感情豊か
長期休みまでの間、徐々に授業が自習などに変わり、学園全体が休みムードになっていった。そして小さな試験や最後の授業が終わり、とうとう長期休みに突入することになった。
冷えた風が魔法学園の背の高い建物の隙間を縫って吹き、次第にみんな厚着になっていった。
ネルと遊ぶ約束をした日、長期休みの一日目。俺は前と同じ集合場所に向かった。
すると、そこには既にネルの姿があった。今日は寒いからか、マフラーまでつけている。しかし、今回は集合が早いんだな。
「ネル、おはよう。温かそうな格好だな」
「おはよう、クロード! 今日は朝から寒いし、厚着してきちゃった」
「しかし随分と早いな。俺も早く来すぎたと思っていたぐらいなのに」
「えへへ……楽しみだったから。それに、今日は早く起きすぎちゃって」
「そうか。俺も楽しみだったぞ」
俺たちは、ゆっくりと街の方へと向かった。前回は四人で行ったが、今回は二人……なぜだろう、ネルと一緒にいることには慣れているはずなのに少しだけ緊張していた。
不思議だな……街だって何度か行ったことがあるはずなのに。
「ねぇクロード、今日もあの店で食事してもいい? きっとダリオンさんも喜ぶから」
「いいぞ。あの店の料理は信頼できるからな」
「よかった。丁度、長期休みに帰省することになったってダリオンさんに報告したかったんだ」
「そうか」
帰省か。俺が人間だったら、やはり楽しいイベントなのだろうか。この魔法学園で一番長い休みだから、寮で暮らしている生徒たちにとって、一年に一度のチャンスだ。でも俺は何をしよう……そうだ、図書館にでも行って呪いについて勉強しようか。
俺は長期休みにやることができて少し安心した。このまま何もしないよりはいいだろう。本当に、去年まではどうしていたんだろうと不思議に思う。
ふと、冷たい風に吹かれて身体が震えた。薄着すぎたのか……? 人間には毛皮がないもんな。
「クロード、もしかして寒い?」
「大丈夫だ。慣れている。それに、最大限防寒してこの格好だ」
「え? マフラーとか手袋は持ってないの?」
「持ってない。必要ないからな」
「でも風邪ひくよ?」
「ひいたらヒールする」
ネルは呆れたような顔をした。すまないな、魔獣というのはサバイバルな生き物なんだよ。マフラーとか手袋とか、そういうのには慣れていないんだ。
その後、俺たちは気の向くままに街を歩いて、気になった店に入っては何も買わずに出ていく。そんな繰り返しが、なんだか幸せだった。ネルもそう思っているのだろうか。
やがて、例の食事処に差し掛かった。丁度腹が減っている。見上げると、太陽が真上にあった。
「ネル、昼食にしようか。丁度いい時間だし」
「そうだね。お腹すいたからいっぱい食べよう」
「そうだな」
俺たちは店に入り、空いてる席に座った。カウンターにいたダリオンは、ネルを見つけると、こちらに駆け寄ってきた。
「ネルじゃないか。また来てくれたんだな」
「うん、またここの味が食べたくなっちゃったよ」
「そうか。いやぁ、会えてよかったよ。で、もう一人はネルの彼氏かい?」
「かっ……! いや、そのっ……」
「違ったか?」
ネルは酷く動揺していた。顔も赤いし、言葉にも詰まっている。そ、そんなに嫌だったのか……? 俺は、少しだけ傷ついた。
魔獣だから、人間の言う〝付き合う〟というものがあまり分かっていないが、流石にこの反応はちょっとな……。
「そ、そんなことよりダリオンさん! 今度村に帰ってディアンタさんに挨拶することになりました」
「お、そうなのか! 良かった、気が変わったんだな」
「私としては帰りたくないんですが……流石にディアンタさんにはお世話になったので。最近は手紙すら返していないので、このまま無視するのは失礼かなって」
「きっと彼女も喜ぶはずだ」
ネルは「そうですかね」と言って苦笑いした。本当に帰るのが嫌なんだろうな。しかし、ディアンタという人物はネルの家族がいなくなってからも面倒を見てくれて、さらには学園にいても会いたがってくれているんだ。きっといい人なのだろう。
その後、俺たちは食事を注文した。待っている間にもどんどん腹は減り、早く食べたいという気持ちでいっぱいだった。昔アランが言っていた〝クロードは食事が好き〟というのはこういうことなんだろうな。
「なぁ、ネル」
「どうしたの?」
「……〝付き合う〟ってどんな感じなんだ?」
「えっ! つ、付き合うっていうのは……うーん。私も経験がないから分からないや」
「ネルもそうなのか?」
「逆に、あるように見えないでしょ……あはは」
ネルは恥ずかしそうに笑った。この質問はもしかすると答えにくいものだったのかもな……ネルが人間のことを教えてくれるとはいえ、質問の内容くらいは選ばないとな。
「すまないな、ネル」
「えっ? 何が?」
「いや、その。答えにくい質問だったかと」
「うーん、まぁ答えにくいといえばそうかもね……」
「だよな」
「……」
ネルはしばらく黙って、何かを考えている様子だった。そして、俺から目を逸らして言う。
「く、クロードは誰かと付き合いたいと思ったこと……ある?」
────その瞬間、食事が席まで届けられた。テーブルの上に並べられた豪華な料理は、空腹の身体を震わせるほどに美味そうだった。
「美味そうだな……ネルの頼んだやつも美味そう」
「そ、そうだね! 美味しそう」
「で、何の話だっけ?」
「さぁ……私も忘れちゃった」
「そうか。思い出したらまた言ってくれ」
「うん、そうするよ」
俺は盛り付けられた分厚い肉を、ナイフとフォークで切り分けて口に運んだ。ほどよい酸味のあるソースが柔らかな肉を混ざり合い、俺は思わずため息をついた。
「ネル、また来よう」
「早いね!? まだ一口目だよ? ……でも、そうだね。また一緒に来たいね」
「みんなとでもいいし、二人でもいいな」
「そう?」
「あぁ。今日一緒にいて気づいたんだ。ネルと二人っきりなのって、すごく幸せだなって」
「なっ……!」
ネルは驚いていた……でも何故?
「……ネルはそう思っていないのか?」
「ううん! そんなことないよ! ただね、クロードがそう思っていたことにびっくりしちゃった」
「意外か?」
「意外っていうか……嬉しいというか」
「そういうことか」
俺はまた、食事を再開した。
ネルは感情豊かだな。普段は落ち着いている方だとは思うんだが……俺といる時はなんだかソワソワしていることが多い。
何故だろう。俺ってそんなに関わりづらいのか?
難しいな……。




