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霧のメサイア  作者: 川端矢次郎
第一章 聖女の手のひら
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1-6. いざなう太陽

 帰り道。

 大型のトラックなどがビュンビュン駆け抜けていく幹線道路からガードレールと草むらを抜けた先に砂浜があった。


 どうせだから、夕陽で真っ赤になった海でも見て帰ろうということになった。

 義父が待つ家に帰るのを少しでも遅らせたいという思いがなかったとは言えない。

 わざわざ里帰りにまで来ておいて、自分は何がしたいんだと思った。




 有為子は波打ち際にしゃがみ込んで、木の枝で砂を引っ掻いていた。


「こんな綺麗だったっけなぁ」


 ヨシヤはオレンジ色の光の筋がたゆたう水平線に目を細め、素朴な言葉を漏らした。


「一年ぶりだもんね」


「なんか、何もかもこんな感じだったっけなぁって感じ」


 ヨシヤは、実家の天井の高さを思い出した。

 座り心地の悪いソファーを。

 痩せこけて見えた義父の頬を。


「私も?」


 いきなり予想だにしない角度から、答えづらいことを聞かれたように思った。

 一年会ってないのだから、そりゃあ変わったに決まってるのだが。


「あー、うん。背ぇ伸びたか?」


「背は全然」


「あ、そう……」


「私もねー……兄さんこんな感じだったっけな、って思ったよ」


「そ、そう?」


「彼女できたからかな」


 それを言われるとヨシヤはなんとなくバツが悪くなって、手をポケットに突っ込んだり腰に当てたりした。


「……お前はなんかないのかよ? あの男子たち、けっこうお前のこと気になってるだろ」


「ね。あいつら私のこと大好きすぎ。私ってば超可愛いから」


「おいおい」


 あまりのあけすけな言葉にヨシヤは苦笑いした。

 モールでクラスメイトたちと話していたときとは大違いだった。


「……なんつーか、お前は偉いよな」


 急に、自分でも驚くほど率直な心の内がそのまま口を突いて出た。

 何を言っているんだろう?

 しかし、ヨシヤは外面がよいということを人として重要なことだと思っていた。



 有為子は不思議そうにヨシヤを見ていた。

 言い出してしまった以上、全部言ってしまえ、という気持ちになった。


「……誰とでも仲良くできるさ。あの母さんとだってうまくやってんじゃん? 俺なんか、初対面のときは超喋るけど二回目以降話すのがキツくてなぁ」


「……ううん」


 有為子は、何か本当にくだらない話を聞いたというみたいに冷めた目で膝に顔をうずめ、首を横に振った。




「……兄さん以外みんなきらーい」


 ヨシヤは息が詰まった。

 その言葉をヨシヤは、子供じみた厭世家気取りのたぐいだと思おうとした。

 自分だけがこの世界の汚さを見抜いている、とでもいうような、人生のある時期特有のやつだ。

 そういう気持ちにはヨシヤにも身に覚えがあった。


「ああー、ごめんなさーい!」


 どこか遠くから女性の声が聞こえて、首からリードを引きずった芝犬が走り寄ってきた。

 犬は有為子の足元に頬をこすりつけた。


「やめとけよ。そういうの、子供っぽいぞ」


 有為子は答えなかった。

 ほんの少しだけまた深く膝に顔をうずめたように見えた。

 



 空が、やけに赤かった。


 ……違う。

 まるで空に大きな穴が空いたように。

 太陽が影に喰われていた。


 日蝕だ。


「……は?」


 空からくぐもった鐘の音が鳴った。

 それはまるで、空が一枚のカーペットで、その上で暮らす子供たちが色々な音階のベルを鳴らして遊んでいるかのようだった。


 音が重なっていく。

 光が広がっていく、空の真っ黒な大穴から。


 有為子は砂浜に膝を抱えていた。

 いくら犬がじゃれつこうが、そちらへ視線を向けようとはしなかった。

 

 こういうとき、エリナならきっと笑って犬の頭を撫でるのだろうと思った。

 あの子とは大違いだと思った。


 エリナ?

 エリナって誰だ?




 ヨシヤは光の洪水にたまらず目を細めた。


 そして次に目を開けたときには──




 ──そう、ヨシヤは森の中にいたのだ。

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