17.祝杯(17/42)
フォレストエッジの街に戻ると、酒場の女店主に廃坑道のゴブリン達を皆殺しにしたと伝えた。
最初は俺が冗談を言ったとでも思ったのか、店主は信じなかったのだが、すぐにも情報が流れてきた。
西に向かう街道沿いで、ゴブリンによる襲撃被害が無くなったのだと。
カウンター越しに女店主は目を丸くした。
「本当にアンタがやったっていうのかい?」
「嘘をついてどうする。俺は英雄になる男だ。これくらいはやるさ」
「けど、あの廃坑道のゴブリン達は並の冒険者じゃ手に余るって連中なんだろ? 討伐しても宝が手に入るでもないから、放置されてたってのに……」
「これで街道を西に行き来する行商人達が、過度な護衛を付けなくても済むようになるな」
「アンタの名前……なんだっけ?」
「ログ・ノーティスだ」
「アタシはベアトリス。街の人間を代表して、感謝するよ」
カウンターテーブルに新しいグラスが置かれ、蒸留酒が注がれた。
俺はそいつを一気にあおる。
初めて飲んだ感触だ。喉が焼けて胃が奥底から熱くなった。
空にしたグラスをテーブルにトンと置いた。ベアトリスが目を細める。
「相変わらず良い飲みっぷりだね」
「なあベアトリス」
「なんだい?」
「他にも廃坑に似たようなダンジョンは無いか?」
「ええ!? アンタ、まだやるってのかい?」
目を丸くする彼女に、俺は不敵な笑顔で返す。
「当たり前だ。俺は英雄になる男だからな。この近辺のダンジョンは片っ端から平らげる」
と言うと。
「あは、アーッハッハッハ! 本当に気に入ったよ! そこまで言うなら協力は惜しまないよ。宿代だって掛かるだろ? うちで良かったら何日でも泊まっていきなよ」
正直、旅立つ前にフォート村で集まったカンパも潤沢ではない。無給で活動を続けるなら、渡りに船の提案だった。
「しばらく世話になる」
「うん! 良い返事だね。アタシも街の連中や旅人から情報を集めるの手伝うよ」
ベアトリスなら、十六年後もまだ、この街で酒場を続けているに違いないな。
フォレストエッジの街についたら、ベアトリスの経営する酒場「木霊亭」をたずねるように。ログ・ノーティスの名前を出せば、気前の良い女店主が力になってくれるだろう。ただし、蒸留酒は強いのでお断りするように。
そう、俺はライブラに記した。
一ヶ月後――
街の住人から話しかけられるようになった。
今日も目抜き通りを歩いているだけで、顔も名前も知らないオッサンから、野菜が山盛りの篭を押しつけられる。
「ログ先生にゃいつも世話になってんで! こいつうちの畑で採れたんでさぁ! ベアトリスと食ってくださいよ!」
「あ、ああ。その……ありがとう」
「もうこの辺りもすっかり平和になって、全部ログ先生のおかげでさぁね! これからも末永く、街を守ってくだせぇよ! がーっはっはっは!」
満足そうに腕組みして、オッサンは通りの向こうに消えていった。
誰なんだよ。
と、思うこともしばしばだ。きっと、あのオッサンの事も助けたんだろう。畑に出る巨大モグラ討伐とか、そんなところか。
その記憶も、消却してしまった。
時々、ライブラを読み返して整合性を取るのだが、そろそろボロが出そうだな。
この街も潮時かもしれない。
近隣のダンジョンは片っ端からマッピング済みだし、今日も新しいダンジョンが無いか聞き込みをしたが、収穫ゼロ。
手にいっぱいの採れ立て野菜が本日の成果になってしまった。
通りを進み、仮住まいの木霊亭へ。
店は満席だ。客達が一斉に俺を見るなり――
「おっ! 若旦那じゃないですか! 一緒に飲みましょうよ! おごります! いやおごらせてくださいってば! 旦那のおかげで街道がすっかり安全になって、商売もしやすくなって万々歳ですよ! マジでいくら感謝してもしたりねぇっす!」
「野郎と飲んでも楽しくないだろ? それよか、今度うちの妹を改めて紹介させてくれよ! あんたに助けてもらって以来、ずっとお熱でさ。兄の俺が言うのもなんだけど、結構カワイイだろ? うちの妹」
「やめぬか。まったく……ログさんにはベアトリスがいるだろうに」
「やーね、ほんと妬けちゃうんだから! あーしも酒場の店主してたら、ログっちみたいに素敵な男の人と出会えたのかなぁ」
客達が好き放題言ってくる。
誰だっけな、こいつら。
まあ、話の文脈的に、きっと俺が色々と手伝ったりした相手なんだろう。
立ち尽くしていると、トレーに酒瓶を乗せたベアトリスが客達との間に割り込んだ。
「はい! お待たせ! けど、ごめんねぇ。ログは疲れてるからさ。アンタらのお相手まではできないって」
