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21/42

21.再会(21/42)

 ギルド本部に向かったクラリーチェを待つ間も、俺の噂を聞きつけて困り事を相談に来る街の住人達は絶えなかった。


 冒険者ギルドの認可が下りるまでは、うかつに動けない。


 なので、それらの情報は一度、ライブラに書き留めることにしたのだが……。


 気になる情報があった。


 魔物退治でもダンジョン攻略でもないのだが、本当かどうか興味があるので調べて欲しい……とのこと。


 なんでも、街から北に向かった小高い丘の上に廃教会があるらしい。


 噂はこうだ。


 満月の夜。その教会で会いたい人の名を呼ぶと、会いに来てくれる。


 それが例え死別した人間であっても。

 今宵はちょうど満月。機会を逃せば来月まで持ち越しだ。


 噂を確かめるだけだし、冒険者ギルドに迷惑を掛けるでもなし。

 目の前に建つ古びた教会。屋根は崩れ、聖堂内を満月の光が青白く満たしていた。


『本当に噂を確かめるのですか?』


 ザックから少しだけ顔(といっても、実際にあるわけではないが)をのぞかせて、ライブラが俺に訊く。


「ああ……」

『会いたいのはマリエルですか?』

「当然だ」


 期待はしていない。それでも、もう一度会って言葉を交わしたかった。

 死に目に会えなかったから。


 マリエルと出会えて良かったことを。

 マナを産んでくれてありがとうという気持ちを。


 俺は伝え切れていなかった。

 だから、会いたい気持ちは後悔を伴ってずっと、俺の胸に残り続けたままだ。


 聖堂に足を踏み入れる。

 祀られているのは王都と同じ光の神だ。


 だが、聖像の首は落ちていた。不吉さしかない。

 それでも――


「マリエル! いるなら返事をしてくれ! 俺だ! ログだ!」


 不意に、背後から魔法力の揺らぎを感じた。


「……ログ……君?」


 振り返ると、聖堂の入り口付近に彼女がいた。

 ふんわりとした金髪に青い瞳。


 美人だ。天使のように。

 俺は二度目の初恋をした。


「マリエル……そうか……生きてたんだな」

「う、うん……ごめんね……先に死んじゃって」


 口ぶりも彼女らしかった。


「あのさ……ええと……俺……お前に出会えて本当に良かったよ」

「うん! わたしもログ君と出会えて良かった。ねえ、そっちに行っても……いいかな?」


 月明かりに浮かぶ彼女の顔を……貌をじっと見る。


「ああ、おいで。久しぶりにゆっくり話そう。お前がいなくなってから、大変だったんだ」

「教えて教えて!」


 仔犬のように彼女は駆け寄ってくる。


 俺は同時に右手に魔法の短杖を握ると、光の魔法力を全開にした。騎士の馬上槍のようになったそれで、突っ込んでくるマリエルに対してカウンターの突きを放つ。


「――ッ!?」


 マリエルの表情が歪み、急停止したがもう遅い。

 マリエルにそんな苦しげな表情をさせやがって。


 いや、もう、これがマリエルなのかも、俺にはわからない。本物の彼女の貌を忘れてしまったのだから。


 こんなにはっきりと、顔が見えるはずがないだろうが。


 今はただ、目の前の敵を倒すことに集中しよう。


 魔族の仕業だと睨んでいた。


 こうなった時のため、事前にマリエルと一緒に食べた学食のメニューの記憶を消却している。


 思い出の味がなんだったのかは、彼女と続けた青い交換ノートにだけ残った。


 それで構わない。

 その力をもってして――


 俺はマリエルの心臓を貫いた。

 少女の姿がどろりと溶けるように変化する。


 青い肌に耳が尖って長い。銀髪赤目の貴公子風だ。仮面舞踏会で付けるような仮面をしていた。真っ白い貴族的な服装だ。


 案の定、魔族だった。

 だが、違和感がある。胸を穿ったにもかかわらず、こいつは出血していない。


「バカな……人間風情が……このミラルドの術を見破れるなど……あり得ぬ!」

「どういう仕組みだ? 変化の魔法なのか? 記憶を盗み見たのか?」


「そのような下等な魔法ではない。それに記憶を直接見てしまっては面白くもないではないか! 我が演ずるは本物。細部まで再現されたマリオネット。その者が見たいと願う者の姿そのものが鏡映しとなるのだ! 故に誰もが疑うことなく、今宵の共演者となるはずなのに!」


