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霧のメサイア  作者: 川端矢次郎
第一章 聖女の手のひら
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1-15. 初めての異世界無双

「ゴペェッ!?」


 従順な下僕と思っていた男に、前触れもなくレンガで後頭部をいかれたオズは奇声をあげて椅子から転げ落ちた。

 床の上でビクンビクンと小刻みに痙攣するオズを見下ろしながら、ヨシヤは「やっちまった」と訳のわからないことを思った。

 事ここに及んで、やっちまったも何もないだろうが。


 レンガを握る手のひらがじっとりと汗ばんでいた。


「オ……アアッ」


 オズが、ガタガタと震える手を床に突いた。

 立ち上がろうとするような動きだった。

 ヨシヤは咄嗟に、というよりは大慌てで、オズの頭を思い切り踏み抜いて床に叩きつけてやった。


「ヌゥンッ!!」


「ミ゜ッ!!」


 オズは一度弱々しく手を持ち上げた後、その手をべしゃりと床に落とした。

 そうして、完全に動かなくなった。


 ……死んだか?

 オズは白目を剥いて口から泡を噴いていた。

 デロリと舌が垂れ下がっている。

 自分でやっておいて何だがあまりに酷い顔だ。

 男前が台無しだった。


 首だけをぎこちなく動かして、札遊びをしていた盗賊たちの方を見た。

 最初、ヨシヤは彼ら盗賊たちに総攻撃を受けることも覚悟していた。


 だが、そうはならなかった。

 みな何が起こったのか分からないというふうに口を開けるばかりで、誰一人、止めに入ろうとすらしなかったのだ。


「え、なにしてんの?」


 四人いたうちの一人がそう聞くのがやっとだった。

 ヨシヤは、ルドの姿のまま二階への階段を駆け上がっていった。



「お、お頭!? うわ、完全に伸びてるよ……。あいつどうしちゃったんだ? 分け前少ないの拗ねてんのか?」


「俺ちょっと見てくるわ」


 下の階から聞こえてくる声は笑えてくるほど危機感というものが感じられかった。

 呑気な足音が階段を上がってくる。


「おーい、ルド? お前さぁ、どうしちゃったのよ。何かあったんなら話だけでも聞くぞ」


 二階まで上がってきた痩せた長身の盗賊、ニックは、廊下に入ってすぐのところにある寝室のドアがかすかに開かれたまま揺れているのを見た。

 ドアを軽く手で押して寝室に入ろうとしたとき、その陰に隠れていたヨシヤはドアに全体重で突進した。


「アァァイッ!!」


「ゴッ!?」


 ニックはちょうど身体の半分のところで思い切りドアに挟まれた。

 ドア枠に後頭部を強く打ち付けて、目の焦点がぐにゃりとする。


 ふらついたニックの胸ぐらを掴んで寝室に引き摺り込む。

 ヨシヤはドアを足で蹴って閉めると、ニックの後頭部を三度ほど壁に叩きつけてやった。

 ニックの身体から力が抜ける。

 膝を屈したニックを、ヨシヤは投げ捨てるみたいに離してやった。


「ハァッ……ハァッ……」


 ヨシヤはプルプルと震える自分の手のひらを見た。

 よく見ると、人差し指の皮がズル剥けていた。


 それからすかさずヨシヤは、ルドからニックの姿へと変身した。

 背が高くなって、視界がほんの少し上に上がる。

 身体を内側から捻じ曲げられるような感覚はまだ慣れそうもない。


 部屋を出ると、別の盗賊が階段を登ってくるところだった。

 黒く長い髪をオールバックにして後ろで結んだ、背の低い太った男。

 こいつがトマンダだったか?


