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12/42

12.新たな旅立ち(12/42)

 明くる朝――

 城門のように巨大な扉の前に立つ。


 黒い服に黒い外套。軽く高強度な短剣に戦闘用の魔導師の短杖。ソンチョの秘蔵品と村人達からのカンパで、装備は整った。


 思えば――

 この村にやってきた時はマリエルと二人だった。


 今は……独り、出て行こうとしている。


 村の入り口には人だかりができていた。

 短い間だけど、魔法を教えた子供達も集まっている。


「せんせー行かないで!」

「ダメだよ。先生には使命があるんだ」

「ううっ……帰ってきてね」


 何人かは泣いていた。

 他にも、ガミルら若い男衆や、子供達の父母に村の老人達。

 老若男女。村人総出のお見送りだ。


 その中心に立つのはソンチョ村長だった。

 おくるみに包まれたマナを大事そうに抱きかかえ、俺をじっと見つめる。


「本当に行くんじゃな」


 俺は手荷物の入ったザックの中から、黒い本を取り出した。教会に安置されていた影の書だ。


「ああ。旅先での情報はこいつに書き記す。そうすれば村の光の書に、俺のたどった道程が残るからな」


 一番は、この影の書に「魔王を討伐した」と書き記せることだ。

 だが、俺は途中でたおれるかもしれない。


 マナが勇者として旅立つことになった時、俺が辿ったルートについて情報を残すことができる。

 もちろん、十数年で状態が変わることはあるだろうが、何も無いよりはよっぽど良い。


 もう一度、マナの顔を見る。

 これで見納めかもしれない。


 ぱっちりとした青い瞳に金色の産毛。俺の要素は欠片もないな。それだけマリエルの血が濃いのだろう。


 可愛いな。ずっとここに残ってマナを守りたい。


 だが――


 勇者の父になったのだ。俺なりに、その務めを果たさなければならない。

 そっとマナの頭を撫でる。


「行ってくるよ」

「あう~」


 喋るのはもっと先だ。今は応えてくれただけでも、十分だった。

 顔を上げる。ソンチョに告げる。


「マナを頼みます」

「頼まれたぞ」


 俺が魔王を倒せない場合も考えて、マナには村総出で勇者としての教育をする。それには俺も同意した。


 本当は普通の子供として育って欲しかったんだが、マナが旅立つことになることもあり得るからだ。


 改めて、村人達をぐるりと一望してから全員に告げる。


「行ってきます」



「「「「「行ってらっしゃい!」」」」」



 必ず帰って来いよと、ガミルが言う。


 村の女性達からも、元気でね。健康に気をつけてね。マナちゃんのお世話は任せてと、心強い言葉をもらった。


 魔法を教えた子供達も、授業の続きを何年経っても待ってると声が上がった。

 ここは……フォート村は俺が帰る場所なのだ。


 正面の巨大な扉が開く。

 数多の声に背中を押され、俺は旅立った。




 朝霧に包まれた森を抜ける。

 この霧もフォート村を隠すための、魔法的な仕掛けだった。


 しばらく道なき道を進むと、不意に声が響いた。


『光の書との物理的距離が離れています』


 淡々とした女性の声にびくついた。立ち止まり周囲を確認する。

 鬱蒼とした樹海しかない。


「誰だ!? 誰かいるのか!?」

『私はライブラ。現在地は貴方の所持品袋内です』


 声は確かに、ザックの中からだった。

 取り出すと、本そのものがふわりと宙に浮かぶ。


「な、な、なんだ!?」

『村人達のいる手前、こうしてお話することができませんでした』


 本が……喋っている。魔法力が備わっていると知ってはいたが、正直驚いた。


「お前はいったい、なんなんだ?」

『導きの書の片割れ。ライブラと申します。この度、勇者の父となったログ・ルミナスの旅をサポートすることとなりました』

「サポートだって?」

『はい。本来であれば、私から貴方に直接、この旅を提案する予定でした。ソンチョ村長は反対だったようですが、結果的に貴方が自ら選んでくれたことで計画の遅延はマイナス1%。むしろ進捗したようです』


