郵便屋
その日の放課後、俺は魔道具開発部に来ていた。昨日の件で謝罪を……特にコダマには感謝を伝えないといけない。
俺は部室に入ると、昨日の数倍は散らかった空間で驚いた。俺に気がついたサヤは、何故か嬉しそうに言う。
「お、クロードだ。丁度、昨日の実験が何故失敗したのかを検証していたんだ」
「それで、何かわかったのか?」
「さっぱりだ。これだから魔道具はやめられないよ」
「そうか……」
俺はひとまず、コダマに謝罪することにした。
「コダマ、すまなかったな……」
「いや、私は大丈夫だよ! ただその、みんなの実験が失敗するかもとは言いにくくて……仕方なく料理に混ぜたんだ。ごめんね、あの薬草、苦かったでしょ?」
「確かに不思議な味だったな……でも助かった。ありがとう」
「どういたしまして。私としては部員というか部長が増えると嬉しいんだけど……?」
隣にいたニアがそれに同意する。
「そうだよね。クロードもぜひ! この機会に魔道具開発部に入ろう」
「俺は少し反省したから、入部するかはわからない……それこそ、弟を誘ったらいいんじゃないか?」
「シオねぇ。誘ったことはないけど絶対に入らないだろうな。例のレオ・ファミリーが部活みたいなものだろうし、勉強会にも参加してるからさ」
「勉強会……有名になったものだな」
「まぁね。みんな入りたがってるよ」
「そんなに大層なものでもないんだがな」
すると、ニアが思い出したように言った。
「そういえば最近シオに会ってないな」
「そうなのか? 確かに俺も見ていない気がするぞ」
「勉強会とかにも来てないの?」
「あぁ」
「ふーん……なんでだろうね」
そしてニアは、しばらく考えたあと言った。
「クロード、私の代わりに様子を見に行ってあげてくれない? 私が行くと大体嫌そうな顔されるから」
「俺がか……? まぁ、この後は暇だし見に行くくらいならいいが。もしかして、例の不良集団の噂が気になってるのか?」
「クロードもその話知ってるんだ。まぁ、そういうことだよね。姉として心配でさ」
「なるほどな。じゃあ、この後旧・薬草学棟に顔を出してみるよ」
「ありがとう、よろしくね」
すると、横で話を聞いていたコダマが言った。
「そうだ。シオくんにこれを届けてくれない?」
コダマは薬草の束を俺に手渡した。
「これは?」
「魔力を抑制する薬草……クロードくんに実験の前に食べてもらったものと同じだよ」
「何故これをシオに?」
「うーんとね、どう説明したらいいかな……」
すると、ニアが代わりに説明してくれた。
「シオは生まれながらにして変わった呪いに苦しめられていてね……魔法を使ったりすると体内の魔力が暴走するらしいんだ」
「だからアイツは滅多に魔法を使わないのか……」
「そう。その薬草は、その症状を緩和するために定期的に食べてもらってるんだ」
「そうか……わかった」
俺は薬草を鞄にいれると、魔道具開発部の部室から出た。そして、そのまま旧・薬草学棟まで向かう。
丁度、ここからは遠くない位置にある。しかし、ネルと行って以来だな。
旧・薬草学棟は相変わらずボロボロだった。使われていない建物に勝手に入り浸っているだけだから、掃除も行き届いていないんだろうな。レオ・ファミリーのメンバーが熱心に掃除や片付けをしている姿なんか思い浮かばないしな。
俺は正面にある扉ではなく、その右にある穴から建物に入ろうとした。その瞬間、男に呼び止められた。
「おい! 誰だお前!」
「……は?」
「これ以上先に進んだらお前も無事で済まないぞ! さぁ、立ち去れ!」
「シオに用があって来たんだが?」
「こんな時にか!? ……ってお前、もしかしてクロードか? あの有名な」
「そうだ。で、シオに物を届けに来たんだ」
「そ、そうだったか。すまない、通れ」
俺は薬草学棟の中へ入ることが許された。しかし、随分と警戒心が強いんだな。例の不良集団とも関係がありそうだ。
俺は、以前シオがいた部屋まで行き、扉を以前のように蹴り破ろうと思っていたが……既に扉は外されていた。
部屋の中を覗くと、神妙な顔つきのシオがいた。
「シオ?」
「……? あぁ、クロードか」
「クロード郵便が来たぞ」
「いいね、それ……」
「なんだか元気がないな?」
「僕はいつもこんなテンションでしょ」
「まぁ、そうだが」
シオは椅子に座ったまま俯いていた。ふと、その視線の先を見ると、彼が大切にしていた観葉植物の鉢が割れており、植物も枯れていた。
「シオ、この植物たちは……?」
「〝何者か〟が夜の間に侵入してきたらしくてね。この建物全体が荒らされてたみたい」