「うお、ニック……ルドのやつはどうした?」


 トマンダは警戒しているというより、ただただ困っているみたいだった。

 彼が階段を登り切ったところで──ヨシヤは、その腹を思い切り蹴飛ばしてやった。


「えっ」


 トマンダの身体が階段の上で宙に浮いた。

 彼の太った身体は真っ逆さまに一階へと落っこちていった。


「ゴボォ!?」


 最後の二、三段に背中をぶつけて広間の床を転がっていくトマンダ。

 そこに駆け寄る者がいた。


「うおっ。なんだなんだ、気をつけろってお前さぁ……」


 白目を剥いたトマンダの顔を覗き込む盗賊が誰だか、ヨシヤは分からなかった。

 ヨシヤはニックの姿のまま、先ほどオズを殴打したレンガを悠々と拾う。

 そして、やましいことなど何もない人のように胸を張って近付いた。


 両手で振りかぶったレンガを彼の後頭部に振り下ろした。

 あまり聞きたくない類いの鈍い音がして、彼は声も上げずにトマンダの上に崩れ落ちた。


「ひっ……! な、なんだお前!?」


 最後に残った者が一人いた。

 小柄で顎の細い、ギョロ目の男。

 臆病者のケリー、とルドが言っていた。


 なんでも『村で略奪をはたらくときも戦いには一切参加せず、金目のものをポケットに詰め込むためにうろちょろしているだけのろくでなし』、なのだそうだ。

 同じろくでなしにしてもどちらがマシかヨシヤには分からなかったが、聞いた話の通りケリーはエントランスの方へ逃げ出した。


「ひ、ひぃ〜〜〜〜!!」


 玄関口から飛び出たちょうどそのとき、甲冑の腕がケリーの頭にグーパンを喰らわせた。

 ケリーは左半身からビターンッ!と土の上に叩きつけられた。


「ポゴッ!!」

 

「ごめんなさいね」


 エリナは一撃で昏倒したケリーの背中を踏みつけ、凄まじい手際で彼の腕を後ろ手にロープでぐるぐる巻きにしていく。


 ヨシヤは急いだ。

 白目を剥いたオズの首根っこを掴んで屋敷の外まで運ぶ。

 体格に優れたオズの身体は恐ろしいほどに重く、途中で何度も爪が剥がれるかと思った。


「……腕輪!」


「……はい!」

 

 エリナはオズの腕を背中側にひねって、黙石の手枷をはめた。

 これでこいつはもう魔法とやらを使えない。

 ヨシヤは、山を一つ越した気持ちに胸が軽くなった。


「……ロープ!」


「……はい!」


 エリナはヨシヤの手に、ナイフと一緒にロープの束を手渡した。

 そして、ヨシヤはオズの姿へと変身した。

 視界が高くなる。

 肩幅が広がる。

 顔を触るとそれはもう慣れ親しんだ感触ではなかった。


「どお? 似てる?」


「そっくりです!」


「よしッ!!」


 屋敷の中では、騒ぎを聞きつけた他の盗賊たちが様子を見に出てきていた。


「お、お頭!? なんなんすかこれ!?」


 床で泡を噴いて痙攣する仲間たちのひどい有り様を前に、彼らは至極当然の困惑を見せた。

 ヨシヤは腹に力を込めた。


「て……てめえらァ!! 並んでこっちに背中向けろォ!!」


 ヨシヤは慣れない怒声で喚き散らした。

 オズの声はこんなものだっただろうか?


「はいッ!?」


「聞こえねえかァ!?並んでッ!背中をッ!向けろォ!!」


「へ、へいッ!!」


 盗賊たちは誰も逆らわなかった。

 ヨシヤはロープをちょうどいい長さに切り揃え、並んだ盗賊たちの手を列の端から順に縛り上げていった。


「お、お頭……これは一体……?」


「文句あんのかァ!!」


「い、いえッ!!」


「し……死にてえかァーッ!!」


「いいえーッ!!」


 途中で、さすがに一人くらいは何かがおかしいと気付くのではないかとヒヤヒヤしていた。

 だが、そんなことにはならなかった。




 それから、30分もかからなかった気がする。

 ヨシヤは屋敷じゅうの盗賊たちの拘束を無事完了させた。

 手足をロープで縛り上げられたむさ苦しい男どもが、芋虫みたいに広間に横たわっていた。



「終わっちゃったよ」


「ンンーーーッ!!ンンーーーッ!!」


 口に干し草を詰め込まれたオズが釣り上げられたばかりの魚みたいにのたうち回っていた。


「この能力強すぎだろ……」


 このときヨシヤは二つのことを学んだ。


 人間は、味方だと思っていた人間にいきなり殴りかかられても即座に反撃できないこと。

 そして、暴力はけっこう疲れるということだ。

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