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医務室

 医務室に着く頃には、ネルの息が荒くなっていた。心なしか顔も赤い気がする。やはり、毒のせいとみて間違いないだろう。


 俺は、一度ネルを地面に降ろした。



「立てるか?」


「うん、ギリギリね……ありがと」



 俺は医務室の小さな建物に近づいて、ドアをノックした。



「シーナ先生? いるか?」



 すると、扉の奥から先生の声が聞こえてきた。



「クロードですか? どうぞ、入ってください」



 俺はネルに肩を貸しながら、医務室の中へと入った。部屋の中には三つのベッドとそれを仕切るカーテンがある。そして奥の薬品が沢山並べられた棚の前に、シーナ先生は立っていた。



「その子は……怪我人ですか?」


「あぁ」


「診せてください。さぁ、ここに座って」



 彼女はもう一つの椅子の上にネルを座らせると、すぐさま腕の怪我を確認した。



「毒ですね。魔獣によるものでしょうか」


「そうみたいだな」


「後でたっぷりと事情を聞かせてもらいますが、一旦治療をしますね」


「……」



 シーナ先生がネルの患部に手をかざすと、その周囲が薄緑色に光って、やがて傷口はきれいさっぱり無くなった。


 ネルは腕を動かしたり、立ち上がったりして、先ほどまでの症状が消えていることを確認する。そして、先生に頭を下げた。



「あの、ありがとうございます」


「どういたしまして。治って良かったです」



 シーナ先生は右目を隠していた髪をかき上げて、こちらを見た。



「で、クロード。何故魔獣に噛まれるような場所にいたんですか? 学園の敷地内には結界が張られているので、魔獣は現れないはずですが」


「いや、その……」


「まるで彼女と一緒に森にでも行っていたかのような────」



 すると、ネルが慌てて先生の話を遮った。



「あの、違うんです! 私がその、えっと……気晴らしに森に行きたくなったんですけど、一人だと危ないかなって思ったので、無理やりクロードを誘ったんです!」


「ほう? 気晴らしに森へ行ったんですか?」


「いや、それは! ごめんなさい、私が悪くって……!」



 シーナ先生はフフッと笑みを浮かべると、また俺の方を見た。



「彼女は〝知っている〟んですね?」


「……あぁ。ネルには偶然その、捕食しているところを見られて」


「クロードはドジですねぇ」



 その会話を聞いて、ネルはポカンとしていた。



「あの、シーナ先生はクロードの正体を知っているんですか?」


「知ってるも何も、ずっと彼を見守ってきたんですよ。人間の世界でヘマしないように色々してあげているのも私です」


「そ、そうだったんですね……」


「ネル、でしたっけ。クロードをかばうために必死に弁明するなんて……かわいいですね」



 ネルは顔を赤くして、下を向いた。シーナ先生は若いが、優秀な医者ではあると思う。しかしそれと同時に、少し変わっている。現に、この状況を楽しんでいるようにも見えた。



「それで、ネル。クロードの正体を知った上で森について行ったんですね?」


「はい……ごめんなさい」


「これからはやめたほうがいいと思いますよ。森って危ないですからね。知っていると思いますが」


「すみません」


「それに、クロードの捕食なんて見ても楽しくないでしょう。それとも、二人きりでナニかしていたんですかね」


「ち、違います!」



 シーナ先生はまたフフッと笑って、ネルに「冗談ですよ」と言った。ネルは顔を赤くしながら、俺や先生から目を逸らした。



「先生、本当にネルは悪くないから……成績を下げたり、罰則を受けるのは俺だけにしてもらえないか?」


「お、自己犠牲ですね。いい心がけです。でも、生徒が罰せられるところを見るのは辛いので今回は見逃してあげますよ。次はないですけどね」


「あぁ、助かるよ」



 すると、先生は立ち上がり、白衣を脱いだ。



「そろそろ寝たいので帰ってもらえますか? また怪我したときに来てください」


「わ、わかった……」


「あと、そうですね。クロードに会いたがっている子がいましたよ」


「……ジルか?」


「いえ、リリーという女の子です」


「うん、誰だ?」


「同じ学年では?」



 そして、シーナ先生は「じゃあまた暇になるか怪我したら来てください。相手してあげます」と言って、医務室から出るよう指示した。



 外に出た俺達は、少しだけ気まずい空気になっていた。



「ネル、ごめんな」


「私のほうこそ、ごめん」



 ネルはまた下を向いて、小さく言った。



「クロードに会いたがってる女の子がいるんだってね」


「そうらしいな」


「なんで会いたいのかな」


「わからない。接点がないからな」



 ふと、空を見上げると、視界いっぱいの星空に息を呑んだ。普段から、あえて空を見るなんてことはしないから、少し新鮮だ。



 先ほどから、いや出会った時から、ネルはいつも下を向いている。でも、たまには見上げてみるのも悪くないんじゃないだろうか。



「ネル、星が綺麗だぞ」


「えっ? ……あぁ、ほんとだね! 綺麗」


「今日はその、すまなかった。やはり俺は人間としてはまだまだらしい。だから、迷惑をかけてしまった」


「そんなことないけどね」


「いや、そんなことある。だからその、これからもよろしく……?」



 ネルは星ではなくこちらを見て、微笑んだ。



「なんで疑問形なの?」


「合ってるか分からなかったからだ」


「それなら、合ってるよ。こちらこそよろしくね」



 彼女の笑顔を見て、俺は少しだけ安心した。

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