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霧のメサイア  作者: 川端矢次郎
第一章 聖女の手のひら
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1-14. 突撃! 悪い奴らのアジト

 話に聞いた通りのレンガの屋敷が見えてくる頃、すでに日は傾き始めていた。


 そういえば、これって夜になったらどうやって帰るんだ?

 当然のことながら街灯など立ってはいない。

 ここに来るまで悪路続きだった。

 あちこちに張り出した木の根を跨いで歩く必要があったし、枯れた川沿いは大小様々な石が転がっていた。

 日が落ちれば足元さえまともに見えなくなるだろう。

 ヨシヤは今頃になって、どうして明日の朝まで出発を待たなかったのかと後悔した。




 屋敷のレンガは灰色がかって煤けていた。

 ところどころ蔦が這っている。

 それでも、瓦屋根の二階建て家屋は森の中で目立っていた。


 屋敷の玄関脇の柱の陰にエリナとヨシヤは身を寄せた。

 その後ろから遅れてアンドレアがやってきた。


「ヨシヤさん。お怪我をされたら私がすぐに治します。だからといって、無茶はなさらないでくださいね」


 エリナは声を小さくして囁いた。

 持ってきた鞄を地面に下ろし、中から黙石の手枷と、それからロープの束を取り出す。

 穴の底からヨシヤたちを引き上げるために結んで繫がれたロープの束だ。


「ああ、分かってる。それより、エリナこそ気をつけろよ。外に出かけてた奴が戻ってくるのだってあり得なくないからな」


「そのときは、アンドレアがいますから」


 そう言ってエリナはアンドレアの甲冑のチェストプレートを軽くノックした。

 エリナにしては、あまりにぶっきらぼうな手付きに見えた。

 一体どういう関係なんだ?

 二人が会話しているところを未だ一度も見たことがないだけに、余計に奇妙に感じた。




 ヨシヤは一度息を吐いて、扉に手をかけた。

 極力そっと開けたのにも関わらず、蝶番がけっこうな音を立てた。


 中に入ると空気が埃っぽく咳き込みそうになる。

 壁は日焼けして黄ばんでいたが、その中にひときわ綺麗な四角形の部分が目に入った。

 額縁でも架けられていたのが撤去されたのだろうか。


 エントランスには割れた花瓶の破片が散らばっていたが、それらが土埃と混ざりつつ、道を作るように左右の脇に退けられていた。

 荒れているなりに、誰かがここを使っている痕跡がある。

 

 金属製の帽子かけのそばに縦長の鏡が置いてあった。

 縦に真っ二つに割れた鏡面を覗き込む。

 そこに映っていたのはルドの姿だった。

 変身は完璧だった。



 ここには人質がいる。

 最善は、最後まで誰にも見つからず人質を探し出し、屋敷の外まで連れて逃げおおせることだ。

 ヨシヤは足音を殺し、奥へと足を踏み入れた。


「……ルド?」


 廊下から出てきた四角い顔の男が目を丸くして突っ立っていた。

 ……いきなり作戦失敗であった。


「おっ、おいお前……無事だったかぁ!!よかったぜぇ……お頭ぁ!! ルドが帰ってきやした!!」


「アァ!? ルドてめぇ生きてんのかてめぇ!!」


 乱暴な声が奥から響いた。

 四角顔の男がヨシヤを引っ張っていく。

 こいつがマウラか?

 ルドから聞いた人相によく似ていた。


 ヨシヤは引っ張られるままに、エントランスから一つ先の広間に通された。

 中央には大きなダイニングテーブルがあった。

 床には空き瓶や食べカスが転がり、壁際には盗んできたものなのか荷物が乱雑に積まれていた。


 テーブルの誕生日席にいるのが、お頭──オズだと一目で分かった。

 オールバックのブロンドヘアと彫りの深い顔。

 大柄でがっしりとした肩に、薄汚れてはいるが仕立てのいいベージュ色のコートがかかっている。

 椅子に腰掛けたまま長い足をテーブルの上に投げ出していた。


 広間には他の盗賊たちもたむろしていた。

 床でトランプみたいな札を持ってゲームに興じているところだったが、みなこちらへ向き直った。

 全部で四人いた。

 そのうち一人が立ち上がって仲間の帰還を出迎える。


「よかったぜ、ルド。ポポは残念だったが……」


 背が高く痩せぎすの男がヨシヤの肩を叩いた。

 こいつはニックか?


「ずいぶんと遅ぇお帰りだったなァ」


 オズはヨシヤの方を見向きもせず爪をいじっていた。


「へ、へぇ……村のやつどもに捕まっちまいやして……フヘヘ……」


「……なんだァ、その気色悪ぃ喋り方」


 青い瞳がギロリと睨んで、ヨシヤは肩をすくめた。

 オズの背後には暖炉があった。

 その上には絵画が飾られている。

 赤い空の上に日蝕の太陽が浮かび、跪いた男が空へ手を掲げている絵だ。

 男の身に纏った服は、どこかエリナの僧衣に似て見えた。


 ヨシヤは広間の中を目で探った。

 広間には二階への階段がある。

 また部屋の対角には、さらに奥の廊下へ続くドアが開け放たれていた。



 オズは、それ以上ヨシヤに話しかけようともしなかった。

 生きていようが死んでいようが興味もないというのだろうか?


「あ、あの、お頭……村から攫ってきた娘っ子はどうしました?」


 ヨシヤは、まず真っ先に人質の安否を探った。


「あ? どうもしねえよ。死体で送り返そうかと思ったが……あの堀に妨害柵、ありゃあもう一匹攫ってくるのメンドいしな」


 生きている。

 ヨシヤは安堵が顔に出そうになるのをどうにか堪えた。


「今、娘っ子はどこにいます?」


「あ!? 前と変わんねえよ」


 くそ、と思った。

 前と変わんねえ、じゃ何も分からないじゃないか。


「なんでそんなこと気にする。そういう趣味か?もうちょい年上の女攫ってくりゃ楽しめたんだがなぁ」


「え? あ、あはは……お、俺もあいつらに捕まって……死ぬかと思って、はらわた煮えくり返ってんすよ。ちょいと虐めてやりたくなりましてね」


「はぁ……好きにしろ」


 首領はまたそっぽ向いて爪をいじり始める。

 それ以降、手がかりになるようなことを口にしそうもなかった。


 ヨシヤはオズの背後の方に回って、暖炉をいじるふりをした。

 オズはそんなヨシヤに何の興味も持たなかった。

 他の盗賊たちも肌遊びに戻り始めている。


 ヨシヤは、暖炉の足元にちょうどいいレンガが落っこちているのを見つけた。

 崩れた暖炉の一部だろうか?

 煤で黒ずみ、角が欠けている。


 ヨシヤはそれを手に取った。

 喉がカラカラに乾いてきて、生唾を飲み込む。

 手のひらがチリチリしてくる。

 心臓が脈打つたびに頬や耳が内側から膨らむみたいに感じた。


 ヨシヤは大きく息を吸い込み、手に取ったレンガを持ち上げ──オズの後頭部に思い切り叩きつけた。

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