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ダリオン

 買い物に行く日。


 俺は数着しか持っていない私服を着て待ち合わせ場所へ立っていた。魔法学園の正門より少し歩いたところにある並木道の下で、「早く来すぎたなぁ」なんて思いながらみんなを待つ。



 普段から制服と寝間着を交互に着て生活している俺からすれば、私服を着たままネルと会うというのは変な感じだ。クエストの時以来だろうか。


 今日は魔法学園は休みだから、沢山の私服を着た生徒が同じように待ち合わせたり、何人かで歩いているのが見えた。



 すると、とある生徒に話しかけられた。メガネをかけたいかにも真面目といった感じの人物だった。



「君がクロード?」


「そうだが……誰だ?」


「僕は前回の学園成績が十位だった者だ……テンという名前を聞けばすぐに分かるだろう?」


「知らん」


「なんだって……?」



 テンは驚いた様子だった。驚きたいのはこっちだぞ。逆になんで把握されていると思ったんだ。俺ほど成績に興味がない奴は中々いないというのに。



「で、何の用だ?」


「単刀直入に言うが、僕を勉強会組に入れてくれないか? どうしても入りたいんだ」


「はぁ……申し訳ないが勉強会組は身内で集まった会だ。そういう風にメンバーを増やすことはしていない」



 テンの表情が曇った。



「……か、金なら払うぞ?」


「そういう問題じゃない」


「じゃあ何をすれば入れる?」


「何をしても入れないと思ってくれ。すまないな」



 テンは少々怒り気味に言った。



「ならもういい!」


「おう。じゃあな」


「……」



 テンがその場を去っていくのを見送っていると、私服姿のユアが遠くを歩いているのが視線の端に見えた。向こうも俺の存在に気づくと、こちらに駆け寄ってきた。



「クロードくん、おはよう。さっきの人は?」


「さぁ」


「知らない人?」


「あぁ……で、ネルやアランはまだ来ていないみたいだ」


「そうだね。私たち早く来すぎたのかなぁ」


「かもな」



 ユアは俺の横に座って言った。



「ねぇ、アランくんとはどうやって知り合ったの?」


「あぁ、その件か……まぁ、色々あったな。最初は学イチを賭けて争っていたから、ライバル視されてたんだよな」


「そうだったの?」


「口調も荒かったんだぞ」


「へぇ、意外だなぁ」



 ユアはアランについて色々と知りたがっているようだ。この感じ、お互いがお互いのことをもっと知りたいと思っているんだな。



「アランを食事に誘った流れで勉強会組にも入って、一緒にクエストとかも行ったかな」


「クエストかぁ。危険そうだけど、大丈夫だった?」


「アイツが無茶をした結果、なんとか大型の魔獣を討伐できたよ」


「へぇ……!」



 ユアがあまりにも目を輝かせるので、俺は思わず聞いてみた。



「なぁ、ユア。アランのことが気になるのか?」


「えっ! いやぁ……まぁ、その。気にならないと言えば嘘になるかな」


「そうか」



 しかし、ここで二人の仲を無理やり縮めるようなことはしてはいけないとネルが言っていた。何故かと問うと「そういうものだ」と言われた。とにかく、俺は直接「アランもお前と仲良くしたがっていたぞ」などとは言わずに、ただ聞くことに徹する。



「クロードくん、そういえばさ」


「どうした?」


「演劇部入らない? この間の学園祭の劇を見て、私感動しちゃった」


「感動?」


「あんなに演技が上手いなんて知らなかったよ! まるで本当に勇者に倒されて焦って逃げているみたいだった」



 あぁ、それはだな……本当に焦って逃げていたんだよ。あの時はネルと合流しなきゃいけないのに食事もあって大変だったからな。



「まぁ、演劇部には興味ないな」


「そっか。残念……」


「アランを誘ってみたらどうだ?」


「すでに誘ってあるんだけど、断られたよ」


「そうか」



 部活か。この学園には様々な部活があり、主に放課後に活動しているのだが、俺は勉強会があるので入部しようとすら思わなかった。それに、演劇や美術には興味がないからな。



「そういえば、クロードくんは〝魔道具開発部〟って知ってる?」


「なんだそれ」


「最近設立された部活なんだけど、ちょっと怪しげなんだよね」


「どういうところが?」


「なんでも、メンバーが三人しかいなくて、一人は情報屋の獣人らしいよ」


「ほう? 情報屋で獣人……サヤだよな、それ」


「知ってるんだ。クロードくんってそういう噂話とかに疎いと思ってたのに」



 まぁ、この間会ったからな。しかし、そんな部活に入っていたとはな。流石は変人。



「それで? どういう部活なんだ?」


「それがね、魔道具って呼ばれる魔法がかかった道具を使って色々する部活らしい。例えばそう、呪いの研究とか」


「呪いの?」


「そう。なんだか怪しげだよね」



 呪いか……俺の過去の記憶についても、呪いが原因で消えているんだったな。もしかして、その研究が進んでいけば俺の呪いも解けたりするのか?