酒を運び終えると、ベアトリスが小走りで俺の元に戻る。まるで仔犬みたいに軽快な足取りだ。彼女は俺が抱えた篭を見た。色とりどりの新鮮な野菜が山盛りだ。
「おかえりログ♪ それ、ターガスさんとこの作物かい?」
「ん? あ、ああ。帰り際にもらったんだ。食べてくれって」
「アタシが預かるよ。お腹空いてるだろ? 何かつくってあげるから、二階で休んでなって。出来上がったら持ってってあげるから」
店内から「ヒューヒュー! お熱いねぇ!」と、揶揄するような声が上がる。
ベアトリスの顔が真っ赤になった。
「ち、違うって! そんなんじゃないんだから!」
すかさず女性客が立ち上がる。
「だったらベアちゃん、あーしにもチャンスありってこと?」
「ちゃ、チャンスとかそういうのはその……ほ、ほらアンタ、上で休んでなって。客どもみんな酔っ払ってるのさ。絡まれるのは面倒だろ?」
俺の背中を押してベアトリスは八の字眉になりながら、笑ってみせた。
酒場の二階は簡易宿泊施設になっていて、この一ヶ月の俺の拠点である。
ベッドとクローゼットと、小さな机と椅子が一脚。窓が一つだけという簡素な作りだ。
独りになると、ザックの中から本が飛び出した。
『先ほどの人物達について、過去に記述した箇所を再確認しますか?』
「いや、いい。これ以上話を合わせる必要も無いからな」
『では……次の街へ?』
「周辺地域のマッピングは完了した。各ダンジョンの要所に聖域の結界も展開済みだ。マナが旅に出ることがあっても、快適に冒険できるだろう」
『はい。よほどのことがない限り、ダンジョンの地形が激変するとも考えられません。貴方の設置した聖域の結界は、疲弊した勇者を優しく癒やし、全快させるでしょう』
「ありがとう」
『感謝の言葉……ですか?』
「不安になるんだ。俺が今、していることが本当にマナのためになるのかって」
『貴方は素晴らしい父親です』
「……そばにいてやれないのにか?」
『勇者の未来を創世しているのです。自信をもってください』
こいつを……導きの書ライブラをどこまで信じていいのかわからないが、その言葉は俺を奮い立たせた。なんの確証もなくとも、背中を押してくれる。
『現状の貴方の能力について、まとめましたのでお話ししたいのですが、よろしいですか?』
「ずいぶん下手に出るんだな」
『貴方に伝わるように、思考を重ねた結果です』
どうやら俺は、ライブラにまで気を遣われているらしい。
こちらの考えに適応しようとする様は、どことなく媚びすぎているようにも思えるのだが……孤独な俺に癒やしを与えてくれた。
「能力についての話を続けろ」
『貴方は記憶を消却することで、魔法力をブーストし戦闘を続けました。その結果、経験値を習得しました』
「結論を言え」
『貴方の魔法力や戦闘力のベースとなる部分が、経験を積んだことでベースレベルで向上しています。今なら記憶を消却せずとも、短杖に光の魔法力を込めてショートソード程度にはすることができるように成長しました。そのほか、貴方が学んだ魔法の全てが、その性能を向上させています』
「つまり……強くなっているのか?」
『その通りです』
確かに、ここぞという時に消去する記憶の重要度が、最近はそこまで重要なものではなくなった自覚がある。
俺自身が強くなったことで、大事な記憶を使わなくても、それなりの記憶を消却するだけで、十分戦えるようになったようだ。
このまま王都までの道のりを続けていけば……いずれ魔王を倒せるだけの成長ができるかもしれない。
希望が見えた。
王国中のダンジョン全てを制覇した時、俺は……勇者とまではいかずとも、かなり強くなっているかもしれない。
「やっぱり……旅立つべきだな」
『フォレストエッジの住民達から、引き留められる可能性があります』
「知ったことか」
確認を終えたところで――
部屋のドアがノックされた。
声が響く。ベアトリスだ。
「ご飯……できたよ」
「ああ、ありがとう」
トレーには先ほどの野菜をふんだんに使った料理が載せられていた。
受け取る。
酒場の女店主はどことなく、寂しそうだ。
「あのさ、今日の営業が終わったらなんだけど……話したいことがあるんだ」
「今じゃ駄目なのか?」
俺の言葉にベアトリスは……瞳を潤ませる。
どこかでいつか、誰かが見せたような、悲しげな笑みを彼女は浮かべた。
「ほ、ほら、今は営業中だからね」
「わかった。ありがとう。食べるよ」
食事を受け取ると、彼女は「食べ終わったら戻しに降りてきてね」と言い残し、部屋を去った。




