22.一巡(22/42)
王国の西の端から王都へ向かって、俺はダンジョン探索と地図作りの日々を過ごした。
ただ移動するだけなら、馬車やらを乗り継いで二十日の道のりだが……季節が一巡して、ちょうど一年が過ぎた。
時々、ライブラにフォート村のソンチョ村長から書き込みがある。
残してきた光の書と、俺が持ち歩いている影の書は同期している。あちらが書いたことも、こちらと共有できるのだ。
マナはすくすく健康に育っているとのこと。
幼い頃のマリエルそっくりだとか。
会いたい。今すぐフォート村に戻りたい。そんな気持ちを押し殺す。
今の俺は世間じゃ「西の英雄」と呼ばれ、人間だけではなく魔族にも目を付けられているのだから。
行く先々でダンジョンを掃討し、マップを作り、近隣のギルド支部に地図情報を納める。
報酬はかなりのものだ。かつて勇者は旅立つ時に、国王から端金しか与えられなかったという話が通説になっているのだが、マナはお金に困ることは無いだろう。
必要最低限の経費だけ手元に置いて、各支部の貸金庫に金を残した。
また、俺の作った地図は地域で活動する冒険者達に有効活用され、たまに「ログさんの地図のおかげで迷わずに済みました!」だの「すごく精度の高い地図で勉強になりました!」と、わざわざ感謝を述べにくる殊勝な連中まで出る始末。
当然、もう名前も顔も覚えていない。なので「あれ? 俺らのこと忘れちゃったんですか?」なんて言ってくる奴らもいるんだが「忘れっぽくてな。すまん」の一言で済ませる。
以前は反感を持たれていただろうが、今は俺をカリスマだのミステリアスだのと、冒険者達の方が勝手に良い方向で解釈するようになった。
言い寄ってくる若い女の冒険者も増えたな。当然、全部お断りだ。すると、男が好きなのではと噂が流れて、そっち系に迫られるようになった。
もちろん、死なない程度にしばき倒した。
王国西方地域で、すっかり顔と名前が売れてしまった。王国の四分の一を平和にした英雄様だともっぱらの評判だ。
旅の途中、何度か魔族の襲撃にも遭った。
連中には人間には理解できないプライドがあるようで、俺を倒すために他者を人質に取るだのといった手段を講じてこない。
加えて、必ず単独で挑んでくる。人間風情に徒党を組むなど魔族からすれば言語道断のようだ。
正直、連中が手段を選ばなかったら危ないところだった。
魔族と戦う際には、俺にとって大切な記憶を消却しなければならない。いくら基礎能力が上がっているとはいえ、連中の力は文字通り化け物じみている。
この一年で――
ノーティス家の人間の顔と名前は使ってしまった。
元々勘当された身だ。残してあるのは、俺を「お坊ちゃん」と慕ってかいがいしく世話をしてくれた執事長バーナードと、母エレノアの名前のみだ。
それで済めば良かったのだが……魔族に勝つには足りなかった。
俺はマリエルと交互につけてきた、大学での青いノートの思い出を使い切ってしまった。
もう、自分が王立魔法大学に在籍していたという実感が無い。
彼女と海に行った思い出も、文字で残された情報のみだ。
戦う度にマリエルが自分の中から消えていく。
俺は彼女を忘れるために、彼女と出会ったのか?
自問自答しながらも、最後は必ず同じ結論に達するのだ。
すべては……マナを守るためだ……と。
ちなみに、ライブラにある記述を確認すると、都合三回ほど俺はギルド職員――クラリーチェについての記憶を消却したようだ。
俺が街から街へと移動するタイミングを、冒険者達の情報網を使って把握しているらしく、ギルド支部のある比較的大きな街に到着する度に、わざわざ会いに来てくれる。
毎回思う。
デカい犬みたいだな、こいつ……と。
衣食住、俺の好みを把握しているようで、クラリーチェが淹れる紅茶は毎回美味いし、滞在先の確保までしてくれた。
時々、潤んだ熱い眼差しを送ってくるのだが、彼女がどれだけ俺に熱を上げていようとも、俺の方が定期的に彼女についての記憶を消却するので何も進展は無い。
そもそも俺はマリエル一筋だ。
だから、何度か「そういうのは困る」と言ったようなのだが「そ、そそそそれでも構いません! 見守らせてください! お手伝いさせてください!」と、職務に私情を持ち込みまくりなまま、現在に至る。
さて――
街道を日の出の方角に向けて進んだ俺の一年の旅路も、ようやく一つの区切りを迎えようとしていた。
青空の向こう。
小高い丘の上から遠くを見る。
遙か彼方に、巨大な城壁に囲まれた王都の威容があった。
王城や大聖堂といった建物の形がかすかにわかる。大聖堂で……何か特別な事があったような気がした。
思い出せないなら、きっと消却してしまったんだろう。手放した記憶を今更どうすることもできない。
ああ、それにしても……戻ってきたんだな。
マリエルと二人、飛び出したのがつい昨日の事のようだ。
まだ、王都を出立してからの記憶は保持している。
俺は穴あきチーズみたいなもので、所々が欠落してしまったけれど……。
願わくば、これ以上マリエルとの思い出が消えないことを願うばかりだ。
王都に着いてからの動きとしては、実家には近づかないようにしておこう。父や兄達の顔は忘れてしまったのだから。
今更向こうだって、俺なんぞに会いたいとも思っていないだろうし。学位を捨て、家を捨て、駆け落ちしたんだものな。
こうしてみると、我ながら思い切った性格だ。
なので、王都で最初に向かうのは、冒険者ギルド本部になるだろう。
クラリーチェからも「くれぐれもギルド長にはご挨拶してくださいね!」と、王都が近づき始めてから毎回念を押されていた。
挨拶しないとどうなるっていうんだ? まさか殺されたりはしないよな?
そんなに恐ろしい相手なのだろうか。




