24.面会(24/42)
冒険者ギルド本部の上層。というか、屋上に通された。
空中庭園が広がっている。中央に噴水があり、花々が咲き乱れる。
花の名は憶えていない。が、マリエルが教えてくれた夏の花と冬の花が同時に満開だった。
魔法力の揺らぎを感じる。この庭園全体に、何か魔法が掛けられているのは間違い無い。しかも、かなり高度なものだ。
小さな子供が一人、花を摘んでいた。
白いワンピース姿で、大きなつばの白い帽子を耳元まですっぽりかぶっている。色素が薄い。全体的に色白だ。まだ十歳くらいか。ギルド長の娘かもしれない。
いつかマナも成長して、あんな風にフォート村の野花を摘むようになるのだろうか。
庭園を先に進む。
東屋……というには豪奢な作りのガゼボがあった。ティーセットがテーブルに用意されている。そこに待っていたのは……。
長身メガネの女性だった。
「よ、ようやく王都にたどり着いたんですね! ログさん!」
「クラリーチェじゃないか? まさか……お前がギルド長の正体なんて冗談は言わないだろうな?」
「とととととんでもないです! わたしはギルド長にお茶の準備をするよう、仰せつかっただけですから」
大きな体を震わせて、仔犬のようにプルプルするギルド職員。
つい、疑ってしまった。そう――
大学での記憶というよりも、これはヴィンセント・ガゼット教授の記憶として保持しているのだが……。
入学当初、日誌を書くことになった時に、マリエルという学生の正体が教授なのではと疑ったことがあった。
疑り深い性格のわりに、俺はちょくちょく的を外している。
クラリーチェに促されて席に着く。どこからか吹き抜ける風は心地良く、ガゼボの作った優しい日影にホッとした。
クラリーチェは脇に直立不動のままだ。背筋がピンとして、緊張しているようだ。
俺は首を傾げると。
「で、ギルド長様はまだ来ないのか?」
「え? もうおいでになっていますよ」
クラリーチェの視線の先には――
花を摘む白い幼女の姿があった。
腕いっぱいに色とりどりの花を抱えると、満足げにこちらにやってくる。
「ねえねえクラちゃん! お花いっぱい綺麗でしょ? いつもがんばってるから、クラちゃんにあげるね!」
幼女だ。普通に。どこをどう見ても。
「冗談だよな?」
つい言葉が漏れた。すると、幼女はクラリーチェに花を押しつけてテーブル対面の椅子にひょいっと飛び乗るように座った。
両足をぶらぶらばたつかせながら彼女は微笑む。
「あのねあのね、メルはメルセリアって言うんだよ。実は冒険者ギルドのギルド長さんしてるの。すごいでしょ?」
「は、はぁ……あの、初対面でぶしつけですが……」
幼女――メルセリアはほっぺたをぷくっと膨らませた。
「あ~もう! メルは嘘ついてないよ! ほら! ちゃーんと一番偉い駒を持ってるんだから」
彼女はワンピースのポケットから、黒水晶色の認証駒を取り出した。その駒は王冠をモチーフにしており、王冠の頂点には星型の意匠が施されている。
底面を俺の方に向けた。
名乗った通り、メルセリアと刻まれている。
俺はクラリーチェに助けを求める視線を向けた。察したのか、クラリーチェは花々を抱きかかえながら言う。
「普段の公務には代々、メルセリア様のお弟子さんがギルド長代理として人前に出ているんです」
「ちょっと待ってくれ。代理? 弟子? 何を言ってるんだ」
十歳そこらの幼女が弟子を取れるわけないだろう。常識的に考えて。
すると、メルセリアは「もう、仕方ないんだからぁ」と大きな帽子を脱いで膝の上に置いた。
長い白金髪がさらりと揺れて、彼女の長く尖った耳がぴょんと飛び出す。
長く……尖った……耳って。
幼女は目を細める。
「メルは魔族さんだから、人間を怖がらせないようにしなきゃなんだよね」
一瞬、腰のベルトに下げた短杖に手を伸ばしかけた。
メルセリアから魔法力の波動を感じる。それは、この空中庭園全体を覆うものと同質だ。
ここに足を踏み入れた時から、俺はすでに彼女の術中にあった。
にもかかわらず、危害を加えられるどころか、この空間は心地良くさえ感じられた。
それすらも誘惑の魔法なのかもしれないが、穏やかな空気に抗う気持ちが薄れる。
クラリーチェが慌てて付け加えた。
「め、メルセリア様はその、良い魔族なんです」
そんな奴が存在してたまるか。魔族は全員殺すつもりでいた。だというのに……毒気を抜かれてしまう。
魔族が帯びる魔法力はどれも禍々しいものばかりだったが、メルセリアのそれは清廉な湧き水の流れのようだった。
「ねぇねぇクラちゃん! お茶飲みたい!」
「は、はい! ただ今!」
給仕係のように、クラリーチェはポットの中の紅茶をメルセリアの分と俺の分、カップに注いだ。
「お菓子も食べていい?」
「はい、もちろんです」
「やったー!」
