ニガウリのソテー
その日の授業が終わり、その場で待っていると、いつものようにネルがやってきた。しかし、俺の周りにいる二人に少し困惑した様子だった。
「クロード、今日は……一緒に帰れる?」
「あぁ。ただその、帰る前にジル達と勉強会をしないか? ネル、勉強得意だろ?」
「うん……? まぁ、勉強は少しだけできるけど。勉強会かぁ。私もいていいのかな?」
「いいだろ。というかネルがいなかったら俺も帰る」
「えっ! そっか。まぁ、なら勉強会は参加するよ」
俺はひとまず安心した。これでネルが断ったなら、ジルとリリーは残念に思うだろうからな。それに、ネルとの勉強会なら俺も得るものがありそうだ。
「ネルは教えるのが上手いからな」
「そうかなぁ……そうだといいけど」
ジルとリリーは「よろしく」とネルに挨拶し、四人で図書館へと向かった。教科書を持って、三階にある例の自習室に集まる。
四角い椅子に、俺の隣にネルが、そして対面した席にリリーとジルが座り、勉強会が始まった。まずネル以外の三人が、自分の苦手な科目や分野について報告し合うことになった。
俺が特に苦手な科目といえば、やはりあれだろう。
「俺は薬草学が苦手だ。特に調合のやり方はな」
次に、リリーが苦手な科目について話す。
「私はね、回復魔法を含む魔法全般と……歴史が苦手かな」
最期に、ジルが言い放った。
「俺は全部苦手だ」
結局、ジルのために次の試験の範囲である回復魔法、薬草学、そして応急処置についての勉強をすることになった。ネルは教科書を開き、みんなに「二十二ページを開けて」と指示する。しかし、ジルは例のごとく教科書を忘れてしまっていた。
そこで、彼の隣に座っていたリリーがすぐさま教科書差し出す。
「一緒に見よう」
「あぁ、すまん……助かるよ」
しかし、二人は随分と仲がいいんだな。ジルはいつも俺の隣の席にやってくるし、帰りもずっと一人だった。ならば、二人はいつ知り合って、こんな関係になったのだろうか。幼馴染ということは地元が一緒なのか。少し気になるなと思いつつも、今聞くのは違うような気がしてやめておいた。
そして、ネルが授業を始めた。
それはそれは分かりやすく、あのジルでも七割は理解できている様子だった。七割は快挙だぞ。リリーも、熱心にネルの話を聞いて、時に手元にメモをしていた。
今回教わった内容は、俺からすれば既に知っている内容だったが、復習にもなるしそれなりに充実していたと思う。
ある程度内容を進めたところで、ふと、窓の外を見た。
「外、暗いな」
ネルはハッとして、そっと教科書を閉じた。
「今日はこんなところかな。キリもいいし。どうする? また後日とか……?」
すると、リリーは大きく頷いた。
「また教えて! ネルさん! 明日とかでもいいよ、明日にしよっか!」
「え! 明日? まぁクロードがいいなら、いいけど」
今日の勉強会で、きっとリリーはネルのことを尊敬するようになったはずだ。俺が初めて勉強を教えてもらった時にそう思ったから間違いない。とにかく、ほぼ初対面だったネルとリリー、そしてジルがこうしてつつがなく勉強会を終えることができたのは、きっと良いことなのだろう。
俺は立ち上がって、身体を伸ばした後に言った。
「ネル、一緒に帰るか?」
「うん! 帰ろ」
「あと、前に約束していた夕飯も今日こそ食べよう」
「いいの? やったぁ」
「他の二人はどうする?」
すると、リリーとジルは同じタイミングで首を横に振った。なんて連係力なんだ。
「俺は購買に行くから」
「わ、私もそう。購買に用事があってね」
そうなると、ネルと二人で行くことになるな。賑やかなのもいいが、二人きりでじっくり話すことができるのも嬉しいな。
そして、リリーとジルはそそくさと図書館を出ていった。すると、ネルが不思議そうに首を傾げた。
