26.交錯(26/42)
人と物と情報が集まる、王国最大の街――王都。
勘当されたとはいえ、実家があるのだがそちらには一切足を向けていない。
王立魔法大学にも……だ。マリエルとのその後を、顔見知り(もう消却してしまっている)に聞かれるのは気まずかった。
なので、俺の滞在先は冒険者ギルドが用意してくれた認定宿だ。
宿というか、高級ホテルである。メルセリアのはからいで、一人で使うには広すぎるスイートルームがあてがわれた。
内装も豪奢だ。まるで王様にでもなったような気分だな。実際の国王がどんな暮らしをしているかなんて、想像もつかないけど。
クラリーチェ曰く、王妃級冒険者の待遇としては、これくらい当然なのだそうだが……ふかふかすぎるベッドと枕は、逆に寝心地が悪かった。
なによりもベッドが広すぎる。デカすぎる。天蓋までついている。室内なのに必要かこれ?
マットレスは俺とマリエルとマナが三人、川の字になっても余るくらいである。
『ベッドが広すぎて不安なようでしたら、私が添い寝をして差し上げましょうか』
「お前はどちらかといえば枕向きだろ」
『人間で例えるなら、膝枕のようなものですね。それでも構いません』
なんだこいつ。いっぱしに冗談まで飛ばすようになりやがって。
ともあれ、王都での衣食住が保証されたおかげで、探索は格段にやりやすくなった。
王妃級冒険者に認定された俺には、次から次へと仕事が舞い込んだ。本来冒険者はギルドで仕事の募集を見て、受諾するのだが……。
階位が高い冒険者には、それなりに高位の依頼主から指名が入るのだ。
西の英雄という二つ名までついた王妃級冒険者ともなると、破格の報酬を用意してでも依頼したい貴族や豪商は案外多いらしい。
中にはただ、俺に会ってみたいというだけの貴族のご令嬢なんかもいた。
到底、全部をこなすことは出来ない。それに優先順位というものがある。
まず手始めに、王都周辺の洞窟や遺跡廃墟群などを掃討し、マップを作成することにした。
とある洞窟に足を運んだ時、不意に見つけてしまった。
そのゴブリンの巣穴の最奥にある壁に、落書きのようなものが彫られていたのだ。
相合い傘にハートマーク。傘に入るのはマリエルと……俺ことログの名前。ダンジョン踏破記念の書き込み(彫り込み)とまで、わざわざ壁に刻んであった。
光剣の応用か。才能の無駄遣いだぞ……まったく。
光の魔法力で発生させた光剣を宙に浮かせて、自在に操るマリエル。
その貌はずっと霧が掛かったように思い出せないのだが――
彼女は俺が見ていないところで、こっそり名前の落書きを残していたらしい。
不意にザックの中からライブラが顔(?)をのぞかせた。
『こちらの痕跡はマリエルと貴方の関係性を想起させます。残しておいて良いのでしょうか?』
俺はザックの中にライブラを押し込めた。
「俺とマリエルが付き合っていた事も、俺が大学を中退したことも全て周知の事実だ。別に消す必要は無い」
『周知された羞恥ですね。了解しました』
「誰が上手いことを言えと……」
ライブラとの付き合いも一年以上になるが、最近はさらに軽口が増えるように思う。
こいつは俺に合わせているつもりなのだろうが、正直、事実情報だけを的確に報告してくれるだけでいいので、少々うざったい。
『後方よりゴブリンの集団が接近中です』
「まだ残っていたか」
もはやゴブリン相手では記憶の消却も必要無い。短杖を構えると、俺はかつてマリエルが見せた浮遊する光剣の魔法式を展開した。
四本の剣が俺の周囲に浮かぶ。
マリエルはそれこそ、空間を埋め尽くすほど無数の光剣を操った。
俺には四つが限界だ。彼女と同じ力を発揮するためには、どれほどの記憶を捧げなければならないだろう。
「もっと強くならなくちゃな」
『貴方ならなれますよ』
ザックがもぞもぞと蠢いた。頷くと、俺はゴブリンの群れに向かって突撃する。
四本の剣が独自に飛び交い、舞い踊るように緑の小鬼達を斬り裂いていった。
半年ほどが経過した。
王都から半日以内にあるダンジョン調査を一通り終えると、続いて貴族や商人達の依頼を受ける。主に人脈作りに精を出した。
三件に一件がお見合いだった。どの貴族連中も、俺がノーティス家の人間だと思い込んでいるらしい。
王立魔法大学を中退したことも、すでに大学で学ぶことが無くなり、すぐに世に出て二年あまりで英雄にまで登り詰めた天才だのなんだのとはやし立てる。
まだ英雄への道半ばです。と、婚姻に関する事は全てお断りした。
胸元に手を当てれば、服の布越しに二つの指輪の感触がある。俺には生涯、心に決めた人がいるのだ。
あくまで丁寧に、丁重に対応することだけは心がけた。
いずれこの貴族連中も、マナの旅路の力になってくれるはずだ。