「ちょっと気になる部活だな」


「や、やめといたほうがいいよ……演劇部にすればいいのに」


「それは、遠慮しておく」


「うぅ……みんなそう言うんだから」



 すると、丁度アランがやってきた。俺たちの方を見て首を傾げる。



「なんの話だ?」


「クロードくんを演劇部に勧誘してたの」


「いやぁ、演劇とかは向いてなさそうだぞ?」


「そう? 上手だったよ、学園祭のとき」


「うーん」



 なんだよ。俺だって練習すれば演技くらい……いや、こんなところで張り合う必要はないな。正直、俺は器用ではないという自信がある。



 そうこうしているうちに、ネルもやってきた。



「あれ、みんな集まってる! まだ集合時間まで結構あるんだけどな」



 俺は「おはよう」と挨拶をし、彼女のほうを見た。クエストのときとは違う、おしゃれ重視の私服姿が新鮮で、しばしの間目が離せなかった。不思議な感覚だ。他人の服装なんて、いつもなら気にしないのに。



「ど、どうしたのクロード? もしかして、変かな……?」


「変? いや、そうじゃなくて不思議だったんだ」


「不思議!?」


「あぁ、いや。そうじゃなくて、うーん……いや、なんでもない」


「?」



 ネルは困惑した様子だったが、今の自分の気持ちをちゃんと表現できる自信がなかったので、ひとまずこの話はなかったことにしておいた。



 その後、全員で街へ向かったのだが……ネルは先ほどのことを気にしているらしく、小声でユアに「私の服、変かな?」と聞いていた。ユアは「そんなことないよ! 似合ってる!」と言っていた。


 そう、似合ってるんだよな。だからこそ、視線が奪われるというか……。




 俺たちは街を目指しながら、色々な話をした。クエスト以外で、勉強会組と学校以外の場所にいるのは不思議な気分だ。


 やがて、歩いていた道が舗装された石畳に変わり、小川にかかった小さな橋を渡ると、街が見えてきた。多くの人でにぎわい、街の入り口付近には沢山の食事処が並んでいる。


 前に来たのはいつだったか。服を買いに来た気がする。



 買い物とは言っても、俺は寄りたい店がないので、昼の時間まではみんなについていくことになりそうだ。



 まずは、ユアの要望で本屋へと立ち寄った。その店は魔法に関する本が沢山置いてあり、魔法学園の教科書と同じものも売っていた。俺はとくに欲しい本はなかったが、ユアとネルは目を輝かせながらしばらく店内に滞在していた。


 結局、ユアが買うつもりだったという本はなかったらしい。



 次に、シアに頼まれたものを買うために武器屋に行くことになった。


 武器は基本的に使わないので、最初に短剣を一本買って以来、足を運んでいない。


 シアがリクエストしたのは、武器をメンテナンスするための道具一式だ。何故必要なのかと問うと、今度クエストに行きたいと言っていた。



 そして、すべての用事が終わった俺たちは、良さそうな食事処を見つけたので入ることにした。これを楽しみにしていたんだ。もう空腹で耐えられなくなるところだったぞ。


 それに、アランとユアの仲も深まっているように思う。今日は来てよかったなと、早くも思い始めた。



 店内に入ると、肉の香ばしい香りがして幸せな気持ちになった。学園の食堂以外での食事……文字通り本日のメインディッシュだ。



 俺たちは空いてる席について、店員を呼んだ。カウンターにいたやや老けた男がやってきては、俺たちの方を……そしてネルのことをじっと見はじめた。


 なんだ? ネルに用事でもあるのか? 俺が少し身構えていると、店員の男が言った。



「ネル……だよな?」



 ネルが首を傾げる。



「えっ……?」


「覚えてないのか? ランジャー村の食事処で何度も会ったじゃないか?」


「あっ、えっと……ダリオンさんだよね? よく食事を奢ってくれた」


「そうだ。ディアンタとよくうちの店に来てくれたよな」



 なんだ、知り合いか。てっきり変人かと思ったぞ……いや、サヤのことではないが。しかし、さっきランジャー村と言っていたな……? 何故だろう、聞いたことがあるような────。



