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霧のメサイア  作者: 川端矢次郎
第一章 聖女の手のひら
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1-17. ナイショですよ?

「……ヨシヤさん。ヨシヤさん?」


 頬をぺちぺちと叩かれて、ヨシヤは目をぱちくりさせながら顔を上げた。

 目の前にエリナの顔があった。

 エリナは、ヨシヤが目覚めたのを見ると口角を少し引き上げた。

 

 エリナの黒い髪がさらさらとこちらへ垂れてくる。

 相変わらず綺麗な顔してるな……。

 

 そんなことを思ったのも束の間。

 窓の外からはもう日が差し込んでいた。



「おはようございます」


「……うおっ。悪い、がっつり寝ちゃったよ」


「私こそ、ごめんなさいね。まさかずっとそんなところで寝ていらしたなんて」


 ヨシヤは寝室の壁際から身体を起こした。

 背中がバキバキに痛む。

 頭はハッキリしてる割に、いまいち寝た気がしなかった。


 元々、ヨシヤはアンドレアと交代で盗賊たちを見張るつもりだったのだ。

 ちょうどいい時間になったら起こしにきてくれとアンドレアには言っておいた。

 それなのに、結局あの男は一度もヨシヤを起こしに来なかった。


 大慌てで階段を駆け降り、広間まで向かう。

 盗賊たちは一人も拘束から抜け出すことなく横たわっていてヨシヤは胸を撫でおろす。


 その広間の真ん中に、アンドレアは仁王立ちしていた。


「お、お前……ずっと見張ってたのか!?」


 アンドレアは答えなかった。

 すると、後ろから続いて降りてきたエリナがあり得ないことを言った。


「いいんですよ。アンドレアは眠りませんから」


「ちょっ……ええ? なんかエリナ、アンドレアにだけ遠慮なくね?」


 それがヨシヤの及び知らぬ、二人の深い仲の成せる業だとでもいうのか……?

 その割に、二人は相変わらず言葉を交わそうとしなかった。

 嫉妬のしようもない、というのがヨシヤの心情だった。


「アンドレア。兜を取って見せてあげなさい」


 突然のエリナの命令を、アンドレアは聞かなかった。

 広間の真ん中でいつまで経っても身じろぎひとつせず突っ立っている。

 エリナは困ったように笑うと、自分からアンドレアに駆け寄って、兜に手をかけた。


 アンドレアは少しだけ抵抗するような素振りを見せた。

 だが、あえなくその兜は外された。


「ヒェッ……!!」


「ふふ」


 兜の下から、どんな仏頂面の男が出てくるのだろうと思っていた。

 あるいはどんな美男子が出てきて、ヨシヤのエリナへの気持ちをドギマギさせてくるのだろうと。


 誰もいなかった。

 兜の中は空っぽだ。

 朝の光が甲冑の内側を虚しく照らしていた。

 ヨシヤはひっくり返りそうになった。


「お、お化け……!!」


「ふふ……失礼しちゃいます。ねえ、アンドレア?」


 エリナは腰をかがめ、空っぽの甲冑の顔を覗き込むみたいにしてお茶目に笑ってみせた。


「えっ……か、空っぽだったの? 今までずっと? 空っぽの甲冑を連れ歩いてたの? ていうか、じゃあそもそもソイツなんなのよ」


 そりゃそうだ。

 魔法があるんだからお化けの甲冑だっているはずだ。

 こういうのはファンタジーにありがちなやつじゃないか。


 ヨシヤは思いつく限りの疑問を矢継ぎ早に並べ立てた。


「これはですね。私が魔術で動かしているんです。人形術、というのですが」


「ま、魔術……そっか、そういうの使えたんだ……」


「私は霊気(オド)がとても弱いので、これ以外の術を使えないのですが……でも、とっても便利なんですよ?」


 エリナは腕を組んで軽く人差し指を立てた。


「導師は、一定の戦闘能力を持つ従者と必ず行動を共にしなければならないと規定で定められています。村に一人で来ているのも、本当はダメなんです。ですから……彼を従者として登録しておくと、色々と都合がよくって……」


「きみ結構悪い子だね!?」


「ふふ……内緒ですよ?」


 エリナは立てた人差し指を唇に当ててお茶目に笑った。



 そんなとき、ヨシヤの目に、暖炉の上に飾られた絵画が目に入った。

 赤い空、日蝕の太陽、膝をついて天に向かって手を掲げた男。


 なんだか、この世界へ飛ばされる前に砂浜で見たものにそっくりじゃないか?




