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20/42

20.協議(20/42)

 尋問室にでも連行されるのかと思ったが、豪奢な応接室でお茶に焼き菓子まで提供された。


 ソファーにかける。マホガニーのローテーブルを挟んで対面側にはクラリーチェ。背筋をピンとさせた彼女が口を開いた。


「で、でで、では、取り調べを始めます!」

「はぁ……お手柔らかに」


 拍子抜けというか、毒気を抜かれるというか、明らかにクラリーチェの方が緊張していた。額に汗が浮かび、熱を帯びているのかメガネが勝手に曇る。


「た、たた、単刀直入にうかがいますね! なぜ無償で魔物を根絶するんですか?」


 当然、娘の……マナのためだとは言えない。


「俺が英雄になる男だからです」

「そ、それをされると困っちゃうんですよ! ギルド的に」


 彼女は眉尻を下げる。背が丸まって大きな体が小さく見えた。

 うつむき気味に上目遣いになってクラリーチェは続ける。


「だ、だいたい、お金とか無いと困りますよね? 冒険を続ける上で」

「こちらからは一切要求していませんが、心ある人々から少なからず謝礼を受け取ることがあります」


 男一人、旅をするには十分な善意の量だ。


「や、宿代だってバカになりませんよ?」

「宿屋のトラブルを解決すると、無料で泊めてもらえますよ」

「あうぅ……」


 彼女は手元の資料らしき紙束をめくって視線で文字を追う。苦しげなため息を一つ。


「ううぅ……調査報告書に記載がありました。貴方が泊まった各地の宿の部屋は、どこも英雄が滞在した一室として、観光名所になったり特別な宿泊プランにして儲けているそうです。ああ、一点、フォレストエッジの木霊亭では、そういうことはしていないみたいですけど」


 木霊亭か。

 ベアトリスの記憶はまだ、ちゃんと保持している。忘れていない自分に安堵した。何せ、自分でもいつ、どこで、何の記憶を消却したか、憶えていないのだ。


 ライブラに書き記すタイミングがあるなら良いのだが、とっさに消してしまうこともあった。そうなると読み返せない。


 俺はじっとクラリーチェを見据える。


「お話はそれくらいですか?」

「あ、あの、口ぶりがその……なんというか報告書と違いすぎて困惑しています! もっとこう、荒々しいとまでは言いませんが、ぶっきらぼうな方とうかがっていましたから」

「猫を被っているだけです。気にしないでください」


 俺が敬語っぽくなるのは、相手を警戒している時。旅立って数ヶ月、自身が強くなったこともあって、めっきり敬語対応しなくなった。


 もう一つ、敬語で話す時がある。


 相手が公の立場を持った人物の場合だ。さしもの俺も、領主やらなんやらには、きちんとした対応を心がけている。


 これも不要なトラブルを避けるための処世術だな。

 クラリーチェはきょとん顔になった。


「猫……ですか?」

「例え話です」

「じゃ、じゃあ、黒猫ちゃんですね! かわいいと思います!」


 膝頭を擦り付けもじもじしながら、ギルド職員は小さく身震いした。

 なんだこいつ。


「取り調べは以上ですかクラリーチェさん?」

「ま、待ってください! あの、お茶……アクアブリッジで手に入る一番良いものをご用意しましたから!」


 流石に毒だの自白剤だの眠り薬は入っていないよな。


 まあ、そんなものが混入されていたところで、体内に光の魔法力を巡らせれば一瞬で浄化できるんだが。


「いただきます」


 ティーカップから上がる湯気と香気が鼻孔をくすぐった。

 一口飲む。


 本当に良い茶葉だった。まあ、マリエルが入れてくれるお茶には敵わないが。

 尋問したいのか歓待したいのか、どっちなんだ?


