16.襲撃者(16/42)
ゴブリンは勤勉らしく、坑道内には適宜灯りが焚かれている。火が消えないということは、酸素も循環しているらしい。
俺は死神だった。足音すら気付かせず背後から忍び寄り、一体、また一体と無防備なゴブリンを倒していく。
基本的には背後からの奇襲だ。
偶然振り返り、俺と正対したゴブリンもいた。仲間を呼ぼうと声を上げるが、風の魔法力が作り出す沈黙の半径二メートルの世界が、それを阻む。
ひるんでいる間に、短剣をゴブリンの胸に突き立てた。
何の感情もわき上がらない。淡々と害虫を駆除するように数をこなした。
やはりというか、当然ながら途中で異変に気付いたゴブリン達は、警戒態勢に入った。
が、もう遅い。
記憶を消却し、魔法力を増強した俺の敵ではなかった。蜂の巣をつついたように騒がしくなったため、沈黙の風魔法を解除して、短杖に光刃を纏わせる。
今回は巨剣大剣ではなく、レイピア程度の細身の長剣状だ。
群がるゴブリン達を短剣と光のレイピアの二刀流で蹂躙した。
特に、レイピアは触れただけでサクサクとゴブリンの身体が切断できる。連中が楯だのなんだのを持ち出そうと、関係ない。
ついに最奥へとたどり着いた。
ゴブリンにしては大柄な連中が、扉の前で守備を固めている。
徒党を組んで俺に向かってきた。逃げればいいものを、非合理的だ。
多少強い個体だろうが、関係ない。
大柄な四体を斬り払うと、残った雑魚ゴブリン達が次々に武器を捨て、両手をあげた。
関係なしだ。奥の扉に向けて、魔法力の塊を叩きつけぶち破る。ディエルから模倣した破壊の衝撃波によって最後の扉が開かれると、そこには……。
小さな個体やメスのゴブリン達が身を寄せ合い、怯えるようにしていた。
そうか。親子か。他のゴブリン達が逃げず必死に抵抗したのも、守りたいものがあったからなんだな。
それは……。
俺も同じだ。
風の魔法力で自分の周囲にのみ呼吸用の酸素を集めると――
「火の魔法力を最大限に……焼滅せよ。滅却せよ」
ゴブリンのメスもガキもまとめて、炎の魔法で焼き払った。
悲鳴。絶叫。涙。地獄のような時間も、そう長くは保たない。酸素を使い切り、この場にいる俺以外の全てが死んだ。
俺が殺したのだ。自分でやっておきながら、後味の悪さに吐き気すら覚えた。
だが……これで、いいんだ。
廃坑道を出る。しばらく経ってから、後日、内部の地図を作ることにしよう。
ゴブリンの巣となった廃坑道で、老若男女問わず皆殺しにした。
子を守ろうとする母親の姿も、勝てないとわかっていても挑んでくるオスどもの絶望の顔も、全てを俺はライブラに書き記した。
後日――
ゴブリン達の死体が腐乱する前に、俺は廃坑道に舞い戻った。
手には松明。煌々と揺らめく炎が、坑道内の酸素の存在を証明してくれる。
一応警戒のため、簡単な記憶の消却(好きだった王都のチョコレート店の名前)をして魔法力を強化しつつ、安全を確認しながらライブラに地図を書き込んだ。
綿密に。子供にもわかるように。
最奥の扉の間の手前に、小さな部屋を見つけた。
休憩場所にはちょうど良さそうだ。
「おいライブラ」
『なんでしょうか?』
ザックから本が飛び出し宙を舞う。
「この小部屋に休憩ポイントを作成する」
『休憩ポイントですか?』
「マナが坑道での戦いで疲弊した場合、休めるようにしたい。ここに半径五メートルほどの結界を作成する」
大学で学んだ数少ない成果の一つ――
マリエルを守るために理論構築した「聖域の結界」だ。
『了解しました。どのようなものか、説明ください』
「俺の血を引く者にだけ反応し、結界内に入った時に起動の合い言葉を言うことで、最大八時間程度、周囲からの侵入を阻み敵に存在を気取られないようにする。加えて、結界内に入ったマナやその仲間達の傷を癒やし、魔法力を全快させるというものだ」
『そのような豪華で機能満載な結界となると、相応の記憶を消却する必要があります』
俺は坑道の闇の最奥を見据えた。
「先日皆殺しにしたゴブリン達の記憶を使う」
『貴方には人の心は無いのでしょうか?』
「黙れ。そんなもの……マリエルを失ってからとっくに無くしたさ」
『…………』
「で、可能なのか?」
『可能です。負の感情にはそれだけの力があります。ですが、怒りや悲しみや後悔……それらを消し去ることで、失敗や苦い経験の蓄積に支障を来す可能性があります』
つまり反省できなくなるってことか。本は続けた。
『それでも……実行しますか?』
「ああ、構わない」
むしろ好都合。
これで俺は、重荷のような罪悪感から解放される。再び、魔物の巣を襲撃して、今回と同じような新鮮な罪悪感を得られるだろう。
だから良いんだ。苦しむくらいでちょうど良い。
だからこそ――
一つダンジョンを攻略し、皆殺しにすれば、一つ安全な「聖域の結界」をダンジョンに仕込むことができる。
『では、ゴブリンの巣で皆殺しにした記憶を消却します』
心臓がドクンと大きく脈動した。
魔法力が溢れる。手のひらを小部屋の地につけて、構築した魔法を展開した。
ああ、何かを忘れたみたいだ。今なら光の魔法力を増幅して発揮できる。
やるべき事をやろう。
「光魔法力最大展開。聖域の結界を作成。合い言葉は……マリエル」
床一面に魔法陣が展開すると、それは収縮していき、フッと消える。
かすかに光の魔法力の残滓があった。きっとマナなら、この仕掛けに気付くはずだ。もちろんライブラにも書き込んで、情報として共有しておくのも忘れない。
これでマナの旅の手助けができるだろう。
が、最も良いのはマナが旅立つことなく、俺が魔族も魔王も全て殲滅、駆逐することである。