「オラッ! きびきび歩けッ!」


「ヒ、ヒィ〜」


「ヨシヤさんッ! いけませんよッ!」


 盗賊どものケツを蹴り上げて先を歩かせるヨシヤを、エリナは大真面目に叱りつけた。


 アンドレアの件があった後、ヨシヤは盗賊たちをロープで数珠繋ぎにした。

 ある者の首に巻いたロープを次の者の手に、という具合である。

 全ての盗賊たちを一列に繋いだ後で足のロープを切ってやった。


 枯れた川沿いを歩いて村へ向かう彼らはまるで、歴史ものの映画か何かで蹂躙された国の男たちが奴隷として捕囚されるシーンそのものである。


 ミンタは自分の足で歩けると言ったが、どこからどう見てもまだふらついていた。

 今はアンドレアの腕に抱え上げられ、木々の木の葉の裏側などを眠たげな目で眺めていた。



「……なあ、導師様」


 オズはいつの間にか、口に詰め込まれた干し草を吐き出していたようだった。

 余計なことを喋らせるべきではないんじゃないか。


 そう思っていたヨシヤは、彼の次の言葉に耳を疑った。


「こいつらの命だけでも、助けてやってくれねえか」


 エリナは、オズの顔にちらと視線を向けた。

 今にもオズを制止するところだったヨシヤは、開けた口をゆっくりと閉ざした。


 エリナの隣を歩いていたアンドレアが、少し足を速めて前方へ離れていく。

 この先の話をミンタに聞かせるべきじゃない。

 エリナがそう思ったのかもしれなかった。


「俺は元々、貴族の三男坊だった。7年前の戦争じゃあ帝国の術師隊にいたが、自分の意志でこの道に落ちた。でもな……こいつらは違う。住んでた村を霧に呑まれた、戦争で村を焼かれた……そんな奴らばかりよ。許せとは言わねえ……だが、生きるために仕方なかったんだ」


 オズは遠くの空を見上げて、哀れっぽく肩をすくめていた。

 彼の顔には何か諦めと、暗い清々しさのようなものが浮かんで見えた。

 奪い、踏みにじり、喰らって生きる日々。

 そんな日々が今日やっと終わったと、そんなふうに感じられたのだろうか?


 盗賊たちは、実に様々な顔を見せた。

 オズの言葉に、唇を噛んで涙ぐむ者もいた。

 未だ状況を分かっていなさそうな者もいた。

 

 それがそのまま、各々の悲惨な背景を映し出しているようにも見えた。

 そのどれもがオズの言葉に輪郭を与えていた。


 土を踏む男たちのざくざくという足音が、しんみりとした静けさの中でうるさかった。


「頼むよ、導師様」


 オズは小さく頭を下げた。

 大袈裟な仕草ではない、むしろひどく小さな動きだった。

 それがかえって哀れに見えた。


 エリナは、なんでもないみたいにオズから顔を前へ向き直らせた。

 ほとんど冷たいとまで言ってよかった。


 「あなた方には手を出さぬよう、村の方々には言い含めてあります。あなたたちの身柄は騎士団に引き渡し、公正な裁きを受けていただくつもりです。悔い改めて生きるのならば、私は協力を惜しみません」


 まるで、今さら言われるまでもないというふうに述べた。

 上辺には慈悲らしき感情の色すらも伺わせない声。


 エリナはオズの言葉に何ら心を打たれなどしなかったみたいだった。

 答えなど最初から決まっていたのだ。


「当然、あなたもですよ」


 オズは感極まったのかもしれない。

 がっくりと肩を落とし、ふるふると震えた。

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