 クラリーチェは「お、お菓子もいかがです?」と、焼き菓子まで勧めてきた。


「結構です。お茶、美味しいです。ありがとうございます」

「あ、あわわわわ……滅相も無い!」


 彼女は耳まで真っ赤になる。


「話を整理しましょう。冒険者ギルドの要求は、俺に無償で仕事をしないようにしてほしい……で合っていますか?」

「は、はい。特大レベルの営業妨害に他なりませんから。冒険者達からクレームが出ているんです」


 実力行使で俺をどうにもできなかった連中が、ついにギルドに泣きついたってわけか。

 派遣されたクラリーチェもご苦労な事である。


 しかし、困ったな。

 無償の善行だったからこそ、俺の英雄の名声も広まったのだ。


 今から金を取るだの言い始めれば、それこそ築き上げたものが瓦解する。


 ダンジョンの情報だって足で集めるのは苦労するし、そもそもダンジョンマッピングのためには巣くう魔物の掃討をしなければ始まらない。


 黙り込む俺に、クラリーチェが恐縮そうに肩身を狭めた。


「で、ですので……ここは一つ、ギルドに登録してはいただけませんか?」

「登録……ですか?」


「はい! ギルド公認の冒険者ということでしたら、他の冒険者達とも条件は同じです。あなたの名誉、身分、身の安全等はギルド憲章によって守られ、保証されます! もし同業者が故意にあなたを傷つけようとすれば、処罰の対象にすることができます! 仕事も斡旋できますし、ギルドが持つ情報網も活用できますから!」


「金が無い人間から依頼が受けられなくなるのは、困るんだが」


 つい、普段の口調に戻る。多分、俺はクラリーチェを少しだけ信用したのだ。

 一方的に俺の行動を禁じないよう、彼女なりに考えての提案なのだから。


 クラリーチェは……急に涙をこぼした。


「あっ! 悪い。いやすまない……というか、何か気に障ることを言ってしまったでしょうか?」


 慌てて取り繕う俺に、彼女はメガネを外して涙をハンカチで拭くと、再び掛け直して真っ直ぐ俺を見る。


「す、すみません! 取り乱しました。お恥ずかしい限りです。わたし……感動しちゃったんです」

「感動って……」


「ギルドに頼れない人々にまで、その救いの手を差し伸べるのは、あまりに高潔です! 報告書に聞いていた以上の、素晴らしい英雄ですから……だから……つらくて。職務を全うし、ギルドの運営を円滑に行うのが職員の使命です。わたしは……幼い頃に誘拐されて、冒険者に助けてもらいました。うちは貧乏だったんですけど、その時の報酬は……わたしの笑顔だ……って。お金も受け取らず、助けてくれたんです」


「風変わりな冒険者がいたもんだな」

「ログさんは出会う人々全員に、同じ事をしているんですよ!」

「俺は冒険者じゃなくて英雄だから」

「は、はぁ……そうなんですよね。だから困ってるんです」


「相談なら無償で受けてやるぞ」

「ううっ……実は意地悪なんですね。意外です」


 クラリーチェは口を尖らせた。少々言い過ぎたか。


「それで、どうなったんだ?」

「ええと、助けられたあと、自分も憧れの人みたいになろうとがんばったんですけど……身体は大きいのにどんくさくて……目も悪いですし、戦うとか……苦手すぎて」


 だから冒険者ではなく、ギルド職員になったというわけか。立派な恵体がもったいないが、人には得手不得手がある。


 黙ったままの俺に、彼女は続けた。


「自分が冒険者になれなくても、それをお手伝いする仕事をしたいと、この道を選んだんです。いつかの自分みたいな人のため、助けになれるようにって……」


 俺が救いたいのはマナであって、英雄行為はあくまで隠れ蓑に過ぎない。

 ふと、フォート村のソンチョの言葉を思い出す。


 困っている人間がいれば、助けてしまうのが俺……だそうだ。


 マリエルも、そんな俺だから選んでくれた。マナに未来を託すために。


 頭では理解しているし、そういった場面に直面すると、とっさに行動してしまう自分がいることも知っている。


 それでも、英雄はあくまでフェイクでしかないんだ。


 だからクラリーチェの熱い眼差しに、居心地が悪くなった。


 彼女は本気で俺が英雄だと信じてしまっている。


 置かれた立場から、俺という問題児をどうにかしなければならないという使命感もあるだろう。


 クラリーチェの表情が暗くなる。


「このままだと……ログさんを逮捕しなきゃいけなくなります。わたし、そんなの嫌です。だから一緒になんとかしましょう! うう……せめて、ログさんがギルド登録してさえいれば、抜け道はいくらでも用意できるのに……」


 職務には真面目そうに見えて、かなり私情を挟み込むタイプのようだ。


 しかしギルド登録か。

 登録?

