒険者ギルドが敵視するのだから、よからぬ組織には違いないだろうが……。
「その教団っていうのは、何をしているんだ?」
途端に幼女の視線が真剣なものへと変わった。
空気がピンと張り詰める。
「魔王を復活させたいんだって。メルね……結局魔族だから、人間にはなれないし……それでも、魔王だけは復活させちゃダメって思うの」
普段から明るく振る舞うメルセリアが、悲しげな顔をした。慌ててクラリーチェが取り繕う。
「な、ななな、何を仰っているんですか! メルセリア様は人間の味方です! た、たとえ世界中の人間がメルセリア様を敵だといっても、わたしはついていきます! というか、お守りしますから!」
「あうぅ……ありがと」
涙をぐっとこらえるギルド長。彼女は人間の味方だ。であるならば、俺も彼女の力になって恩返しをしたい。
「なるほど。魔王復活を画策する連中か……英雄を目指す上で、その教団については調べる必要があるな」
マナが東方を巡る旅に出た時の手助けをしながら、魔王に迫る情報も手に入るかもしれない。一石二鳥とはこのことだ。
焦る気持ちを落ち着けるように、俺はカップの紅茶を飲み干した。クラリーチェのお代わりを断って訊く。
「で、その専門家っていうのは?」
クラリーチェが懐からメモを取り出した。
「は、はい。王立魔法大学の感情魔法学部長……ヴィンセント・ガゼット様です」
メルセリアが「そーいえば、ガっちゃんも勇者ちゃんのお友達の子孫だねぇ」と目を細めた。
なんてこった。
ガゼット教授じゃないか。
もう一生、顔を合わせることなんてないと思っていたのに。
確かにガゼット家は東方に領地を持っている。
どうやら運命というものは収束する習性があるらしい。
しかも、教授から学部長に昇進までしてるじゃないか。
気まずい。が、これもマナの未来のためだ。
学部長昇進の祝いの品でも持って、会いに行くしかないな……こりゃ。