 心臓をぶち抜いているのに良く喋る。やはり魔族は人間を超越した化け物だ。


「共演者だと?」


「しかり! 満月の夜! 教会を舞台にたった二人きりで行われる至高の芸術! 死者と対面した人間は実に興味深い。歓喜し、涙し、ともに帰ろうとまで言う始末。死者にすがる姿は実に滑稽だ。最高の喜劇を楽しませてくれるのだよ! 人間とは実に愉快! 我が娯楽の友……だというのにッ!!」


 喋る度、俺は傷口をえぐった。苦悶の表情を浮かべながらも、こいつ――ミラルドは演技じみた声を上げ続ける。


 お喋りなら、訊けるだけ訊いておくか。


「で、その人間をどうするんだ?」


「話が面白かった人間は街に帰し、つまらない人間は、愛する人の元に送ってあげたのだよ。このミラルド、人間を愛している。親切だろう? ああ、あの顔……愛する者に突然裏切られ、殺される時の絶望……たまらない! 特に首を絞めるのが最高でね。ああ、命をゆっくりと握りつぶしていくあの感覚が! 本当にたまらないのだ」


「そうか。良かったな。ところで……ディエルという魔族を知っているか?」

「ん? 貴公があの弱虫ディエルを? そういえば……どこぞで人間に殺されかけたと泣いておりましたぞ。他愛ないホラ話かと思っておりましたが……まさか実在したとは」


 どうやら魔族の間で、ディエルは俺の存在をふれて回っているらしい。計算通り……ではあるか。


「俺はログ・ノーティス。英雄になる男だ」

「ほうほう。それはなんとも素晴らしい! しかし、どうやって我が心の鏡像の術を見破ったのです!」

「効かないんだよ。俺には」


 こいつが……ミラルドが再現したのが、本当にマリエルだったのか、俺にはもう判別できない。


 お前ら魔族と戦うために、彼女の貌の記憶を捧げてしまったのだから。

 ミラルドが仮面の奥で目を丸くした。


「おお! なんと! 一体どのようにして我が秘術を破ったのでしょう? 今後の参考までにお教え願いたい!」

「お前に『次』は無いぞ。あと、喋りすぎだ。本体の位置もだいたい掴んだ」


 瞬間――


 ミラルドの視線が泳いだ。一瞬だけ、俺の背後方面を向く。なるほど。聖像の台座の裏にでも隠れているんだな。本体が。


 俺は光の槍を引き抜きミラルド(?)を蹴り飛ばした。


 振り返る。槍を構える。

 そのまま聖像を台座ごと、突きで粉砕する。

 光が……爆ぜた。


「ぎゃあああああッ!」


 廃教会の奥の壁が、光の奔流に呑み込まれ、くすんだステンドガラスごと吹き飛んだ。


 俺の放った光の魔法力に全身を焼かれた男が姿を現す。貴公子然としていたのは、こいつが操っていた人形だ。


 本体は豚のように肥え太った醜悪な姿をしていた。服装だけは先ほどの貴公子と同じである。魔族は腰を抜かして地面にべたんと座り込むと。


「ひいいいいッ! ど、どうしてわかったのですか!?」

「マリオネットだと口を滑らせたのはお前だろ。だいたい、演劇に見立てるなら観客が必要だからな。お前は演者を操り、鑑賞したい観客なんだろ?」


 魔族の鼻先に光の槍の先端を突きつける。


「ど、どうかお助けあれ! 我は人間を愛しているのですぞ! その美しさも儚さも未熟さも醜悪さも愚かさも! すべてが尊い!」


 何言ってるんだこいつは。

 俺は切っ先を豚のような鼻に刺す。血が出た。今度こそ本物か。


「ぷぎゃああああああ!」

「最後に訊く。魔王がどこに封印されているか知っていたら教えろ」

「ま、魔王様の居場所!? お、教えたら見逃してくれましょうか!?」

「考えてやる」

「で、でしたらそう……ここより北の果てにあるという永久凍土! その深淵に我らが王は眠っておられるのです!」

「わかった。情報提供感謝する」


「で、では! この物騒な長物をしまってください! 舞台の小道具にしてはあまりに凶悪すぎますぞ!」

「そうか、じゃあ……死ね」

「ひあ!? 考えてくれるのでは!?」

「考えた結果だ。お前は生きるに値しない」

「そんなああああああああ!!」