 紅茶が冷める前に、俺は一気に飲み干した。


「実は俺はもう、ギルドに加入している」

「は、はい?」

「大学に在学中にな。一度だけアルバイトで登録したんだ」

「そ、そそ、そうだったんですか!?」

「本部の資料を照会しなかったのか?」

「だ、だって! 登録してる人なら普通にギルドを通して仕事をするじゃないですか!」


 常識的に考えればそうなるわな。クラリーチェはクイッとメガネを上げ直し、告げる。


「ログさんは何もかもが常識外れですよ! ああ! でもそれならッ!」


 突然、クラリーチェは瞳を輝かせた。


「ど、どうしたんだ急に」


「これまでのログさんの英雄的行為については、わたしからの依頼という形で処理できます! だから今までのすべては不問に処せますし、ログさんに対して他の冒険者がしてくる抗議も無効化できます! 法的な処理は全部お任せください!」


 専門家は「エッヘン」と胸を張った。まあ、大きい方ではあるか。いや、何を見てるんだ俺は。


 と、思ったのも束の間、クラリーチェが腕組みをして首を傾げる。


「問題になるのは名目です。どういった名目でこのような行為をしてきたのか。ギルドに益をもたらす理由であれば承認も下りると思います。事後承諾ではありますけれど、ギルド長は、わたしが責任を持って説得しますから!」


「名目っていうのはなんだ?」


「定番は調査ですね。ログさんは英雄行為をしていたのではなく、ギルドの密命を受けて調査を進めていた。その途中で魔物と遭遇し、結果殲滅してしまった。周辺住民から感謝されたのはあくまで結果論だった……と、してしまうんです!」


 なるほど。それがギルドの論理で通るかどうかは知らないが、職員が言うのだからなんとでもなるのだろう。


 クラリーチェはがっくりとうなだれた。


「けど、何を調査していたかをねつ造するわけにはいきませんし……ギルドで共有できる有益な情報があれば、それを根拠に今後もログさんを特別調査員として、自由に行動してもらえるよう説得できるんですけど……今からじゃ、調査資料なんて集めようにも間に合いませんし……ああ、この案じゃダメダメですね」


 俺はザックからライブラを取り出した。

 なお、他人が目の前にいることもあってか、ライブラは普通の本らしく静かにしていた。


「あるぞ。共有できる資料なら」


 本来はマナだけに残したかったのだが、この際……仕方ない。


 俺はページをめくって、フォレストエッジの街から西にある廃坑の地図を開いて見せる。

 クラリーチェの目の色が変わった。


「こ、こここ、これって!」

「踏破したダンジョンのマップだ。他にもいくらでもあるぞ」

「な、な、なんでこんなものを!?」


 娘のため……とは言えないので。


「趣味だ」

「趣味……ですか?」

「そうだ。俺の趣味は踏破したダンジョンの地図を作ることだからな」


 食い入るようにライブラに描かれた地図を見ると、クラリーチェはガバッと上半身を起こした。


「これ! 使えますよ! っていうかすごいです! こういったダンジョンって、掃討してもいつの間にか魔物が巣くうようになるんです! 早ければ一ヶ月もせずに、別の群れが棲むようになったりもしますし。この地図があれば、冒険者達が迷わず探索できますよ!」