「あの、クロード。購買ってさ、もう閉まってるよね?」
「あ……確かに」
◇
ネルと共に、閉まる間近の食堂までやってきた。もう時間も遅いため、他に食事をしている人は少なかった。カウンターに行って料理を注文し、銅貨を支払う。
俺は日替わり定食を、ネルはニガウリのソテーを注文していた。まさか、それを本当に頼む人がいるとは。
席に着いて、一息ついてから二人で食事を始めた。人間としての、人間らしい食事である。
しばらくしてから、ネルに聞いてみた。
「どうだった?」
「うん、ほんのり苦味が効いてて美味しいよ」
「あ、いや。そうじゃなくて、今日の勉強会がどうだったかなって」
「あ、そっちね! うん……まぁ、相手がどう思っているかはわからないけど、少なくとも私は楽しかったよ。すごく」
「そうか。良かった」
「みんなで勉強するなんて、初めての経験だよ」
そういえば、以前にもネルはそういったことを話していたな。人が嫌いな訳ではなく人が彼女を嫌っている────。
俺が関わっていて、ネルのことを嫌いになる場面なんて一度もなかったがな。
「クロードは、今日どうだった?」
「ネルの教え方がうまくて感心した」
「そ、そうかな……」
「勉強になった。ありがとう」
「はは、まぁそう言ってくれるのは嬉しいよ。つい、謙遜したくなるけどね」
その後、しばらく無言で食べ進めていると、ネルから強い視線を感じた。何か言おうとしてはやめてを繰り返している様子だった。
「どうした? 何か言いたいことでも?」
「あっ! いや……大した話じゃないんだけどね」
「なんだ?」
「クロードの食べてるやつ……どんな味なのか気になるなって。でも、それだけ」
なんだ、そんなことか。
「じゃあ、俺が注文してきてやる。勉強を教えてくれたお礼におごってやろう」
「えっ! いや、それはいいよ! 今食べてる分でお腹いっぱいだし、それに……」
「うん?」
「そういう意味で言ったわけじゃないから、その……ま、また今度注文してみるよ」
「日替わりなのにか?」
「う、うん……? まぁ、うん」
ネルはやけに動揺している様子だった。彼女にしては珍しいほどだ。何か他の意図があったのだろうか。それを俺が汲み取れなかったから、彼女は困惑したのか……赤面までしているようだ。
少し申し訳ないことをしたな。今俺が食べているのを一口分けてあげるとかは……流石に嫌だろうな。
「ネル、すまない」
「えっ! いや、私こそ煩悩でごめん……」
「?」
そういった会話をしているうちに、俺達は夕飯を完食した。普段は購買で済ますか、いっそ夕飯を食べない生活を送っているため、こうやって人と食べるのは新鮮だ。
そして、二人で食堂を後にした。寮までの短い道のりを、二人で歩く。コツコツと反響する靴音を聞きながら。
そしてふと、ネルが言った。
「今日、ほんと楽しかったな。明日も勉強会だよね? 楽しみだぁ」
「ネルは教える側なのに楽しかったのか?」
「そりゃあね。みんなで何かをするっていうのは楽しいよ。クロードも楽しかったでしょ?」
「まぁ、そこそこ」
「そこそこかぁ」
ネルは星空を見上げて、天高く指を指した。
「クロードって、星見るの好きだよね」
「何故そう思ったんだ?」
「前言ってたじゃん、『ネル、星が綺麗だぞ』って」
「あれはだな……」
なんだか急に恥ずかしくなった。何故だろう、こんな感情は中々味わうことができない。言い表せないこの、誤魔化したいような、隠れてしまいたいような……不思議な感覚だ。
「ネルはよく下を向いてるから、たまには星でも見たらいいんじゃないかって、そう思っただけだ」
「なにそれ! ……でも、ありがとね。今日も、私を誘ってくれて嬉しかったよ」
ネルが、あまりに純粋な笑顔を見せるから、俺は余計に恥ずかしくなった。