 宙に浮かんだ本が開いて、蝶のように俺の周囲を舞う。


 こいつは俺が知らない情報を持っているようだ。

 驚いてばかりではいられないな。


「ライブラとか言ったな。今すぐ、お前が持つ情報の全てを開示しろ。隠し事は無しだ。協力関係を築き、お互いに目的を達成させるために共有と最適化を優先したい」

『了解しました。まずは私の役割から説明します』


 本は語り始める。


 が、内容を端的にまとめると、俺が想定していたこいつの運用方法は、まさしくその通りだったらしい。


 勇者が成長するまでに、情報を収集しフォート村に残した半身――光の書に書き記す。


『役割については以上です』

「他に何か機能はないのか?」

『貴方はとても察しが良いですね、ログ・ルミナス』

「その呼び方はやめてもらおう。俺はログ・ノーティスだ」

『なぜですか?』

「ルミナスの姓は外の世界では秘密にしておきたい」

『了解しました。以後、ログ・ノーティスと呼称します』

「で、お前は他に何ができるんだ?」

『それは……』


 ライブラが言いかけた瞬間――

 甲高い少年の声が森の中に響いた。


「あれれ~? こんなところでなにしてんのお兄さん?」


 魔導師風のマントに身を包んだ少年だった。背丈は130センチ台か。


 村の子供ではない。


 青白い肌に、緑色の髪はショートボブ。前髪が顔にかかって目を覆い隠している。

 尖った耳。何よりも異質なのは、その身に帯びた禍々しい魔法力。


 ――人間のものとは思えない。


 俺は宙を舞うライブラを掴んでザックに押し込んだ。


 少年を見据える。前髪に隠れた奥の瞳が、怪しく光る。


 口元を緩ませると、少年は首を傾げた。


「ねえねえ? 今の本……あれ何? 空飛んでたよね? なんかしゃべってた?」

「腹話術と手品だよ。人に見られないよう秘密の特訓をしていたところだ」

「魔法じゃないんだ? じゃあお兄さんは奇術師なの? 全身黒ずくめなんて地味じゃん。もっと派手にした方がいいよ」


 馴れ馴れしく話しながら、不意に少年はマントの下から腕を伸ばした。

 ほんの些細な動作。にもかかわらず。


 たったそれだけで、少年の手から放たれた魔法力の塊が俺の身体を吹き飛ばした。森の大樹に背中から激突する。


 肺に走った衝撃に一瞬、呼吸が止まる。

 木の根元にずり落ちるように、崩れる。が、前だけは向いた。少年の次の動きを注視する。


「くっ……いきなり……ご挨拶だな」


 少年は再び首を傾げる。腕組みをしてため息交じりだ。


「あれあれ? やっぱり本当にただの奇術師なの? ボクの勘違いだったのかなぁ」

「勘違いって?」


 少年は鼻をひくつかせた。


「光の魔法力の匂いがしたから調べに来たんだ。けど、森に入った途端に匂いがわからなくなっちゃって。不思議だと思わない?」


 フォート村を隠すため、森に掛けられた迷いの魔法の影響だろう。正直に話してやる義理はない。


「さっきから何を言ってるのかわからないが、気のせいじゃないか?」

「ん~! それは無いよ。だって、明らかに森に何か仕掛けがされてるんだもの。ボクの鼻を誤魔化す魔法結界でもあるんじゃないかな」

「魔法……結界?」

「うん。結界があるってことは、隠したい何かがあるんでしょ?」


 まずい流れだ。


「ねえ、お兄さんってこの近くの集落の人でしょ? 案内してよ?」


 こんなヤバい奴をフォート村に招くわけにはいかない。


「ああ、わかった。案内しよう。しかし、いきなり吹っ飛ばしておいて無茶苦茶だな」


 俺はよろよろとよろめくふりをしながら立ち上がる。この正体不明のガキが話している間に、呼吸も整った。


 軽口を叩きつつ、腰のベルトに下げた短杖を抜けるよう備えた。


 ガキは白い歯を見せた。


「やったー! お兄さんいい人だね! さ! 行こう行こう! きっとそこにいるはずだよ! ボクのお目当ては!」

「こっちだ……着いてこい」


 俺が村とは正反対の方向に歩き始めると……。


「お兄さん嘘つきだね。そっちはボクが通ってきた道だよ?」


 背後でガキが冷たく呟く。