 俺は突如、強い頭痛に見舞われた。



「すまない、ちょっと休んでくる……」



 俺はふらつく身体を無理やり持ち上げた。みんなが心配そうな顔でこちらを見ているのを横目に、店の外へと歩いていった。


 前にもあったこの感覚、あの村の話しを聞いた時に起こる頭痛や吐き気……これが、シーナ先生の言っていた呪いで間違いないな。



 同じく俺を追いかけて店を出てきたネルが、不安そうな声色で話しかけてくる。



「クロード、大丈夫?」


「あぁ、大丈夫だ……多分な」


「何かの病気かな、ヒールしておく?」


「いや、その必要はない」


「本当? 心配だな……」



 ネルは俺のことを気にかけてくれているようだが、シーナ先生と約束したのでこれが呪いの症状であることは言えなかった。


 だんだんと頭痛が和らいできたので、俺は食事処の席に戻った。みんなには原因不明の頭痛だったと伝えておいた。アランやユアも、ネルと同じく心配してくれていたが、もちろん呪いのせいとは言わない。



 例の村の名前、そういえばジルから伝言で聞いたこともあるよな……名前はもう忘れてしまっているが、確かに二度聞いた。サヤからの伝言だったよな……前回会ったときにそれについて聞いておけばよかった。次会った時は問いただしてやる。



 そんなことを考えながら、この店のおすすめを注文し、完成までの間待つことになった。



 そして、アランがユアに聞いた。



「他に寄りたい店はないか?」


「ううん、今日は満足したよ。誘ってくれてありがとね」


「あぁ」


「クロードくんとネルさんもありがとう」



 俺は頷いて、ネルの方を見る。彼女は「いえいえ」と返事をして笑った。



 そこへ丁度、食事が届いた。豪華な肉料理で、学園の食堂とはまた違う、本格的な盛り付けだった。目の前にそれが現れた時、俺は呪いや記憶のことなどどうでもよくなるほどのものだった。



 フォークとナイフを使い、メインの肉を口に運ぶ……すると、スパイスと肉汁の染みたその味は、思わずため息が出るほど美味しかった。


 しばらく無言で食べ進めていると、ネルがポツリとつぶやいた。



「この味、ちょっと懐かしい」



 俺は、先ほどのダリオンとの会話を思い出した。



「ネルはここの店主とは知り合いなんだよな」


「そうだね。私が小さいころに、故郷にあった食事処でよく会ってたよ」


「そうだったのか」


「家族が失踪してから、ディアンタさんっていう人が私を預かってくれていたんだよね。私はその人の提案で魔法学園に入ったんだ」


「親戚たちが呪いを恐れて無理やり入学させたと聞いていたが?」


「まぁ、そういう側面もあるけどさ。噂話なんてそんなものだよ……実際は、私が魔法学園に憧れていたから入学させてもらえたんだ」



 そうか。やはり、人間のする噂話というのはくだらないな。正しいかどうかを確かめる術などないのに、偏った情報だけが出回る。そう思うと、そうやって噂話から情報を手に入れているサヤも、情報屋としてはまだまだだな。



 その後、俺たちは感想を言い合いながら食事を楽しんだ。そして、みんなが丁度食べ終わった頃、ダリオンがやってきてネルに言った。



「ネル、ディアンタがお前に会いたがってたぞ。もうすぐ魔法学園も長期休みだと聞いているから、もしよかったらまた村に会いに行ってあげたらどうだ?」



 ネルの故郷の村……。



「いや……その。あんな風に出ていってしまったから、もうディアンタさんとは会えないよ」


「でも、彼女は気にしていないみたいだぞ」


「それでも、私はもうあの村には帰らないよ。魔法学園での私がどういう扱いを受けているのかも、きっと噂話として流れているだろうし」



 ダリオンは何かを言いかけていたが、ネルは立ち上がった。



「食べ終わったし会計しよっか」



 ダリオンは首を横に振った。



「久々にネルに会えたんだ。お代はいいよ」


「でも……」


「その代わり、また来てくれ」


「それは、うん。次はちゃんと払うから」



 こうして俺たちは店を出た。しかしラッキーだった。こんなことってあるんだな。



 すると、ネルが俺たちに謝った。



「ごめんね、最後ちょっと気まずい話になって」



 すると、それにアランが返事した。



「いや、ネルのおかげで無料になった。むしろありがとう」


「いやぁ、お礼を言われるのは私じゃなくてダリオンさんの方なんだけどね」


「ま、ネルの人望があってこそだろ」



 すると、ユアが言った。



「ネルさんは故郷に帰ってみないの? 長期休みといえば帰省だよね」


「それは、うん……やめておこうかな。さっきも言ったけど、ちょっと帰れる雰囲気じゃないというか」


「そっか。私もしばらくは学園に残るから、また一緒に出かけたりしようね」



 故郷か。俺の故郷は一体どこにあるんだろう。確か、自然豊かな土地だったような気がする。


 俺の記憶が元に戻れば、やはり故郷に行ってみたいという気になるのだろうか。



 ……というか、長期休みのとき、俺は何をすればいいんだ?



 暇になることが確定しているような……。

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