「何者か……ね」
「大体見当はつくよね。はぁ……せっかく大事に育てたのにな」
シオは珍しく落ち込んでいる様子だった。こんなにも弱っている彼を見たのは初めてかもしれない。普段はあんなにも冷静なのに。
俺はかける言葉もなく、ただ黙ることしかできなかった。それにしても、例の不良集団とやらは随分幼稚なことをするな。レオ・ファミリーがいかに善良かがよくわかる。
すると丁度そこにレオがやってきた。
「おう、クロードか」
「レオか。例の不良集団とやらにしてやられたみたいだが」
「あぁ、そうだな。全く、許せねぇよな。直接やり合う勇気もないくせに」
「確かに。不良集団という割には随分せこい真似をするな」
すると、レオが悔しそうに言った。
「せこいと言えば、アイツら悪さをする時は決まって覆面をしているらしい。だから、先生達も対処しきれないんだよな」
「そうだったのか」
「生徒たちからは『覆面』と呼ばれて、恐れられているとか。カツアゲされた奴もいたらしい」
この学園の平穏を乱すような真似はしないでほしいんだがな……。
俺はここでの静かな生活(思い返せばそうでもない)が好きだからな。たかが不良集団にそれを邪魔されるなんて……正直許せないな。
すると、シオが植木鉢の方へ駆け寄ると……そのしたから紙を取り出した。レオは不思議そうにそれを見る。
「なんだその紙?」
「さぁ……読んでみるね」
「おう」
「『明日の放課後、広場で決闘を行う。参加していいのはシオ一人のみ。観戦者がいた場合中止となり、別日に行うこととする』だってさ?」
「はぁ!?」
レオは声を荒らげる。
どうやら、例の不良集団はシオに恨みがあるようだな。シオは首を傾げながら言った。
「一対一で僕に勝つつもりなのかなぁ」
するとレオが首を横に振った。
「罠だろ、確実に」
「罠だったとして、相手の不良が複数人現れたとしよう。そこで、例えばレオさんが決闘に加わったとすれば、レオさんは退学もしくはペナルティだね。でも相手は覆面しているからバレない」
「なんだと? なら俺たちも覆面するか」
「根本的な解決にはならないね」
そこで俺は、名案を思いついた。
「シオが全員倒せばいい。順番に決闘してな」
「僕もそう思ってた。奇遇だね」
すると、レオが口を挟んだ。
「おかしいだろ。シオ一人対複数人だぞ? 明らかに危険だ」
「レオさんは僕を信じることができないってこと?」
「そうとは言ってないが……うーん」
俺はしばらく考えてから、聞いてみた。
「なぁレオ、シオって強いのか?」
「強いな……相当強い。レオ・ファミリーが作られた当時、一匹狼と名高いシオを絶対に仲間に入れると決めていたんだ」
「ほう」
「それで、決闘をして俺が勝ったら仲間に加わると約束した……結果、ギリギリ俺が勝利したというわけだ」
「なるほどな」
俺はそれを聞いた上で、改めて思った。
「やっぱり、シオを信じて一人で行かせるのはどうだ?」
「ぐ……心配だが、そうするしかないのか」
「仕方ないことだろう」
レオは不服そうだったが、俺には考えがあった。とある〝協力者〟に頼んで、シオを遠くから見守ることができるかもしれない。何かあれば助けに入ることもできるだろう。
しかし、そのことはシオには言わないでおく。彼にもプライドがあるだろうからな。ただでさえ自分の大切な植物を荒らされたんだ。本当は怒りたい気分だろう。
ならば一人で、決闘という形で復讐しにいくのはきっとシオの望みだ。
証拠に、シオの声色は少し嬉しそうだった。
「ありがとうクロード。正直、一人で行きたい気分だった」
「そうだろ」
「本当、助かるよ」
レオもなんとか納得させることができたし、俺はこの後また魔道具開発部に顔を出そう。そこで、サヤに協力してもらえないか頼んでみよう。
彼女の聴力ならば、シオを遠くから見守ることができる。何か危険なことがあったらすぐに駆けつければいい。
……そういえば、俺はクロード郵便だったな。例の物を渡さなければ。
「なぁ、シオ。コダマからこれを預かっている」
俺は鞄から薬草を取り出して、シオに手渡した。すると、彼はしばらくそれを凝視していた。
「……シオ?」
「あぁ、届けてくれてありがとう。助かるよ」
「そもそも俺がここに来たのはニアに『様子を見に行ってくれ』と頼まれたからだ。彼女らにも感謝することだな」
「お姉ちゃんが……?」
「そうだ」
「あの人心配性だからなぁ」
俺は旧・薬草学棟を後にし、また魔道具開発部の部室へと向かった。行ったり来たりしているな……本当に郵便屋みたいだ。




