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25/42

25.神話(25/42)

 メルセリアの話は、この世界の神話にまで遡った。


 原初の混沌から光と闇が分離し、光は光神となり人間を作り出した。闇は闇神となり魔族を生み出した。


 その時、光神も闇神も肉体をそれぞれの子らに分け与えてしまい、その存在は地上から消えて精神体になってしまった。


 光と闇の子らは争い合い、闇神はその精神を世界中の万物に分け与えることで、魔族の眷族たる魔物達を作り上げた。


 光神と人間達は窮地に追い込まれた。そこで光神は人間に力を授けるため、その精神を人間の肉体に宿し精霊へと変貌させた。


 メルセリア独自の解釈だというが、不思議とそんな気がする。


 まあ、神話の時代の事なんて途方もなさ過ぎて、人間の寿命では調べようもないんだが。


 で、精霊と人間の間に生まれたというのが、百数十年前の戦いで世界を救った勇者だった。


 勇者の昔話はマリエルからも教えてもらったっけな。


 魔族と戦い、魔王を封印するために勇者は自分自身の何もかもを捧げてしまった……って。


 紅茶で喉を湿らせると、メルセリアは続ける。


「でねでね! 勇者ちゃんは魔王を封印するために、魔王の名前をみんなの中から奪ったんだって」

「名前を……奪う?」

「そだよ。呼ばれないと、お返事できないでしょ。だけど、そのせいで勇者ちゃんの名前とか、顔とか、みんなもわかんなくなっちゃったんだ。メルもね、思い出せないの」


 つまり――

 消却できるのは俺の記憶だけじゃない……ってことか。魔王を封じるためには他者が持つ記憶さえも捧げる必要があったなんて。


 誰かに憶えてもらっているという希望すら手放して、勇者は世界を守ったのだ。


 今の俺も、いつかそうなってしまうのだろうか。他人事には思えない。穴あきチーズのような記憶だが、最後には穴だけになってしまうんじゃないか?


 俺は動揺を誤魔化すように紅茶のカップを手にした。カップをの中で紅茶が波打つくらいには、指先が震える。飲み干すと。


「なんだかよくわからないが、封印とはそういうものなのか?」

「うん! だから魔王の名前はメルも思い出せないんだ。思い出したら居場所もわかるかもだけど、それって魔王復活だから」


 つまり今から十五年後に、誰かが魔王の名前を思い出す……ということだろうか。


 その誰かを特定し、始末できれば復活させずに済むと。


 足下に置いたザックが蠢いた。が、俺はザックを軽く蹴ってライブラに注意喚起する。


 色々面倒になるから出てくるな……と。


「今、なんか動いたよ? 中に猫ちゃんいるの?」

「いるわけないだろ。ちょっとザックの中の荷物が崩れただけだ」

「なーんだ。残念」

「それより話の続きを頼む」


 メルセリアは「うん!」と元気いっぱいに返事をした。


 ここからがどうやら本題のようだ。


 魔王とメルセリアの関係。


 魔王軍とは言われているが、魔王が他の魔族を屈服させていった結果、誰も敵わず軍門に降り続けて、いつしか膨れ上がったものらしい。


 魔族は倒した相手を殺すか、傘下に加えるか勝者に権利があるという。


 現在は魔族全体を統べるほどの、大魔族不在の状態。戦国時代なのだとか。


 で、百数十年前、メルセリアも魔王に敗北して魔王軍の一員となった。


 しかも四天王待遇だったのだとか。メルセリアには魔族には珍しい「育てる」力があったため、組織を大きくするのに、その力が使われた。


「あのね、メルね、がんばったんだ。みんなのために。けど、最後に魔王はメルを見捨てたの。勇者ちゃんと相打ちになれって。足止めしろって。で、がんばって魔王を守ってたんだけど、後ろから魔王に撃たれちゃった。もう死ぬんだって思ってたらね……勇者ちゃんが助けてくれたの!」


