スタンピード
結局、ネルは故郷に帰省してしまった。正直に言うと学園に残っていて欲しかったが、後半には帰ってこれるらしいので良しとする。
俺は長期休みでも開館されている図書館に入り浸り、ひたすら呪いについて調べていた。また、シーナ先生におすすめの一冊も借りた。
しかし、分かったことはといえば、呪いの研究は世界的にもあまり進んでいないことくらいか。呪いを祓う方法も、その種類によって違い、それを突き止めることすらも困難であると本には書かれている。
また、人が呪いにかかる多くの原因は〝何かをしようとした代償〟であると言われている。俺の記憶が消えたのは、俺が何かしようとしたからなのか? ……調べても調べても、謎が深まるような気がして、俺はとうとうシーナ先生を頼ることにした。
例のごとく医務室までやってきた俺は、ノックをして先生の返事を待った……しかし、中から聞こえてきた「どうぞ」の声は、別人のものだった。
俺が恐る恐る入室すると、そこには白衣を着たネム先生の姿があった。
「こんにちは、クロード」
「ネム先生……? シーナ先生はどうしたんだ?」
「シーナは出張があってしばらくいないんだって。だから私が、代わりに医務室を担当するんだ。よろしくね」
「あぁ……よろしく?」
ネム先生は首を傾げた。
「で、どうしたの? 怪我はしてないようだけど」
「あぁ、いや。シーナ先生に相談というか、聞きたいことがあったんだ。出直すよ」
「えー、私に聞いてみたら? 一応」
「まぁそうするか。一応な」
俺は図書館で借りた呪いの本を取り出して、それを先生に見せた。
「先生はもう知っていると思うが、俺は呪いによって過去の記憶がない」
「うん、だから魔道具開発部で大暴れしたって聞いたよ」
「大暴れはしていないが……とにかく、その記憶を取り戻すために色々調べていたんだ。そして、呪いの原因は何かの代償であることが多いと知った」
「ほうほう」
「俺の記憶が無くて、かつ思い出そうとすると頭痛や吐き気に邪魔されるという症状は……やはり何かの代償だったりするのか?」
ネム先生は「さぁ」と言って首を横に振った。
「でもクロード、呪いってのはそう単純なものじゃないんだよねー。難しいけど」
「?」
「例えばもし仮に、呪いを祓ってクロードの記憶が取り戻せたとして、その先に何が待っているかが分からない。その呪いが、もしかすると誰かが君を守るために人為的にかけた呪いかもしれないんだよ」
「呪いを人為的に?」
「そう。私は魔法を使うと魔力が暴走するっていう呪いがかかっていてね……その呪いに被さるように、魔法を使えなくする呪いをかけることによってなんとか身を守っているんだ」
「ほう」
魔力の暴走……シオみたいなものか。
「だから、クロードの記憶が消えているのにもそういった理由があるのかも。だから無理やりこじ開けようとすると、何か良くないことが起きるかもね」
「そうか……残念だ」
「残念だねー……これ食べる?」
ネム先生は机に置いてあった食べかけのケーキを差し出してきたが、断っておいた。
「で、新たな疑問が生まれたんだが。ネム先生は魔法が使えないのに魔法学園の先生なのか? それに、医務室まで担当してるし」
「あぁ、私はね。魔道具の先生なんだよ。クロードは専攻してないけど、魔道具の授業ってのがあるでしょ?」
「そういうことか。だから魔道具開発部の顧問なんだな」
「医務室に来た怪我人や病人は魔道具で治療するよ。ちょっと原始的なな方法かもだけどね」
魔道具てま治療か。なんだかロマンがあるな。それに、俺は知っている。軽い怪我や病気などは自分で治せてしまう魔法学園……医務室に来る生徒の大半が暇つぶしや悩み相談ばかりであるということを。俺も、怪我が理由で医務室に来たのはネルが小型の魔獣から毒を受けたあの日くらいだ。
すると、背後からノックの音が響いた。ネム先生が「どうぞ」と言うと、扉がガチャリと音を立てて開いた。中に入ってきたのはアランだった。
「失礼します……クロードか、丁度いい」
「どうした?」
「色々あって魔道具が必要になった。ネム先生がここにいると聞いてな」
そして、アランがネム先生に言った。
「先生、少し……無理なお願いなのですが。大丈夫ですか?」
「大丈夫かどうかは聞いてから決めようかなぁ」
「魔獣の〝スタンピード〟が、俺の故郷で時期に起こるとの噂なのですが……魔道具で解決できないでしょうか?」
「スタンピードねぇ……うーん。規模によるかな」
「村が崩壊する恐れがあるほどの規模……ですかね」
「いつ起こるの?」
「近々としか」
「うーん、うーん……」
ネム先生はしばらく考え込んでから言った。
「ま、頑張ってみようかなぁ」
「ありがとうございます! その、申し訳ないのですが急いでいただけると助かります」
「わかったよ。で、スタンピードには大抵原因があるよね。それは分からない?」
「森の奥にある魔力溜まりが徐々に大きくなっているとのことでした。学者の見解では、そこに魔獣が集まってきて……いずれ魔力溜まりの魔力が暴走したときにスタンピードが起こると」
「なるほど、魔力溜まりねぇ」
すると、アランが声を荒らげた。
「ネム先生、お願いします! このスタンピードには前例もあり、村の危機なんです!」
「わかったよぉ、なんとかするから」
「頼みましたよ……」
「明日また、昼くらいにここに来て。魔道具を完成させて持ってくるよ」
「明日……? 早くないですか?」
「だって急いだほうがいいんでしょー?」
「わ、わかりました! お願いします!」
ネム先生は「また徹夜だぁ」と言ってあくびをした。そして、俺の方を見て言う。
「クロードは戦闘のできる仲良しな暇人を連れて、同じく明日の昼にここへ集合ね」
「俺もなのか? それに、戦闘できる仲間を連れてくるってのは……」
「スタンピードを阻止するための戦力を集めなきゃでしょ。もちろんそれにクロードも加わるの」
「わ、わかった」
ということは、俺もアランの故郷に行くのか。まぁ、レオやシアあたりが暇だし強いから丁度いいだろう。シオは……多分まだ無理だな。
アランは申し訳なさそうに言った。
「クロード、お前にも手伝ってもらうことになるとはな……俺の故郷のことだから迷惑をかけたくなかったんだが」
「いや、俺はどうせ暇だ。ネルも帰省して、呪いの勉強も上手くいかなくて途方に暮れていたからな」
「そうか。すまないな」
「気にするな」
アランは強く「ありがとう」と言った。




