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19/42

19.英雄(19/42)

 街道を東に向かう。途中、宿場や村があれば立ち寄り、俺は英雄行為を繰り返した。基本的には無償、無給だ。


 それで俺はマナの未来を買っているのだから、安いものだった。


 困った事があるとすれば、俺の働きを気に入った領主だのが召し抱えようとしてきたり、それに嫉妬する輩が現れたり。


 仕官の誘いを断れば断ったで、その街一番の女騎士なんてのに絡まれるようにもなった。


 他にも、俺をただ働きさせて報酬をピンハネしようとする奴がいたり、俺の名を騙る偽物が現れたり。


 ギルドに所属する冒険者連中なんかからも、目の敵にされた。


 何せ彼らの食い扶持である魔物関連のトラブルを、俺は行く先々の街で片っ端からしらみつぶしにするのだ。


 魔族に命を狙われるとばかり思っていたが、人間の方が恐ろしいかもしれない。

 で、そういったトラブルに見舞われた際にどう対処したかといえば……。


 暴力である。純粋な力で圧倒した。


 並の使い手なら手加減してもおつりがくる。


 で、何に困っているのかといえば、襲ってくるような人間連中でさえも、絶対に殺すことができない。


 マナの敵を作るわけにはいかない。俺が殺した奴の復讐の刃が、マナに向かうのだけは避けなければならない。


 命だけは助けてやる。とっとと失せろ。と、何度言っただろう。


 適宜記憶を消却しているので、本当に憶えていないのだが、ライブラを読み返すと今週は十二件ほど、同じようなことがあった。


 正直、面倒なので正当防衛が成立する条件下であれば、殺したいとさえ思う。


 が、耐えるしかない。英雄ログ・ノーティスの名声は守らなければ。


 襲ってくる輩の中には返り討ちにすると改心するやつもいて、俺の弟子にして欲しいだの従者になりたいだのと、それはそれでまた鬱陶しい。


 フォレストエッジと王都のちょうど中間辺りにある、近隣でも比較的大きな街。


 名をアクアブリッジという。王立軍も駐屯している。規模の大きな冒険者ギルド支部があり、運河があり、人間が絶えず行き来する。王国西方でも有数の拠点となる街だ。


 フォート村やフォレストエッジに比べれば、大都市と言って差し支えない。


 真昼の太陽が照りつける青空の下――

 野太い声が俺に言う。


「あんた……本物の英雄だよ! な! もう悪いことはしねぇって誓うから! 弟子にしてくれ!」


 ヒゲ眼帯の大男が街の真ん中にある広場で、俺に土下座して頼み込む。当然憶えていない。恐らくは街を牛耳る輩の頭領といったところか。


 弟子入りねぇ。無理だろ。

 どう見ても筋肉ダルマである。


「お前には魔法の才能は無い。諦めろ」

「な、ならボディーガードとして雇ってくれねぇか! いや、金なんていらねぇ。あんたの強さに惚れたんだ」


 俺は男の肩に手を置いた。


「俺より弱い奴に守られたいとは思わない。いいか……お前がもし心を入れ替えたというのなら、まず第一歩として自分より弱い人間を守れる男になれ」

「あ、あ、アニキぃ!」

「勝手に兄にするな。どうみてもお前の方が年上だろうに」

「ううっ……わかりやした。ログのアニキに認めてもらうため、俺……誰かを守れる人間になってやりますよ!」


 立ち上がると男は「うおおおお! やるぞおおおお! やってやるぞおおお!」と雄叫びを上げながら去って行った。


 疲れる。

 広場で遠巻きに見ていた街の住人達から拍手が起こる。


「あの荒くれ者のダンテを改心させちまうなんて!」

「ダンテってこの街の愚連隊連中を束ねてたんでしょ? 王国の駐在兵もビビってたっていうし」

「それを一晩で解散させちまうっていうんだから、英雄は伊達じゃないッスね!」

「悪人にまで慈悲を与えるのはどうかと思うけど……」

「人が出来ないことをする。だからログ氏は英雄なのですよ。イーッヒッヒッヒ!」


 この街でも、俺は相当慈悲深い英雄ということになってしまった。

 最近では、初めて訪れる街でさえも俺の名が通っていることがしばしばだ。


 黒衣の英雄ログ・ノーティス。

 名前がよく通るので、地道に情報収集をしなくとも依頼者の方から勝手にやってくるようになった。


 冒険者ギルドが無い小さな集落なんかは、俺が訪れると熱烈大歓迎状態だ。

 無償で魔物を駆逐する存在の需要は想像以上に多かった。


 王国は平和だと思っていた。信じていた。けど、それは俺が見えていた範囲内だけのことだったんだな。


 自分の生まれを呪った時もあったが、結局……貴族のボンボンには違いない。

 俺は街の住民達に聞く。


「この辺りに魔物が巣くうダンジョンは無いか!? 困り事があれば教えて欲しい!」


 すると――

 馬車が通りをまっすぐに、広場に向かって来た。


 停車するなり中から丸帽子にメガネの女性がそっと降りたつ。


 ショートカットで理知的な印象だ。緑の制服らしき服装だが、スカートの下から黒いタイツに包まれた足が見える。


「そ、そこまでです!」


 震え声で内股気味に左右の足それぞれの膝頭をこすりつけ、女性は俺の前にやってきた。

 背が……高いな。俺が見上げるほどだ。


 恵体とでも言うのだろうか。スレンダーながら、しっかりとした体格だった。

 つい、丁寧な口ぶりになる。


「どちら様ですか?」

「わ、わ、わわ、わたしは王国ギルド本部から派遣されたクラリーチェと申します! この度はログ・ノーティスさんに……その、任意で事情聴取をするよう命じられました!」


 ビシッと軍属のように敬礼するギルド職員――クラリーチェ。


「任意ですか? では、お断りします」

「そ、そそそそれは困ります! あの! お願いします協力してください! でないと……」

「でないと……なんです?」

「は、犯罪者として告発し、逮捕拘禁しなければなりません! これは王国と冒険者ギルドの間で締結された、ギルド憲章十二章二項による権限によるものです!」


 ギルド憲章だって? 魔法ばかりで法律のことはさっぱり学んで来なかった。

 が、一つ確実に言えることは……。


 ここでクラリーチェのお願いを無視すれば、俺はギルド所属の冒険者(個人)だけでなく、その母体となる組織そのものとも対立しかねないということだ。


 マナの将来の事を考えれば……。


「わかりました。お話をうかがいましょう」

「ほ、本当ですか! 良かったぁ。ささ! 馬車へどうぞ! アクアブリッジの冒険者ギルド支部にご案内しますね!」


 白昼堂々、街の住民達も見ているのだから罠ではないだろう。


 とはいえ、何かあった際にはいつでも暴れる……もとい、脱出できるように、いくつか記憶を消去して備えることにした。


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