15.嘘(15/42)
――幕間――
『ここまでの出来事を記してください。フォート村の光の書にも同時記録されます。もし貴方が大切な記憶を消却してしまっても、私に書かれた情報を読み返すことで、事実認識に齟齬が出ないよう行動することができるでしょう』
「たとえば何を食べたとか、そういうことも書いていいのか?」
『……ご自由に』
「なんだ、今の一瞬の間は。ともかく、思い当たることは全部書かせてもらうぞ」
『私の記憶領域は無限ですが、全部を書くというのは非効率的ではありませんか?』
「バカを言うな。全部を書くから効率的なんじゃないか」
『理解不能です』
「直にわかるさ」
フォート村から一番近い、街道沿いの小さな街になんとかたどり着いた。
俺の胸元で二つの指輪が揺れる。そっと握り込み、服の下に隠した。
金のチェーンはこの街で買ったものだ。あれ以来だが、ずいぶんと経ってしまった気がする。
交易路の西端にもほど近く、ここから西に進めば港町。街道を東に向かえばいずれ王都に繋がっている。
きっと将来、マナが旅立つことになるならこのルートだろう。
馬車などを使って二十日の道のりだが、十六年後まで平和だとは限らない。
なので、まずはこの街――フォレストエッジを中心に、周辺を探索することにした。
街道が封鎖された時に使えそうな別のルートや、戦闘経験が積めそうなダンジョンなどをライブラに書き込むのが目的だ。
この街をマナの冒険と修行のための、最初の拠点にする。
そのためにも、情報収集から始めることにした。
酒場に向かう。冒険者のたまり場だ。カウンターの若い女店主が「何にするんだい?」と俺に聞く。
「トラブルを一つ。街の困り事ならなんでもいい」
「アンタ冒険者かい? 悪いけど、ウチはギルドじゃないんでね」
仕事の斡旋はできない……か。
「金ならいらない。この辺りで魔物に困っていたりしないか?」
「怪しいね。冒険者が無償で仕事をするわけないだろ? 困ってる奴はいくらでもいるけどさ……アンタ、何者だい?」
聞き方を間違えたか。バカ正直、未来の娘が勇者として旅立つので、その時に役に立つよう周辺地域の情報を整理して残したい……なんて言えるわけがない。
マナの存在は魔族はもちろん、人間にだって漏らすわけにはいかないんだ。
なら、どう応えよう――
不意に、先ほど戦った魔族のディエルを思い出した。
あいつにはこう宣言したのだ。
「俺の名はログ・ノーティス。王都の名門の生まれにして、いずれ英雄となる男だ」
「はぁ?」
「まだ英雄にはなれていないが、これは偉業の第一歩。だから、金ならいらない」
女店主はプッと吹き出した。
「あは! アーッハッハッハ! 気に入ったよ。こいつはアタシのおごりだ。依頼料代わりにごちそうするよ」
小さなグラスに蒸留酒を注ぐと、俺の前にコトッと置く。
依頼料代わり……か。
断れば、不審がられるだろう。
「ごちそうになる」
グラスの中身を一気に飲み干した。喉が焼ける。熱い。顔から火が出そうだ。
女店主は愉快そうに目を細めた。
「良い飲みっぷりだね。じゃあ……」
言うなり店主は俺の顎に手をのばし、クイッとさせると話し始めた。
何のつもりだこいつ。と思ったが、情報のためだ。黙っておこう。
女店主に酒をごちそうになったこと。その酒の強烈さを俺はライブラに記した。
フォレストエッジから街道を西へ。渓谷を抜けた先の脇道に入る。しばらく行けば廃坑がぽっかり口を開けて待つ。ここが目的地だ。
鉱石を掘り尽くしてしまったあと、放置されたものだとか。
ゴブリンが根城にするには、うってつけのダンジョンだった。
入り口に見張りが二体。
ボロ布を纏い、短剣を手にしている。
距離にしておよそ二十メートル。
岩場の影から様子をうかがっていると――
不意に、ザックの中から本が飛び出した。
俺のそばで開いたり閉じたり、パタパタと飛行する。
『敵の総数は不明です。また、貴方は飲酒をしました。判断力の低下が懸念されます』
「そうだな。なら、酒の味と飲んだ記憶を消却してくれ」
喉が焼け腹の底から熱くなった。そんな強烈さが印象に残っている。新鮮な記憶だ。無くしても良い手頃なものだろう。
『記憶消却では帯びた酒気まで消すことはできませんが?』
「構わない。が、俺が酒に酔っていることだけ教えてくれ」
『了解しました』
一度、ドクンと大きく心臓が鳴動する。魔族ディエルとの戦いの時ほどではないが、魔法力の高まりを感じた。
どうやら……記憶が消えたようだな。
「ライブラ。何の記憶を消したんだ?」
『こちらの記述通りです』
本は俺の手に収まると、風に吹かれたようにぱらぱらとめくれる。
最新の栞が挟まれたページには、フォレストエッジの街にある酒場で女主人から酒をおごられたという情報が書かれていた。
部分的には覚えている。どうやら酒は仕事の報酬代わりとして飲んだらしい。
なるほど、身体が妙にだるいのはその酒が残っているからだ。
「光魔法力を体内に展開。酒気を浄化」
俺の身体がかすかに光り、癒やしの魔法力が体内のアルコールを分解した。論理的な構築はできても、普段の俺なら光魔法の素養が足りずに出来ない芸当だ。
これも記憶を消却したからこそ、成せる業だな。
『正常な状態であることを確認しました。健闘を祈ります』
仕事を終えるなり、本は自らザックの中に戻った。
消却の加護があるうちに、早速始めようじゃないか。
マナが最初に攻略するであろう、廃坑の探索だ。
ここで今、ゴブリンどもを根絶やしにしても、どこからかまた集まってくるだろう。
定期的にフォレストエッジの街を困らせているとは、酒場の女主人の言葉だった。
だから気に入った。十六年後にも、この廃坑はダンジョンで有り続ける可能性が高い。
と、思考を巡らせている間に状況が動く。
見張りの一体が持ち場を離れた。交代要員だろうか。
仕掛け時だな。
俺は入り口付近に残った一体に目がけて、光の矢を放つ。森などと違って遮蔽物もほとんどない。光の矢は真っ直ぐにゴブリンに向かうと、その眉間を貫き即死させた。
岩場の影から一瞬、キラリと輝いた閃光がこのゴブリンが最期に見た光景だろう。
岩陰を回り込むように伝って廃坑の入り口脇へ進む。
「風魔法力を展開。沈黙せよ」
交代要員がやってきた。そいつは地面に倒れた仲間に駆け寄り、膝を折る。
おい大丈夫か!? 何があった!? と、言わんばかりの声を上げているのだろうが、音は響かない。
俺は周囲の空気の振動を減衰させた。仲間に気を取られているゴブリンの背後に回り、短剣で首筋をカッ切る。
悲鳴も漏らさず折り重なるようにゴブリンがもう一体、斃れた。
さて、ここからは一匹足りとも逃しはしない。
女子供だろうと、容赦はしない。
こいつらは魔王の手下。魔族側だ。
学生時代にバイトでゴブリン討伐をした時は、マリエルの戦いぶりの苛烈さに若干引いてしまったが、今の俺はもう、その時とは背負っているものが違う。
魔王に組みする連中は、倒し尽くす。殺し尽くす。
俺を中心に半径二メートルの空間で音が消えるよう、風の魔法力を調整した。
黒衣に身を包み、右手に短剣を。左手に短杖を持って俺は廃坑道へと足を踏み入れた。




