1-11. 優しい警官
礼拝所に盗賊を運び込むと、すぐに彼をロープで拘束した。
ノエルを穴の底から引き揚げたロープを短く切って厳重に手足を縛りあげた。
ノエルを、ヨシヤを、エリナを救ったロープが、ある意味で今度は盗賊の身を救ってやっている。
因果なものを感じないでもなかった。
ロープを何度も引っ張って拘束が十分であることを確認してから、ヨシヤはエリナにナイフを見せてやった。
ここでネタバラシだ。
「……なんですか、これ?」
しゅこしゅこしゅこしゅこしゅこしゅこ……。
ナイフの切っ先を、無言で本当に何度も何度もシュコシュコさせるエリナ。
そうだ。
オモチャのナイフだ。
有為子とショッピングモールに買い出しに行ったとき、クラッカーのついでに雑貨屋で買ったものだった。
なんでこんなものを買ったんだと思っていたが、まさかこんな使い道が生まれるとは……。
エリナは執拗にナイフの刀身に手を擦りつけ、傷ひとつない自分の手のひらを確かめた。
それから、盗賊の足をそっと掴んだ。
「痛みませんか?」
「は、はい……」
「よく見なよ。俺が刺したところ、ズボンに穴空いてないだろ。血まみれだったおかげでバレなかったみたいだな」
ヨシヤとしては、ルド自身ネタバラシされるまで本気で刺されたものと思い込んでいたのが興味深かった。
あまりに迫真の悲鳴をあげるものだから、意外と演技派なのかと思ったほどだ。
エリナは、結び目を解かれた風船みたいに力が抜けて息をついた。
「……驚かせないでください」
さて。
礼拝所の祭壇奥には手狭な控室があった。
古びた机と椅子が置かれ、壁際には燭台が立っていた。
村人たちのざわめきは扉の向こうに遠ざかり、息が詰まるように静かだ。
ヨシヤとエリナはこの盗賊の男──ルドと名乗る男を、ここで尋問することにした。
ヨシヤは、村人のおかげで俺とエリナは期せずして「優しい警官」になったな、などと考えていた。
「で、盗賊のみんなの、アジト? の場所とか知りたいんだけどな」
「そ、それは……」
ルドは頬を引きつらせ、目をそらした。
喋れば仲間たちに殺されるかもしれない。
あるいは、用済みになったら今ここで殺されるかも。
……とでも考えているのだろうか。
「なあ……脅すわけじゃないんだけどさ。いつまたあいつらが乗り込んできて、お前を殺させろって言い出すか分かんないんだよ。まだ全然状況はヤバいわけ」
「そ、それは……」
「俺だってあんたを助けたいんだ。協力してほしいんだけどな」
「…………」
ルドは頑なな様子だった。
面倒だな、と思った。
「つーか、俺が誰だか言ったっけ? よそ者なんだよね。この村の人間じゃないの。無関係なの。なのに何やってんだって感じだけど……」
ルドは少しだけ顔を上げた。
目の前の男には自分を殺す理由がない……そう考えて、心を開く気がしてきたのか?
縮こまった肩からわずかに力が抜けた。
「だからなんつうか……村のやつらにはついていけないんだよ。丸腰の相手を寄ってたかって滅多刺しってさぁ……俺なんかオモチャのナイフで刺すのもビビってたんだぜ? あいつら頭おかしいよ。正直ちょっと引いたぜ」
エリナは、そんな言い方は到底承服しかねる、という顔をした。
だが口は挟まなかった。
「アハハ……で、ですよねぇ」
ルドは気が緩んだのか、媚びたような笑いを浮かべた。
ヨシヤはとっさに彼の胸倉に掴みかかりそうになった。
「……で、だ」
ヨシヤは、意図せず自分の声が低くなるのを感じた。
「お前ら、村の子供を人質に取ってるって話だろ。悪いけど、それだけはどうにかしたい」
悪いけど?
何が悪いっていうんだ。
自分でも言っていて何がなんだか分からなくなってきた。
「で、ですよね……」
「だから、どこで生活してたのか教えてほしいんだけど」
ルドは、ヨシヤとエリナの顔を交互に見た。
そして、また俯いて沈黙した。
ルドはずいぶん長い間黙っていた。
その沈黙を、ヨシヤは破ってはいけないような気がした。
彼は今、仲間を裏切るかどうか重大な瀬戸際で揺れている。
その邪魔をしてはいけないような気がした。
そして、やっとのこと、彼は口を割った。
「村の入り口から出て……谷の方に向かうと、森の中に二階建ての大きい家があります。霧が近づいてきたんで、ちょっと前にみんなでそこに逃げ込んだんです、それで……」
「大きい家?」
ヨシヤはエリナの方を見た。
心当たりがありそうに見えた。
「何か特徴はありませんか?」
「あ、赤かったです! てか、レンガでした。なんか金持ちっぽい感じでした」
「レンガ……」
この村に来てからヨシヤが目にしたのは、どれも木造の質素な家ばかりだった。
雨風凌げれば上等というような、生活するための箱だった。
レンガ造りの大きな家。
それだけでも大きな手掛かりだ。
「話に聞いたことがあります。昔、このあたりに領主様の別宅があって、それが霧も近付いてきたというので放棄されたと。霧は低い方に流れますから……」
「それじゃん!」
「ルドさん。部屋の間取りはお分かりになりますか? 人質の女の子がどこにいるか、ご存じで?」
「お、俺は子供の世話とかしてなかったんで、詳しい場所は……。でも、お頭はいつも一階の広間にいました。なんでも元貴族だったらしくて……豪華な部屋だったんで、気に入ってました」
「仲間の数は?」
と、今度はヨシヤが聞いた。
「えっ、と……お頭と、セッタ、マウラ、ニック、トマンダ……。じゅ、10人くらい? っすかね」
「ふむ……とりあえず全員ぶん名前言ってくれるか」
ヨシヤのその言葉を聞くとエリナは、すぐさま近くの戸棚から紙とペンを取り出した。
「お頭……は、オズって言うんすけど……それから、マウラ、セッタ、ニック、トマンダ、ポポ、ケリー、ニック……ええっと……それからバズとバザン? そんなとこっす」
「ニックさんは二人いらっしゃるのですか?」
「に、二回言ってましたか?」
「お一人なんですね」
エリナが紙にサラサラと名前を書き綴る音が聞こえる。
「じゃあ、それぞれの人相を教えてくれるか?」
「に、人相?」
ルドが言うのと同時に、エリナも怪訝そうにこちらを見た。
そこまで知る必要がどこにあるのか疑問のようだった。
「えーと、まずお頭はイカした外套を着てるから分かりやすいと思うんですけど、割と男前で……マウラはなんか顔が四角くってぇ……」
ルドの言い方はひどく大ざっぱだったが、それでも背丈や目立つ傷など全員を見分けるだけの材料を教えてくれた。