 俺はそのまま豚頭を槍で貫いた。頭部を貫通粉砕されてミラルドは動かなくなった。


 死んだようだ。振り返ると、ミラルドが操っていた人形が空気に溶けて消えた。


 ザックから本が飛び出し蝶のように舞う。


『魔族の撃破を確認しました。ログ・ノーティスの基礎魔法力がさらに増大しました』

「そうか……」


 これで魔族を一体、世界から消すことができた。今回は相手の油断を突いて逆に罠にはめたようなものだが、この先はどうなるかわからない。


 ますます、魔族と対峙する時には気を引き締めていこう。


『ところで、魔王が永久凍土に封印されているという情報についてですが、どのようにお考えですか?』

「信用できないな。俺に問われてその場で取り繕うように、ひねり出した嘘だろう」

『了解しました。念のため、これらの情報も注釈付きで私に記述してください』


 建物の朽ちた屋根。その隙間から夜空を見上げる。青白い月だけが俺をじっと見ていた。




 数日後――

 アクアブリッジの冒険者ギルド支部。応接室にて。


「ええええ!? ま、まままま魔族を討伐したんですか?」


 メガネのレンズの向こう側で、クラリーチェの瞳が大きく見開かれた。

 紅茶のカップを手にして頷く。


「討伐の証拠は無いが、今後は廃教会で故人に会えるという噂は無くなるだろう」

「は、はぁ……本当にすごいですねログさんって」

「で、そっちの首尾は?」


 クラリーチェはソファーから腰を上げると胸を張った。


「ば、ばばばバッチリです! あと、ギルド長から伝言です。『王都を訪れた際は冒険者ギルド本部に出頭するように』とのことです。わ、悪い話じゃないですよ! ちゃんと会って、地図の件でお礼がしたいそうです、ギルド長」


「了解した。で、俺の処遇は結局どうなるんだ?」

「このままログさんは調査の名目でダンジョンマップ作りをしてください! マップ一枚につき、規定の金額をお支払いします! あと、こちらが本日までの報酬です!」


 彼女は備え付けの金庫から、どっさりと中身の詰まった報酬袋を取り出した。

 一年、遊んで暮らせそうな額だな、こりゃ。


「持ちきれないから預かっておいてくれないか」

「え、えええ!? ま、まあギルドには貸金庫がありますけど……」


 活動資金はそう、多くは必要無い。ギルドに預けて、マナのために残しておこう。

 クラリーチェは懐から鈍い色の金属片を取り出した。


「それと、こちらはギルドの個人認証駒です」

「認証駒?」


「所謂、冒険者としての階級と本人確認を行うためのものになります。ギルド登録後にお渡しするんですけど、作成に数日かかることもあって……受け取り待ちのまま保管されてました!」


 すっかり忘れていたんだが、恐らく俺はマリエルと一日だけの冒険者をした時に、ゴブリン退治に懲りて、それっきり冒険者ギルド本部には行っていなかったのだろう。


「これがあれば、各支部での手続きがぐっと楽になりますよ!」


 金属片の底には、俺の名前と冒険者ギルドの紋章が刻まれていた。かすかに魔法力の揺らぎを感じる。恐らく、なんらかの魔法が掛けられているな。偽造防止といったところか。


 クラリーチェはメガネをクイッと上げた。


「まだ初級の歩兵になりますが、活動がギルドに認められると駒の魔法金属が変形して騎士になるんですよ! 格好いいですよね! 色も赤銅色になるんです」


 で、実力に応じた階位に駒が変わっていくというわけか。盤上戦戯のルールに則れば、騎士の上は司教、城塞、王妃、そして王と続くのだろう。




 マナへ。アクアブリッジの冒険者ギルド支部に、ログ・ノーティスの名前でお金を預けてある。本来は認証駒を使ってのやりとりをするのだが、それを送り届けられるかわからないので、暗証番号と合い言葉を使うことにする。


 詳しくは後述するので、その時が来たら活動の軍資金にするように。


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