 マナだけに教えた方がアドバンテージが確保できるかとも思ったが、仕方ないか。


 最終的に、冒険者ギルドがマナの力になってくれる方が良いしな。


 その時まで、俺が生きているとも限らないし。


 俺はポツリと呟いた。


「いや-良かった良かった。地図作りが趣味で」

「は、は、はい! そうですね! 今後も地図作りの名目で、これまで通りの活動ができるよう、上に掛け合います! それから、報酬もご用意しますね!」


 俺は今後も、地図を作るついでに近隣の魔物を掃討できるというわけだ。英雄行為にもなって一石二鳥だな。


 クラリーチェがライブラを閉じてぎゅっと抱きかかえる。


「ギルド職員として、今後もログさんのサポートをさせてください! 何か困り事があったり、必要な情報があれば提供します!」

「じゃ、よろしく頼む」

「さっそく複写させてもらってもいいですか?」

「ああ、好きにしてくれ」

『警告、私を関係者以外に貸与、譲渡することは危険です』


 急に響いた女性の声にクラリーチェがビクついた。


「は、はい!? はへぇ!」

「どうした?」

「い、今、奇妙な声がしたんです」

「俺には聞こえなかったぞ。まさか本が喋ったとでも言わないよな。いいか、本は喋らないんだ」

「あの、ログさん? 急にどうしたんです?」


 構わず俺はクラリーチェ……ではなく、ライブラをじっと見据えた。


「喋らない……だろ?」

『…………』


 ライブラも覚悟を決めたらしい。

 俺は最後に咳払いを挟む。


「ただ、ええとなんだ……地図のページ以外は読まないでくれ。日記をつけるのも趣味なんだが、個人的な情報ばかりなんでな」

「も、もちろんです! というか、この場でさっそく地図部分だけを複写しましょう!」


 さっそく彼女は紙束とペンを用意した。俺が見ている前で作業をするつもりなようだ。

 量が量だけに、しばらくかかりそうだな。




 こうして――

 その日の夕暮れまでに、なんとか地図の写しを作成することができた。まあ、俺はお茶を

飲んで菓子を食っていただけだが。


 こう言っては悪いが、クラリーチェは見た目に反して手先が器用だった。事務方として優秀なのだ。


 本人は自身をどんくさいと言ったが、ペンを走らせ効率良く間違うことなく書き進める姿に感心するばかり。


 もはや模写の方が綺麗まである地図の束を完成させた。

 一仕事終えると、彼女は疲弊した顔で言う。


「はぁ……終わりましたぁ……けど、これで……」


 小声になったクラリーチェの言葉が最後まで聞き取れない。


「ん? これで……なんだって?」

「実は最近、冒険者の行方不明事件が多くて……当然、危険な仕事ですし、失敗すれば命はありません。けど……昨年と比べて発生件数が三倍以上になっているんです。地図があれば無事、生還できた冒険者もいたと思いますから」


 そのためにも、地図は有用だろうな。


「ただ……」


 彼女は一呼吸置くと。


「冒険者にはその実績と実力に応じた仕事を依頼しています。だから、本来であれば任務をこなして安全に戻ってこられるはずなんです」


 黙って聞く俺に、クラリーチェは一際真面目な面持ちになった。


「もしかしたら……想定外の強敵……例えば……魔族が関与しているかもしれません」


 冒険者が相手にするのは基本的に魔物だ。

 せいぜいゴブリンやオークといった亜人種くらいまでである。


 魔族の桁違いな強さは、俺も身に覚えがあった。マリエルの加護がなければ太刀打ちできないのは実証済みだ。


 クラリーチェは深く息を吐く。


「魔王が封印されてから百数十年。もしかしたら、何か大きな動きがあるのかもしれません。ログさんも、くれぐれもご注意ください」


 言わずもがな。十六年後に魔王が復活しようとしている。

 今の世の中にそれを訴えても、誰が聞く耳を持つだろう。


 魔族達が派手に暴れないのも、雌伏の時だと思っているからかもしれない。

 俺はクラリーチェに頷いて返した。


「ああ、気をつけるよ」




 しばらくアクアブリッジに滞在するとクラリーチェに約束して、俺はギルド支部を出た。


 彼女も明朝には馬車で王都の本部に向かうとのことだ。


 俺の処遇について、結果が出るまでしばらくは、この街で大人しくしていよう。


配信予定はこんな感じです。


◆1日目:8月15日(土)

07:00:第1話・第2話・第3話

12:00:第4話

15:00:第5話

18:00:第6話

21:00:第7話


◆ 2日目:8月16日(日)

07:30 / 11:30 / 15:00 / 17:30 / 20:00 / 22:00


◆ 3日目〜6日目:8月17日(月)〜 20日(木)

06:40 / 12:10 / 16:30 / 18:10 / 20:40 / 23:00


◆ 7日目:8月21日(金)

06:40:第38話

12:10:第39話

17:30:第40話

19:30:第41話

21:00:第42話(最終話)

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