「実は地元の人間しか知らない秘密の抜け道があるん……だッ!!」


 振り向きざま短杖にありったけの魔法力を集約して、ガキに向けて解き放った。

 やったことは、このガキの挨拶と同じだ。


 魔法力をそのままぶつける衝撃波。原始的で、もはや魔法とも呼べない代物である。

 それでもフォート村の城門くらいなら、凹ませられる威力はある。


 にもかかわらず――

 ガキは手のひらで受け止めるような素振りを見せる。と、難なく俺の放った衝撃波を握りつぶした。


 信じられない。こっちは殺すつもりで全力で打ち込んだんだぞ。

 それを片手でねじ伏せたなんて……。

 ガキが照準を定めるように、手のひらをこちらに向ける。


「やっぱり魔導師じゃん。ボク……嘘つきって大嫌いなんだよ……ねッ!」


 ガキが腕を振るう。今度は魔法の起動と軌道がハッキリ見えた。暴力的で粗野な剥き出しの魔法力の塊。洗練さなど欠片も無い。


 模倣しておいてなんだが、こんなもの王立魔法大学だったらF評価だ。


 衝撃波が来る。俺は森の大樹の裏に飛び込むように逃げた。たった今、俺が立っていた地面がえぐれて吹き飛ぶ。巻き添えで何本か大樹がなぎ倒された。


 樹上の鳥達がけたたましく一斉に羽ばたいていく。


 俺にも翼があったなら、一緒に飛んでいきたい気分だ。


 だが――


 こいつは放置できない。食い止めるなり倒すなりしなければ、フォート村にたどり着くかもしれない。


 ガキの正体はわからない。が、おそらく狙いはマナだ。

 マナを……守らなければ。


 ガキが不満げに声を上げた。


「あっ! ちょっと! 逃げたら当たらないでしょ!」


 大木に背を預け、隠れたままこちらも叫ぶ。


「お前は一体なんなんだ!?」

「ボク? お散歩好きで通りすがりの……君達人間が言うところの魔族ってやつ」


 なるほど。やはりといえば、やっぱりか。

 王立魔法大学の在学中にアルバイトでゴブリン討伐をしたが、連中とは比較にならない。


 化け物とはこういう輩のことを言うのだろう。


「魔族か……名前は?」

「先に名乗るのが礼儀なんじゃない?」

「ログ・ノーティスだ」

「ノーティス? どっかで聞いたような……」

「で、そちらさんは?」

「ボクはディエルだよ! みんなが泣き虫ディエルってからかうから、自分の名前……あんまり好きじゃないんだ」


 訊いてもいないことをべらべらとしゃべる。が、引き出せる情報は多いに越したことはない。


「目的は?」

「聞いてどうするの? もうすぐ死んじゃうのに?」


 俺を殺すつもりのようだ。


「交渉したい。そちらの要求は?」

「ボクの要求? うーん、なんだろ。あっ! あのね! ボク、強い人間と戦いたいんだ」

「なんで人間と戦いたいんだ?」

「だって魔族同士だとさ、ボクって弱いからいっつも負けちゃうんだ。ちょっと強いくらいの人間と戦って、成長したいんだよ。で、いつか他の連中の鼻を明かしてやるのさ。泣き虫ディエルじゃなくなるようにね」


 嬉しくない情報ばかりだな。


 一つ。低く見積もっても、こいつは俺の最大出力を基準にして、およそ三倍以上の魔法力を片手間でぶん回してくること。


 一つ。そんなガキが魔族の中じゃ最底辺だということ。


 一つ。現状、俺の手札をどう組み替えても、圧倒的な出力差の前では焼け石に水であること。


 マナが成長したら、魔族の王と戦うことになる。ふざけてるのか。

 過去に勇者はどうやって、こんな化け物どもを倒したっていうんだ。


 今の俺に出来ることは――


「じゃあ、弱い人間と戦う意味は無いんじゃないか? 俺はこの通り、たいしたことがないんだ」


 乗ってこい。いや、乗ってきてくれ。こちらの口車に。言いくるめるしか手立てがない。フォート村から少しでも、意識をそらさせなければ。


 なんなら、俺を倒して満足して帰ってくれてもいい。

 大見得切って旅立って、即終了かよ。史上最低レベルの情けない勇者の父親だ。


 それでも、抗ってやる。


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