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14/42

14.代償(14/42)

 光の魔法力が俺の身体を包み込み、強固な結界を成すと、攻撃を寸前のところで防いだのだ。


 むしろ、ディエルの拳の方が砕けていた。


「痛あああああああいいいい!」


 ディエルは後ずさる。悶絶し、無事な左手で頭を掻きむしりだした。整った髪が激しく乱れて、前髪のカーテンに隠されていた双眸があらわになる。


 涙目だ。生意気で憎たらしい顔が苦痛に歪む。魔族の瞳の奥には、理解不能な状態への恐怖の感情が揺れていた。


 怯えている。今まで虫けらと侮っていた相手が、急に息を吹き返したのだから心穏やかではいられないだろう。


 一方、光に包まれた俺の肉体は……痛みが消えて文字通り「全快」した。


 まるで全身を、マリエルの手当の魔法で数時間かけて治療してもらったような、そんな感覚だ。


 優しく安らぐあの手触り。もう二度と感じることができないと諦めていた、彼女の懐かしい温もりが甦ったのである。


 ザックの中から無機質な声が響く。


『反撃を開始してください』

「ああ……ここからは俺の手番だ」


 短杖を手にし、光の魔法力を全身から杖へと移す。


 先ほど魔族に対して有効打となった光の槍を形成……した瞬間、小さな刃を維持するので手一杯だったはずが、俺の両手から光の魔法力が奔流となってあふれ出た。


 見る間に短杖全体を包みこみ、さらに伸びて俺の身長ほどもある、長大な大剣の形を成す。


 ディエルの表情が凍り付いた。


「なに……その力! そんな力を隠し持ってたの!? ううっ……間違い無いよ! この匂いだ! 僕が感じたのは……じゃあ、さっきまでの雑魚すぎる匂いは、僕を騙すための演技だったっていうわけ!?」


 明らかに狼狽しているな。


「その通りだ。お前が感じた巨大な光の魔法力の正体は、この俺だとも。俺の魔法力の匂いにまんまと釣られたっていうわけだ」


 ディエルがフォート村に迫った理由は、村を守る結界さえも貫通するほどの、巨大な光の魔法力を感じたからだ。


 それが俺だと勝手に思い込めばいい。マナには指一本触れさせない。


 あとはこいつをどう料理するか……だ。


「お前がどの程度の力を持っているか、試させてもらった。全てのデータを収集した。もう用は無い。倒させてもらうぞ」


 適当にうそぶき、俺は大剣を中段から水平に構える。切っ先が地につくギリギリだ。こんな長物使ったこともないが、重さは短杖が本来持つそれと変わらない。


 間違って自分自身を斬らないよう気をつけながら、踏み込み、横一文字に振るう。


 瞬間――

 目の前で光が爆ぜた。


 金色を帯びた斬撃は衝撃波を伴って、森の木々を伐採しディエルへと迫る。


「ひいぃ!」


 情けない声を上げて、ディエルは地面に這いつくばって斬撃波から逃れた。まるで土下座だ。


 斬撃波は真っ直ぐに進む。ディエルの背後の木々がバッサリと伐採された。鬱蒼と茂る森に一本の真っ直ぐな道を切り開き、その光の力が尽きて雲散霧消するまで斬撃波は進み続けた。


 目視だが数百メートルはくだらないか。

 遠方から視線を近くに戻そう。


 ディエルを注視する。

 土下座状態からなんとか立ち上がった魔族のガキは、身構えるでもなく完全に逃げ腰になっていた。


「ちょっと待って! ねえ! 僕なんて殺しても意味無いって! そうだ! お兄さんは魔族の情報とか知りたくない?」

「お前は信頼に値しない。情報が嘘である可能性を考慮すれば、聞く耳を持つ以前の問題だ」

「や、やだなーお兄さんに限って嘘なんてつかないって! 正直に話すから! なんでも聞いてよ! だからさ、僕を殺すのはやめない?」


 言いながらディエルが半歩後ずさった。


「動くな」

「ひいぃ!」


 俺は大剣の切っ先を真っ直ぐ向ける。


 相対距離はおよそ三メートル。周囲はすっかり拓けていて死角となる木々は伐採済みだ。


 いつでも仕留められる。


 ディエルは完全に戦意を喪失したようだ。


 次に動けばためらいも無く切り捨てよう。


 だが――


 本当に倒すだけでいいのだろうか?


