13.守るために(13/42)
大木の影から俺はゆっくり姿を現す。
ガキは腕組みして、首を傾げる。ちょくちょくやるのは、こいつの癖なんだろう。
「うーん。おっかしいなぁ。ちょっと前に、くしゃみが出るくらい、強力な光の魔法力の波動を感じたのに」
「ちょっと前って?」
「ちょっとはちょっとさ。人間で言うところの……一週間くらい前かな? いや二週間かな? でね、ボクら魔族にとっては天敵の、才能豊かな人間がこの辺りにいるはずなのに……お兄さん何か知ってるんでしょ?」
時間感覚にブレがあるようだが、思い当たる節は一つしかない。マリエルの死とマナの誕生。その時に何かが、森の結界を超えてしみ出してしまった。
呼び寄せたのだ。コイツを……。
「ああ、知ってるよ。そいつは俺の魔法力だ」
短杖の先端に目いっぱい、光の魔法力を込める。
槍の穂先のように光が凝縮して刃を形成した。
これが俺の光魔法の全力だ。大学で教授に提出した、光魔法「聖域の結界」は、あくまで構築理論であって、俺自身が従前に使いこなせるわけではない。(何度か練習はしたが、持って数秒だった)
これが才能の限界だ。杖の先端に小さな刃を生み出す程度。
マリエルが一度見せてくれた、無数の光剣とは比べるべくもない。
魔族のガキ――ディエルが頬を膨らませた。
「しょっぼ! なにそれ? 先っちょだけじゃん」
「ビビッてんのか?」
「はぁ? まあいいか。そっちのリーチに合わせてあげるよ」
ディエルは自身の両拳に魔法力をとどめた。地を蹴って、俺に向かってくる。
こういった動きは正直、見慣れていた。村の子供達と同じだ。
早く唐突で直線的。ぎりぎりまで引き付けて、交わすと同時にすれ違いざま短杖の先端で一閃。
手ごたえがあった。
ディエルの脇腹から、ドロリと血が滴る。魔族の血も赤いのか。
「う、う、うわああああああああああん! 痛いよおおおおお!」
絶叫しながら両腕をぶんぶん振り回して俺に迫る。避けようにも無茶苦茶で動きが読めない。
ああ、やっぱりガキは苦手だ。行動に秩序がない。
が、悠長なことは言っていられなかった。
ガキの振り回す腕の一撃は、やすやすと木の幹をへし折ってしまう。
あんなもの、まともに相手にしていられるか。
光魔法を解除。
「水と風を合成。大気を霧に変換」
俺を中心に霧が広がった。
一撃は加えた。ディエルがガキなら、村ではなく手傷を負わせた俺を追ってくるはずだ。
足音を立てないように、ゆっくり後ずさる。白い闇の中、こちらも迂闊に動けない。
ディエルが吠えた。
「卑怯だぞ! 隠れてないで出てこい!」
声でディエルがいる方向が大まかにわかる。俺の斜め右前方10メートル以内。
返答には応じない。こちらの居場所に向けて、無差別に衝撃波を撃ってくるかもしれない。
次の一手はどう攻める。魔族に火や氷が効くのだろうか。それらを矢状にして放つにしても、今度は四方八方の木々が邪魔をする。曲げて当てるなんて芸当ができるなら別だが。
であるなら、魔法力を雷撃に変換し、直接相手に触れて流し込む? ある程度、魔法理論は構築できるが、自分自身に逆流してくる雷撃を相殺する工夫が必要だ。
ぶっつけ本番で試すようなものではない。
そもそも、そこまで接近できるなら光の槍で刺せば良いのでは?
なんにせよ大学で戦闘系の講義を履修しておくべきだった。
思考が一巡する間に――
「なーんてね。お兄さん、ボクを怒らせて何か狙ってたのかもしれないけど、そっちの居場所なんてまるわかりだよ」
ブラフか?