三段重ねのケーキスタンド。下から食べ進むのがセオリーだが、テーブルに手をつき腕を伸ばすとメルセリアは一番上の段にある、リンゴのタルトを手にとった。
「いただきま~す! はぐ! うま! うま!」
口元を汚しながら食べる姿は、やはり幼女だ。外見は十歳くらいだけど、中身はもっと幼いかもしれない。
腕いっぱいの花を一旦脇に置いて、クラリーチェがメルセリアの口元をハンカチで拭う。
「メルセリア様。お行儀良く食べましょう」
「えー! だってぇ、こうやって食べた方が美味しいよ?」
年の離れた姉妹というか、親子のようにも見える。
本当にこの幼女は魔族で、冒険者ギルド長なのだろうか。
無邪気な微笑みが俺に向いた。
「ログちゃんは何が好き~?」
「お、俺は別に……」
「男の子だからサンドイッチかな。あのね、ピクルスはメルが漬けたんだよ」
ピクルスのサンドイッチを勧められた。確か、俺はこれが好きだったはずだ。
メルセリアの期待の眼差しだ。
クラリーチェも俺に「お願いします食べて下さい」と言わんばかりの表情である。
このギルド職員は信用に値する人物だと思うし、そのクラリーチェが仕える相手なのだから……ええい、毒を食らわば皿まで。
ケーキスタンド三段目に並ぶサンドイッチの中から、ピクルス入りを手にして頬張ると……美味かった。
消却し手放したはずの記憶なのに、どことなく懐かしさを感じた。
メルセリアは笑顔を弾けさせると。
「じゃあじゃあ! ログちゃんのお話聞かせて! 大冒険の格好いいやつ!」
クラリーチェが「では、わたしは一旦外しますね。何かあったら呼んでください」と、ガゼボの作る日影からそっと離れていった。
少々不安だが、魔族のギルド長とタイマンだ。
「なあ、演技なんじゃないか? その、幼女っぽく振る舞うのも、人間に警戒心を抱かせないため……とか」
「……?」
メルセリアは、ぽかんとした表情だ。不思議そうに俺を見る。天然なのか、隠しているのか正直読めない。
「それよりもー! 冒険者の冒険のお話してよ!」
「そう言われてもなぁ」
「なんでログちゃんは冒険者になったの?」
愛する人が残した、愛おしい娘のため。などとは口が裂けても言えない。いつもので行くか。
「英雄になるためだ」
「なんで英雄になりたいの?」
まさかそこを深掘りしてくるとは。英雄になる云々の話は、旅を始めた当初は馬鹿げた笑い話として、相手もまともに取り合わなかった。
今ではすっかり英雄様扱いになったので、誰も俺の言葉を疑りもしない。
本当に純粋にメルセリアは質問をぶつけてきた。子供というのはたまに、真を突くことがある。
適当にあしらうしかないか。
「英雄に……なんでなりたかったか……か」
「やっぱ格好いいから?」
「ああ、そうだな。誰だって格好よく生きたいだろ」
「わあああ! すっごーい! ログちゃんって格好いいんだぁ」
感激したようにメルセリアは瞳を潤ませた。
また、よからぬ誤解を生んだかもしれない。
彼女は二個目のタルトに手を伸ばした。リスが木の実を食べるように両手でタルトを持ってかぶりつく。
「うまぁ! クラリーチェの焼くお菓子は全部美味しいんだからぁ」
ほっぺたに手を当てて彼女は至福そうだ。
「ところで、お前が魔族だって知っている人間は限られてるのか?」
「うん! 国王ちゃんでしょ。あと昔の勇者ちゃんのお友達の人達の末裔ちゃんとか? それにギルド長代理のダイルちゃんと、クラちゃんとかお気に入りの子達。それと王妃級になった冒険者のみんなだよ。もちろんログちゃんもね! だからぁ、他のみんなには秘密なんだぁ」
列挙された内容に頭が混乱しそうだ。ひとまず王国公認ということで間違い無いか。
「待て待て、勇者の友達の……末裔ってどういうことだ?」
「子孫?」
もしかして俺の事じゃないか?
ん? そもそもこの幼女はいったい何歳なんだ?
「女性に年齢を聞くのは失礼かと存じますが、おいくつなのですか?」
つい敬語で聞いてしまった。クラリーチェが指を三本立てる。
「三歳ってことはないだろ?」
「うーんとね、三百歳! んもぅ、レディーに失礼なんだからぁ」
三百年間、幼女してるってことなのか?
魔王が封印されたのは百数十年前。明確な歴史資料は残っていないけど、その時もメルセリアは生きていたって事だよな。
「じゃあ、もしかして勇者や魔王も知ってるのか?」
「うん! あっ……でもね、名前はわかんなくなっちゃったの。あのねあのね、勇者ちゃんは、それはもうすっごかったんだからぁ。憧れの人なんだぁ」
赤らめた頬を両手で押さえるようにして、三百歳幼女は身もだえた。
「憧れの人って……魔族なんだろ?」
「そだよ。うーん、本当はログちゃんのお話が聞きたいんだけど、メルの事を先に教えてあげないといけないかもぉ」
彼女は三個目のリンゴタルトを自身の皿に移してから、語り始めた。




