23.凱旋(23/42)
およそ二年ぶりに王都に戻ってきた。
城壁の門戸は常に開かれ、ひっきりなしに馬車が往来する。人も物も流入出が多かった。
この門が最後に閉じられたのは百年以上前――
魔王軍に攻め込まれるあと少しというところだったという。
魔王が勇者の手で封印されて以降、閉じられることの無かった城壁は、そのまま王国の平和の長さを物語っていた。
不意に――
往来する人々の噂話が耳に入る。
「そろそろなんじゃないか? 西から英雄様が王都にやってくるのって」
「なんでもあの名門ノーティス家の人間って話よね?」
「ノーティスって言えば、かつて魔王を封印した勇者の仲間だったんだろ?」
「やっぱ血筋って大事よねぇ」
「うちの知り合いが王立魔法大学で話したことがあるって言ってたよ! 感じのいい人だったって。けど、中退しちゃったんだとか」
「あーそれな。女孕ませたとか」
一部事実と違うのだが、噂なんてこんなもんか。
話し好きな一団の一人と目があった。
「あんた上から下まで真っ黒だな。そういや、西の英雄様もそうなんだっけ?」
「はっは~ん♪ さては君……英雄様のファンでしょ」
「格好だけ真似ても本物にはなれないぞ」
俺は「あ、ははは。そうですよね」と愛想笑いで返す。
お喋り軍団の中に知り合いがいたら、一発で身バレしてたな。記憶消却していなくとも、大学ですれ違った程度の相手のことなんて覚えていない。
城門を抜け、王都の中央通りに出る。真っ直ぐ進めば大聖堂のある広場。さらに奥に王城と続く石畳の広い道だ。
生まれ育った街なのに、まるで今日、初めてやってきたような気分になった。
店が入れ替わったり、建物が新しく出来たり、古いものが取り壊されるようなことはあったかもしれない。
が、覚えているのはこの中央通りだけ。大学への道も、生まれ育ったノーティス家のタウンハウスの位置も、さっぱりわからない。
王都のギルド本部にだって、マリエルに連れられて一度は行ったことがあるはずなのに。
地元にもかかわらず、俺は売店で地図を買うことにした。
目指すは冒険者ギルド本部だ。
迷子になりながら、昼前にはなんとか冒険者ギルド本部にたどり着いた。
ダンジョンのマッピングはすっかり得意になったのに、街で迷うなんて恥ずかしい限りだ。
宮殿のような豪奢な建物の前には、王国中から一旗揚げに集まった猛者達の姿があった。東西南北。各地域のギルド支部で認められ、経験を積んだ連中だ。
この中に、未来のマナと共に戦ってくれる逸材がいるかもしれない。
あと十五年。生き残り、経験を積み、強くなってくれと願いつつギルドの建物内へ。
総合受付カウンターに向かう。なかなか混雑してるな。手続き待ちの列に加わった。十分ほどで自分の番になる。
カウンター越しに受付嬢が俺に聞く。
「まずは認証よろしいですか?」
「あ、ああ」
俺は懐から認証駒を取り出した。鈍色の歩兵だ。受付嬢は「失礼します」と、駒の底にある俺の名前を確認して……目が点になった。
「お、お待ちしておりました」
急に緊張して、どうしたんだ?
と、思ったのも束の間。
周囲の他の冒険者達が、俺の認証駒を見つめた。冷ややかな視線や、嘲るような小声の会話が嫌でも聞こえてくる。
「おいおい、ここは王都のギルド本部だぞ?」
「騎士にもなってないような奴が来る場所じゃないっての」
「受付嬢ちゃん固まっちゃったじゃん。レベル低すぎんだよ……ったく」
「つーか見ない顔だな」
「噂の英雄っぽい格好してるじゃん」
「きっと憧れて冒険者始めた新人ちゃんなんだろ」
「歩兵級じゃ誰もパーティー組んでもらえないよ~ん。地方から出直してきな。おっと、西はオススメしないぜ! 英雄様のおかげでダンジョンマップが充実しちゃって、すっかり狩り場になってっからな!」
周囲がざわついた。
受付嬢が怪訝そうに俺を見る。
「あ、あの……もしかして階位更新をなさっていないんですか?」
「階位更新って?」
「認証駒をこちらの板の上に乗せてください。手続きはすぐに完了しますから」
小さな石版を受付嬢がカウンターの上に置いた。盤上戦戯の遊戯板くらいのそれには、魔法陣が描かれている。
「別にこのままで構わないんだが……」
「階位が上がれば尊敬を得られます。一々、相手に説明しなくとも理解させることもできますし……当然、ギルド的にもより高い待遇をすることができます。より高位かつ高難易度の依頼も受注可能になり、ギルドから引き出せる情報もより、多くなりますから」
「デメリットはないのか? 金が掛かるようになるとか」
「そういったことは一切ありません!」
クラリーチェの奴、教えてくれなかったな。というか、あまりにも基本的なことすぎて、俺なら勝手に更新なりなんなりするだろうと、思っていたのかもしれない。
他の冒険者連中の中には、俺の初心者丸出しな言動に指さして笑い出す奴まで出る始末。
今後、他の地域でも同じようなことがあっては面倒だ。
俺は受付嬢から自分の認証駒を受け取った。
「こいつを板の真ん中に置けばいいんだな」
「は、はい」
認証駒を魔法陣の真ん中に置くと――
駒は一度溶けたようにドロドロになり、それが形を変えていく。
色も赤銅色が蒼鋼色になり、黒鉄色になる。
先ほどまで俺をバカにするようにガヤついていた冒険者達の笑い声が途絶えた。受付ホールを水を打ったような静寂が支配する。
そして――
最終的に、駒は磨き上げられた美しい白金色になった。
形状も小さな王冠を被った、スマートながらも凝った形状に変化した。
せせら笑っていたはずの冒険者達の表情が、絶対零度に触れたように凍り付く。
受付嬢は周囲をぐるりと見回すと。
「正しい階位になったみたいですね。私もこの仕事をしてまだ短いですが、王妃級は初めて見ました」
「王妃というと、上から二番目か?」
「国王の駒は実質、ギルド長専用なので冒険者としては最高位です。ようこそ、ログ・ノーティス様。最上階の執務室にて、ギルド長がお待ちです。言って下されば、わざわざ列に並ばずともお通しできたのですが……」
「それはなんか、悪いだろ。割り込むみたいで」
受付嬢は「真面目な方なんですね」と表情を緩ませた。
俺が実質最高位の冒険者であること。黒衣の姿。ログ・ノーティスという名前。さらにギルド長が直々に面会するという特別待遇。
侮っていた面々が固まったままの中、俺は係員に誘導されて一般冒険者が立ち入ることのできない、上層階へと案内された。




