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霧のメサイア  作者: 川端矢次郎
第一章 聖女の手のひら
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1-9. 二つの問い

「あーーーーーっ……はいはいはいはいはい……なるほどなるほどそういう感じね?」


 異世界人を名乗る者を見つけたときのための法律が存在する。

 それを確かめるための質問がある。


 つまりこの世界では、異世界人の存在がある程度把握されているわけだ。


 極めつけはその質問の内容だった。

 もしもヨシヤが「異世界人の判定のためにできる限り多くの人が答えられる質問を作れ」と言われたら、たぶん同じような結論に至るだろう。

 合理的な質問だと思った。


「これで合ってる?」


 ヨシヤは二本の小枝を使ってその図形を作った。

 十字形。

 エリナは、焚火の明かりに照らされた小枝をじっと見つめた。

 かすかに息を呑んだ。


「……はい、正解です」


「二問目もあるんだっけ? どんどん来てくれよ」


 こちらからも聞きたいことは山ほどあった。


 異世界人が来た前例はどれだけあるのか?

 そのうち、元の世界に帰った奴はいるのか?

 帰るための手段は確立されているのか?


 俯くエリナの顔を見て、ヨシヤは余計に、あの砂浜に残された有為子のことが思い出された。


『兄さん以外みんなきらーい』


 最後に聞いた有為子の言葉だった。

 なんてことを言うんだ、とヨシヤは思った。


 父母の再婚を、ヨシヤは汚らわしいものだと思った。

 有為子だけは何も知らないものと思っていた。

 あの家の中で、自分だけがくだらないことを考えているのだと思っていた。


 けれど、ひょっとしたら、それは都合のいい思い違いではなかったのか?

 上手くやっているように見えた有為子が、何も感じていなかったとどうして言える。

 有為子が有為子だけのしがらみの中にいなかったと、どうして言える。


 帰らなければならない。

 ヨシヤはそう強く思った。


 その手がかりとなる少女が有為子の生き写しのような顔をしている。

 なんだか運命のいたずらのようにも、とんでもない皮肉のようにも思われた。


「では、二つ目の問いです」


 エリナは少しだけ声を落とした。


「……甲虫の名を冠する四人の吟遊詩人がいました」


「吟遊……?」


「四人は聖者の名を貶め、彼らの歌は焼かれた。四人の名を答えなさい……という、問いです」


「…………」


 ヨシヤは最初、ホメロスだとかヘシオドスだとかいった名前をおぼろげに思い浮かべた。

 だが、すぐに首をかしげる。


 世界中の誰でも名前を知ってる吟遊詩人なんて思い浮かばなかった。

 ましてや四人組の吟遊詩人なんて……。


「あ……」


 頭を悩ませているうちに、ヨシヤは発想を転換しなければならないような気がしてきた。

 そして、先ほどまでとは別種の寒気がヨシヤを襲った。


「ジョン、ポール、ジョージ、リンゴ……で、合ってるか」


「……!」


 正解であることは、エリナの表情を見れば明らかだった。


 甲虫の名を冠する、四人の吟遊詩人。

 ビートルズのことだ。

 そう確信した。

 おそらくこの世界にロックバンドなどというものが存在しないから、吟遊詩人などという言い回しになったのだろう。


 二つ目の問いは、一つ目と明らかに設問意図が違っていた。


 この質問を作ったのが誰だかは知らないが、要するに異世界人かどうかを判定することが目的なら、向こうの世界に住む人なら誰でも答えられるような質問じゃなきゃならないはずだ。

 その点一問目は限りなく広い時代、広い地域の人が答えられるようになっている。

 かなり理に適っていた。


 では二問目はどうだ。

 そりゃあ、そこまで音楽に興味のないヨシヤでも名前を知っているといえ、イエスキリストと比べればごくごく最近の存在だ。

 つまり、この質問で知りたがっている内容というのは異世界人かどうかじゃない。

 その異世界人が、どの時代から来たのかではないか?


 そして、これは答えていい質問だったのだろうか?

 ヨシヤは答えてしまってからじわじわと後悔し始めた。


 厄介な技術を持ち込んでくる異分子として排除される。

 そういう可能性だって十分にあり得たからだ。



「どちらも、正解です」


 そう言うエリナ自身が、ヨシヤの正解に一番驚いているようでもあった。


「それで、正解するとどうなるの? なんか景品とかもらえたりする?」


「ごめんなさい、そういったものは持ち合わせがなくて……規定では、その導師の従者となる、と定められています」


「従者に?」


「ええ」


 エリナは頷いて、少し離れたところに立っているアンドレアの方を見た。


「彼の同僚、ということになりますね」


 エリナに手を伸ばしたときはあんな機敏な動きで間に入ったアンドレアが、今はぴくりとも動かなかった。

 そういえばヨシヤは、まだ彼の声を一度も聞いたことがない。

 不気味な野郎だと思った。


「アンドレアだけではないんですよ。霧がかかっていて私しか村に来られなかったのですが、寺院にはあと2人従者の方がいます。一緒に住み込みで働いていただくことになりますが……お嫌でしょうか?」


「いやいやいや、渡りに船っつーか……俺もいきなりこっちにきて生活どうしようかなって思ってたとこだよ」


 ほとんど本音だった。

 加えて言うと、現状で元の世界に戻る手がかりを探すならエリナについていくのが一番いいように思った。

 彼女の所属するその寺院という組織が、異世界人についてより多くを把握していると見るべきだった。


 従者にするというのも、要は体よく異世界人に首輪をつけようという腹積もりに違いない。

 上等だと思った。



「あ、あの……」


「ん?」


「先ほどの問いについて、こちらからお伺いしたいことがあって」


「なんだよ」


 なんだかエリナは照れ臭そうだった。


「ジョンさんやポールさんって、一体どなたなのですか? 私、導師になったときからずっと気になっていて……歌が焼かれるとはどういうことなのでしょう。 歌って焼かれるものなのですか……?」


 ジョン・レノンやポール・マッカートニーをさん付けで呼ぶエリナをヨシヤは異様におかしく思った。

 ヨシヤは寺院という組織を不気味に思っていた。

 しかし、この子は肝心なところは何も知らされていないんだと思った。


 さて、ジョンさんやポールさんについて何と説明してやればいいものか……。




 考えていると、突然遠くから恐ろしい悲鳴が聞こえた。

 畑が広がっている方からだった。


「逃がすな!」


 そんな物騒な言葉まで聞こえた。

 ヨシヤとエリナは立ち上がって声のした方を見た。


 農具を持った村の人たちが、逃げる一人の男を追いかけていた。

 男は必死で走っていた。

 だが、畑の柔らかい土に足を取られて前のめりに転がる。


 次の瞬間、村人たちが男に群がった。

 叫び声と泣き声。

 おのおのが手に持っていた農具で、その男を上から何度も突き刺しているように見えた。


 エリナは血相を変えて駆け出した。

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