自然と身構えた瞬間、霧の中からディエルの拳が俺の顔面目掛けて牙をむいた。反射的に身をそらす。が、こめかみをかすった。
衝撃で世界が揺れる。霧の魔法の維持どころか、意識ごと持っていかれかけた。
倒れる訳にはいかない。斃れるわけにはいかない。なけなしの根性で立ち続けた。少なからず、フォート村での農作業で身体能力を鍛えていたおかげだ。
目くらましの霧が……晴れる。
視界がクリアになる。と同時に、すぐ目の前でディエルが笑いながら俺の腹部に拳を突き込んだ。
「かはッ」
「お兄さんさぁ。ボクの鼻は魔法に敏感なんだよ? 霧も魔法なんでしょ? その中心にいたら、まるわかりじゃん」
しまった。まずい。殺される。このまま……死ぬのか俺は。
まるで体を貫かれたような痛みに、立っていることさえできない。崩れる。地面が近づいてくる。
こらえようにも足のふんばりがきかない。
落ちていく自身の頭部を支えきれず、前のめりに倒れたところで――
「そーれっと!」
まるで遊びの延長線上のように、ディエルは俺の頭を蹴り上げた。
「まだ死なないでよ。お兄さん? もしもーし? 聞こえてるかなぁ?」
地面に横たわったまま、遠くから声だけが聞こえる。朧気な視界にディエルが見えた。
「やっぱり光魔法って特別みたいだね。これくらいの傷ならすぐに塞がるのに、まだ血が止まらないよ。だから、この血が止まるまで、お兄さんを蹴るね」
無邪気に笑い、小さな足が俺を踏みつけ、蹴り上げ、蹂躙した。
あえて蹴り足に魔法力は込めていないのだろう。痛みを与えるよりも屈辱を与えたいのだ。
「お兄さんさぁ。秘密があるなら正直に話した方がいいよ? そうしたら命だけは助けてあげる」
「うる……せえ」
「強がっちゃってさぁ。ねえ、近くに村があるんでしょ? あるかないかだけでいいから。教えてくれたら許してあげる」
うつ伏せで地に這う俺の側頭部を踏みしめて、ディエルは愉快そうに笑った。
「もちろん、村は皆殺しだけどね? 自分の命とどっちが大事かなぁ?」
そんなもの決まっている。
天秤にかける意味はない。村を……マナを守らなくては。
悔しいな。俺の二十数年は、なんのためにあったんだ。
魔法が感情だというのに、それを爆発させることもできないなんて。
このまま、殺されるのを待つだけだなんて。
ディエルの蹴りが止まった。
「あっ……血が止まっちゃった。時間切れだね。話してくれないみたいだし、もう飽きたから殺すよ。村はまあ、ゆっくり探すから。あの世で仲間に会えるように、根絶やしにしてあげるね」
魔族にも天国や地獄の概念があるんだな。
クソッ……クソッ……クソッ……。自分の弱さを嘆くことしかできないなんて。
俺にもっと力があれば。
『私の機能の説明が途中でした。続けますか』
不意にザックの中から声がした。
導きの書……ライブラだ。
今更? ここからどうにかできるわけなんて……。
『ログ・ノーティスに提案します。貴方は魔族など敵にならないほどの、強大な力を手にすることが可能です』
ディエルが首を傾げた。
「腹話術かな? まだずいぶん元気そうだねお兄さん?」
ライブラはディエルには反応せず続けた。
『私と契約しますか?』
契約には条件がつきものだ。特に、こういった話には相応の代償を要求される。
……が、このまま死を待つよりも最悪な事など無いだろう。
「契約……する。早く……しろ」
うめく俺にライブラは言う。
『貴方が貴方以上の力を行使する度に、貴方の大切な物が消却されます』
「なんでも……いいから……実行……しろ! その契約を!」
『契約を完了しました』
ドクンと、心臓が一度、大きく波打つように高鳴った。
ただ、それだけ。
何が変わったというわけでもない。
全身の骨を砕かれたような痛み。身動きすらできず、芋虫のように地に這いつくばったままだ。
ディエルが笑う。
「最後に寸劇を見せてくれるなんてね。ま、面白くはなかったけど。それにしても、人間って死にそうになると、こんな風におかしくなるんだ。僕、これからも、たくさんの人間が死ぬところを見たいなぁ」
そして、魔族は拳を握り混むと、俺の頭部を叩き潰すように突きを放った。
死ぬ――
嫌だ――
その刹那――
魔法を構築した意識は……無い。
が、ディエルの放ったトドメの一撃は空中でピタリと静止した。