 こいつは自身の利用価値を俺に提案した。


 魔族の言う事など信用できないのだが……。

 一歩踏み込み、ディエルの喉元に光の大剣の切っ先を突きつけ告げる。


「や、やだ……死、死にたく……ない」

「ああ、お前みたいなガキは殺す価値もないな」

「――ッ!? じゃあ、逃がしてくれるの?」

「見逃してやる」

「やった~! お兄さんって良い人間だね!」


 震え声で喜ぶガキに俺は続けた。


「良く覚えておくんだな。俺の名はログ・ノーティス。王都の名門の生まれにして、いずれ英雄となる男の名だ。他の魔族にも伝えておけ」

「わ、わ、わかったよ! ログだね! 君みたいに強い人間がいるって、みんなに言えばいいんだね!」


 じりじりと後ずさるディエル。いつ、背を向けて逃げるかタイミングを見計らっているようだ。


 剣を構えたまま告げる。


「俺の気が変わらないうちに……失せろ」

「うん! ありがとね! もう二度とお兄さんの前には姿を現さないって約束するよ!」


 ディエルは地を蹴ってビュンと後方に跳ぶと、一目散に逃げていった。


 小さなガキの背中が完全に見えなくなるまで光の大剣を構えたまま待つ。


 不意にザックの中から声がした。


『魔族の逃亡を確認しました』

「そうか……」


 フッと全身から力が抜ける。短杖に維持していた光の魔法力を解き放つと、ドッと疲労感が遅れてやってきて、俺はその場に座り込んだ。


 見渡せば森の木々がこの周辺だけ切り株と倒木だらけになっている。もし、魔族と戦うのに村だの町だの人口密集地だったなら、とんでもない二次被害が出るだろう。


『倒すことができたはずの敵を、なぜ見逃したのですか?』

「あのガキには仲間の魔族がいる。あいつがこの森に向かったことを、事前に仲間に伝えている場合、ガキが帰ってこなければ、仲間の魔族がこの森に来るかもしれないからな」

『つまりフォート村を守るために、敢えて逃がしたということですか?』


「その通りだ。あのガキは俺が光の魔法力の発生源だと考えただろう」

『それでは貴方が魔族達の標的になってしまいかねません』

「だから良いんじゃ無いか。フォート村の存在から目を背けさせるには、俺は良い囮役だろ? お前と契約したおかげで、魔族を倒せるだけの力も手に入れたんだし……」


 襲ってくるなら全員返り討ちにしてやる。魔王に付き従う魔族の数は、少なければ少ないほど良い。


 こっちから探して倒す手間が省けるというものだ。


 しかし――


 並みの人間では太刀打ちできない魔族を圧倒する力。その代償は確か……。


「なあライブラ。契約で得た力の代償についてなんだが……今のところ、疲労感はあっても五感に異常を来すとか、デメリットが無いんだが?」

『貴方の大切なものが一つ、消去されました』

「こっちは五体満足だぞ? まさか寿命でも奪ったのか?」


 だとすれば確認のしようもない。寿命なんて尽きてみるまでわからないのだから。

 文字通り命を削る力だというのなら、安易には使えないか。


『違います。貴方は何を失ったのか自覚できていないようですね』

「もったいぶるな。教えろ」


 俺はザックからライブラを取り出した。

 抑揚の無い声が響く。


『思い出してみてください。マリエル・ルミナスの顔を』

「何言ってるんだ。思い出すまでもな……」


 途中で言葉が潰えた。


 思い……出せない。マリエルの顔を。貌を。おぼろげに金髪と青い瞳はイメージできるのに、その顔立ちが頭の中でもやがかかったように、何も……思い出せなくなっていた。


「おい……まさか……いや、これは疲れているからだよな?」

『一時的なものではありません。これは永続的なものです』

「ふ、ふざ、ふざけるな!」

『あの魔族を退けるには、必要な消却でした』

「お前……なんてことをしてくれたんだ!」


 マリエルの顔が思い出せない。彼女の笑顔も、時々見せてしまう泣き顔も、安らかな寝顔も、美味しいものを食べて瞳を輝かせている嬉しそうな表情も。


 消えてしまった。


 これが代償なのか。


『ログ……貴方の魔法力をブーストさせるためには、それほどの悲しみと苦痛と後悔の感情が必要だったのです』

「俺の絶望の感情を前借りして、力を引き出したっていうのかよ!? ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」


 マリエルを失った時に、出し尽くしたと思っていた涙が溢れる。

 思わず手にした導きの書を地面に叩きつけそうになる。


 ギリギリでこらえた。そもそも、こいつがいなければ死んでいたんだ。

 頭では理解できている。


 なのに心の中はぐちゃぐちゃだ。

 代償は甘いものではなかった。


 ディエルをわざと逃がしたのは、失敗だった。


 この先――

 強力な魔族と戦う度に、俺は大切な何かを忘れ続けていくのだろう。


「条件を……整理しようじゃないか」

『了解しました。今回の戦闘のケースを元に、契約による力の行使と消却される記憶の関係性について、ご説明いたします』


 ライブラは語り始める。


 記憶を代償に、その重要度に見合うだけの魔法力増幅を行う。俺にはマリエルのような光魔法の才能がないため、捧げる記憶の重要度は格段に上がってしまった……ということだ。




 魔法とは感情である。

 感情とは記憶である。

 すなわち記憶を失うことで得る絶望の感情が、強大な魔法を生み出す源となる。




 それが契約の概要だった。

 きっと、先に知らされていたら躊躇していたかもしれない。


 迷っている間に、魔族に殺されていたかもしれない。


 追い詰められて、何もわからないまま、なし崩し的に契約してしまったのは……返って良かったのかもしれない。


 そう、思う以外に平静を保つ手段が無かった。


配信予定はこんな感じです。


◆1日目:8月15日(土)

07:00:第1話・第2話・第3話

12:00:第4話

15:00:第5話

18:00:第6話

21:00:第7話


◆ 2日目:8月16日(日)

07:30 / 11:30 / 15:00 / 17:30 / 20:00 / 22:00


◆ 3日目〜6日目:8月17日(月)〜 20日(木)

06:40 / 12:10 / 16:30 / 18:10 / 20:40 / 23:00


◆ 7日目:8月21日(金)

06:40:第38話

12:10:第39話

17:30:第40話

19:30:第41話

21:00:第42話(最終話)

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