なので、面会して相手の話を聞くだけ聞いて、困り事があれば手助けをする程度にとどめた。断るだけになった場合には、謝礼は受け取らなかった。
「ああ! なんて高潔な殿方なのでしょう! わたくし……貴方様がその使命を全うするまで、ずっと待っていますわ!」
「旅の途中で俺は死ぬかもしれません。どうか俺の事は忘れてください」
そんなやりとりが何度あっただろうか。ライブラには十回以上あったと記述されているが、そこから先は数えて記録するのをやめたらしい。
そんなこんなで――
俺の態度や行動が、ますます俺を聖人だの英雄だのに祭り上げることになるとは、その時は知るよしも無かったわけだが……。
ともあれ、貴族の相手もそこそこに、今度は冒険者ギルド内での仕事に着手した。
取り扱うのは冒険者の失踪事件全般だ。
本来の実力を発揮できれば達成可能な依頼を受けたまま、未帰還になった冒険者の調査である。
案の定、九割が魔族がらみだった。
同じ依頼を受けて調べを進めた先で、ディエルやらミラルドといった魔族連中にたどり着いた。
要注意な存在なので、流石に倒した魔族の記憶は全て保持している。
戦うとなれば魔物とはやはり桁違いに強いため、ついにはフォート村での思い出を消却することになった。
最初に村人達から半眼視されたこと。背中の火傷痕を見せてからの手のひら返し。
農作業で体がバキバキになった事。
村で魔法を教えた子供達との記憶や、食べて美味しかったものの記憶。
少しずつ、自分の魂が削れていく。大切なものが指の隙間からこぼれ落ちるのを、ただ諦めるしかなかった。
俺の過去は全て、マナの未来のためにあるのだから。
そして、対峙した魔族はといえば。「バカな! 人間にこれほどの力が出せるはずがない!」だの「虫けらがイキがってんじゃねぇぞ! 死ねええええ!」やら「ひいい! どうかお見逃しくだせぇ! オレは悪い魔族じゃねぇんだ! ちょっとガキ攫って殺しただけじゃねぇですか!」だの。
全員もれなく退治した。
結果――
救えなかった命の多さに心が重くなる。
それでも三十七件の冒険者失踪事件を解決し、生き残った何人かの冒険者を救出することに成功した。助け出した連中は俺に勝手に心酔し、仲間にして欲しいだの弟子にして欲しいだのと言うのだが、貴族連中同様、丁重に断る。
あくまで敵は作らない。最低限、マナが困らないような状況にはしておきたい。
一通り、冒険者ギルドからの依頼が落ち着いたところで、俺は「本題」に入ることにした。
魔王についての調査である。
王立図書館に一週間通い詰めるなんてこともあったな。
『一度読んだ物語の記憶を消却して、もう一度読むことで同じ感動を何度も経験することが可能です』
「人の心とかないのか」
『はい、本ですから』
なんてライブラとのやりとりも、いつものことだ。
勇者と魔王について関連しそうな本に目を通したものの、これといった情報は得られなかった。だいたいが既知のものばかりだ。
なので、新情報を求めて、魔王を題材にした劇作家に会って話を聞いたりもした。
残念ながら、こちらも空振りである。
他に有力な情報元といえば、心当たりがもう一つだけある。
王立魔法大学だ。
だが……どうしても行けなかった。
ヴィンセント・ガゼットの顔が思い浮かぶ。
正直、制止を振り切って大学を辞めてしまった手前、顔を出しにくい。
まあ、向こうはもう俺のことなんて「そんな学生もいたな」程度にしか憶えていないだろうが。
ともあれ、魔王の名前はもちろんのこと、勇者の足跡を辿る資料なども、俺が当たれる範囲内には残っておらず、最終決戦の地がどこだったのかすら調べるには至らなかった。
一方で、メルセリアが言うには魔王は誰も思い出せないから封印されている……ともいうのだ。実際メルセリアも魔王の所在については記憶に無いという。
魔王を調べるほどに、それを復活させるリスクが増大するのかもしれない。
だからといって何もせずにはいられないのだが、結局の所、今の俺では魔王の影すら踏むことができなかった。
調査が手詰まりになったところで――
クラリーチェから呼び出しがあり、俺は冒険者ギルド本部に向かった。
配信予定はこんな感じです。
◆1日目:8月15日(土)
07:00:第1話・第2話・第3話
12:00:第4話
15:00:第5話
18:00:第6話
21:00:第7話
◆ 2日目:8月16日(日)
07:30 / 11:30 / 15:00 / 17:30 / 20:00 / 22:00
◆ 3日目〜6日目:8月17日(月)〜 20日(木)
06:40 / 12:10 / 16:30 / 18:10 / 20:40 / 23:00
◆ 7日目:8月21日(金)
06:40:第38話
12:10:第39話
17:30:第40話
19:30:第41話
21:00:第42話(最終話)




