捨てきれないまま
シチューが完成した。
当初の予定通り、ほとんどネルに任せてしまったが……楽しく作ることができたのでよしとしよう。完成したものを俺を部屋に持っていき、ベッドに座って食べることになった。そう、この部屋は椅子が一つしかないのである。
一口食べると、想像の中で一番美味しいシチューの味がした。期待を裏切らず、むしろ超えてくるそのクオリティに、思わずため息が出る。
「美味しいな……」
「そうだね。ちゃんとできてよかったよ」
「流石はネルだな。俺一人だったらこんなにうまくはできなかったはずだ」
「そうかな……? でも、喜んでもらえて嬉しいよ。よかったらまた別の料理も作ろうね」
「あぁ」
俺たちは残りのシチューを食べ進め、すぐさま完食した。もう少し作ってもよかったのではないか、そう思えるくらいにはもっと食べたい代物だった。
作る時はネルに任せっきりだったので、俺が皿洗い役を申し出た。結局ネルも炊事場に来て手伝ってくれたのだが……俺にも役割ができたと思ったんだけどな。
二人で分担して手際よく片付けを済ませ、また休憩のために部屋に戻ってきた。
座りながら、今日の感想などを話していると……ふと、ネルが立ち上がった。そして、机の方に近寄って言う。
「このペンダント、見たことがある」
「あぁ、それか? ……何故ここにあるんだろうな」
「わからないの? ふーん、私が見覚えあるのも気の所為なのかな……うっ」
「どうした?」
突然ネルが頭を押さえて俯いた。
「ごめん、なんか変な頭痛が……」
「えっ……」
「たまーに起こるんだ。食事処へ行ったときのクロードみたいな感じかな」
「そうだよな……だ、大丈夫か?」
「うん。しばらくしたら治るんだ」
これってもしかして、俺と同じく呪いの症状かも……だとすれば、そのペンダントに関連している何かの記憶が、ネルの頭から抹消されているのか。しかし、ネルは俺と違ってちゃんと過去のことを覚えているみたいだし……現に、今日も幼い頃にお世話になった人間と話していたじゃないか。
俺が考え込んでいると、ネルに顔を覗き込まれてハッとした。
「クロード? 私の頭痛はもう治ったから大丈夫だよ」
「そ、そうか」
「あはは……心配かけちゃったね、でもただの頭痛と吐き気だし、すぐに治るから」
「そうだよな。俺と同じだ……」
俺と同じ症状だからと言って、同じ呪いとは限らないよな。それに、俺はあのペンダントを見ても呪いの症状は出ないし……関係ない別の呪いなのかもな。
「ネル、一応ヒールしておくか?」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとね」
「そうか」
「で、なんの話だっけ? というか何で私立ち上がってたんだろ」
「あぁ……シチューの話だったよな?」
「そうだっけ。そうかも」
ネルはあのペンダントのことを忘れている……のか? だとすれば余計にややこしくなったな。これはもう、シーナ先生を問い詰めるしかないぞ。しかし、あまりに遅い時間だとシーナ先生は寝てしまっているかも。
「なぁネル」
「そろそろお開きにしないか?」
「えっ? ……う、うん。そうだよね。もうこんなに外も暗いし」
「すまないな」
「いいよ、クロードはゆっくり休んでね」
俺は首を横に振る。
「いや、そうもいかなくて……この後シーナ先生のところへ行かなきゃなんだ」
「え、そうなの? じゃあ私も行こうかな」
「いや、その……」
「あ、やっぱりやめといたほうが……?」
「すまない、また今度な」
俺は焦っていたのか、半ば強引に解散することにし、ネルにもついてこないでほしいと言った。そのせいか、彼女の表情は少し暗くなっていたが……俺はそれを気にかける余裕がなかった。
結局、そのまま部屋を出て、ネルは寮へ帰った。俺の焦った様子を見て、ネルは何か言いたそうにしていたが……それを聞く余裕すらない。
そして、俺は一人夜の魔法学園を歩いて医務室へと向かった。あくまで予想だが、俺とネルは同じ呪いにかかっており、トリガーとなる記憶すらも関係しているのではと踏んでいた。
医務室の扉をノックすると、しばらくして先生の返事が聞こえてきた。
「どうぞ」
俺が医務室に入ると、眠そうなシーナ先生が出迎えてくれた。
「すまない、寝るところだったか?」
「いや、むしろ寝てましたね」
「……すまない」
「いえ、私の仕事は生徒の健康を守ることなのでね。無理やり起こされてでも、用事があれば聞きますよ」
俺はいつも通り診察のための席に座って、本題に入った。
「二つ聞きたいことがある。まず一つは、俺が魔道具開発部の見学に行くにはどうすればいいか。それを教えてくれないか?」
「あぁ、それなら顧問のネム先生に会って頼むのはどうでしょう。私の昔からの友人で……少々変わっていますがいい人ですよ」
「わかった、ありがとう」
シーナ先生は白衣の襟を直しながら言った。
「しかし、クロードが魔道具に興味があるとは……意外ですね」
「まぁ、ほら。なんというか、楽しそうだろ?」
「へぇ。そういえば魔道具開発部のメンバーにはサヤもいますよね。顔見知りですし、彼女をきっかけに他のメンバーとも仲良くできるのではないでしょうか」
「そうだといいが」
そして、俺は次の質問をした。
「で、二つ目の質問なんだが……その、今日ネルが部屋に来てだな」
「お、部屋にですか」
「それで、とあるペンダントを見た時に、俺と同じように頭痛の症状が出たんだ。それも短時間……その後、彼女はペンダントのことを忘れていた」
「……ほう」
「もしかして俺とネルは、同じ呪いを受けているのではないか? なんなら、その失われた記憶にはネルが関係しているんじゃ────」
「全くの無関係です」
シーナ先生はきっぱりと言った。
「そうなのか?」
「はい。二人は別の呪いを持っており、それらは無関係です。記憶に関しての考察もは少しも当たっていません」
「……本当か?」
「はい。本当ですよ」
シーナ先生はいつにも増して強い口調で言った。少し不自然に思ったが、まぁ先生がそう言うならそうなのか……。
俺は諦めて礼を言うと、立ち上がった。そして、医務室の出口の扉に手をかけた時、シーナ先生が言う。
「このことは、引き続きネルには内緒です。守れますね?」
「……わかった。言わないでおく」
俺はそのことをもどかしく思いながら、医務室を後にした。
俺の呪いや記憶とはネルは無関係……か。本当にそうなのか? でも、先生は嘘をつかないはずだし。なんなら嘘をつく理由もない。
しかし、ネルと部活には一緒に行けそうにないか。
モヤモヤした気持ちを捨てきれないまま、俺は寮へ向かった。