 魔王がメルセリアともども勇者を葬るため、放った極大破壊魔法。

 それを勇者は光の結界で防いだのだ。


 メルセリアを庇うように。本来敵対していた相手で、見捨てても良いはずだったのに。

 俺が勇者の立場だったなら、どうしただろう。


 メルセリアが敵対的なら、助けたりはしなかった。

 よほど勇者はお人好しなのかもしれない。


 で――


 その時見た勇者の背中に、メルセリアは魔族ながらも感動したんだという。

 だから彼女にとって勇者は憧れの人なのだ。


 メルセリアはケーキスタンドの二段目からスコーンをとると、クリームとジャムを山盛りにして、嬉しそうに頬張った。


「だからぁログちゃんの英雄っていうのも格好いいし、応援したいなってメルは思うの!」


 普段なら魔族の戯れ言で片付けるところだが、メルセリアはどうやら普通の魔族では無いようだ。というか、この世界の根幹に関わる超重要人物じゃないか。


「あ、ありがとう。助かるよ。で、なんで魔族のメルセリアが冒険者ギルド長なんてやってるんだ?」


「だって勇者ちゃんに頼まれて、冒険者ギルド作ったのメルだもん。それからずううううっと、ギルド長してるんだ。人間を育てて欲しいんだってさ。勇者ちゃん一人に全部おっかぶせちゃうのは、良くないよね!」


 一瞬だが、幼い顔つきの中に凜々しさを感じた。冷徹とまではいかないが、泰然とした大河の流れのような、落ち着いた眼差しをメルセリアは垣間見せた。


 これが三百年の年の功なのかもしれない。

 だからか、つい「なるほど」と相槌を打ってしまった。


「でしょー! あっ! スコーンもう一個おかわりしちゃお♪ クリームがうまうまなんだぁ」


 大魔族の片鱗は焼き菓子を前にして雲散霧消した。やっぱり読めないな。幼女の振りなのかどうなのか。


 ともあれ、人間側について以降、メルセリアは弟子を育て、その一番弟子を冒険者ギルド長に据えながら百数十年、王国を影から見守ってきたらしい。


 ちなみに冒険者ギルドの運営システムや、認証駒といった魔法は全てメルの魔法力によって、維持されているものなのだとか。彼女は腰に手を当て自慢げに胸を張ってみせた。


 なお、白いワンピースはイチゴジャムとクリームで汚れてしまっている。洗濯がんばれよクラリーチェ。


「たまには外のお店にも食べに行きたいんだけどねぇ。ま! だいたいはクラちゃんが買ってきてくれるからいいんだけど」


 パシらせてるんだ。ご愁傷様だなギルド職員よ。

 まあ、そんなことをさせるのも、普段滅多に出歩けないからだとか。


 何かの拍子に魔族が戦いを挑んでこないよう、この空中庭園に結界を張って引きこもりをしている……と、メルセリアは眉を八の字にして悲しげに呟いた。


 元魔王軍四天王となれば、倒せば魔族の間で名も上がるし、メルセリアが倒されれば冒険者ギルドの運営に支障を来す。


 だから基本的には、彼女の世界のほぼ全てが、このギルド本部屋上にある空中庭園なのだろう。


 勇者に助けられてから、ずっと自身を軟禁状態にするようになってしまった……囚われの身なのだ。


「じゃあ、次はログちゃんの番だよ! 王妃級の冒険者のお話を聞くのが、メルの一番の楽しみなんだぁ」


 ここに居続けることを強いられているメルセリアにとっての娯楽なのだろう。


「わかった」


 俺はまだ自分が保持している記憶の中から、メルセリアが喜びそうな冒険の話をすることにした。




 マナへ。王都の冒険者ギルド本部に着いたら俺の名前を出して、ギルド長のメルセリアに会うように。きっと驚くはずだ。彼女は魔族で、見た目は幼いが、冒険者ギルドを創設した俺達の力になってくれる人物だ。


 お茶に誘われたらごちそうになるといい。メルセリアおすすめのタルトやスコーンは、きっとマナも気に入ると思う。

 そして、その日までの冒険譚をメルセリアに語ってあげてくれ。きっと喜んで彼女は聞いてくれるはずだ。


 がんばれよ、マナ。


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