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温かいシチュー

 俺は放課後、ネルや勉強会組とは合流せず、サヤに会いに行くことにした。


 彼女が言っていた言葉……初めて聞いたはずなのに、俺は酷く混乱してしまっていた。そもそも、ランジャー村とはどこにあるんだ? それすらも分からない。



 俺は、自身が魔獣だった頃の抜け落ちた記憶には興味があった。それに、以前クエストで湖を訪れた際のネルと重ねた謎の人物……その正体だって気になる。



 期待と不安を胸に、待ち合わせ場所である広場へと向かった。ベンチに座りながら待っていると、しばらくしてサヤが現れた。彼女は俺を見つけると、隣に座ってきた。



「よう、クロード」


「変人……じゃなくてサヤか」


「引き続き変人と呼んでくれてもいいんだがな?」


「名前を知ってしまった以上、もうそうは呼べない」


「そうか、少々残念だが……で、ジルから説明は受けたか?」


「一通り聞いたよ」



 彼女は頷くと、立ち上がった。



「場所を変えようか」



 サヤは、俺を何故か医務室へと案内した。何故そこを選んだのかは、なんとなくシーナ先生が関係しているのではと踏んでいた。


 しかし、情報屋か……医務室に着くまでの間、彼女に質問してみることにした。



「なぁサヤ、お前は情報屋だってジルから聞いたんだが。具体的にはどんな情報を取り扱っているんだ?」


「まぁ、この魔法学園に関することなら色々ね。それを知りたいヤツから銀貨とか、時には金貨と引き換えに情報を提供しているんだ」


「ほう? 学園に関することを色々か」



 少し気味が悪いな。



「なんなら、君のパンツの色だって知っている」


「は?」


「冗談だ。一般的に、噂話として出回っている情報くらいしか取り扱っていないよ。ほら、クロードのパンツの色なんて誰も噂しないだろ」


「そうだが……」



 一瞬ヒヤッとしたぞ。流石は変人なだけあるなと思った。



「まぁそれで、以前学園祭でクロードと話した時に、少し違和感を感じてね。色々調べてみることにしたんだ」


「違和感?」



 彼女は自分の獣耳を指差して言った。



「私は獣人だから生まれつき耳がいい……なんなら、ほかの獣人以上にね」


「ほう」


「だから、こうして二人きりで話していると、君の心臓の音すらも聞こえてしまうわけだ。この聴力を生かして、噂話を拾っていくのが私の情報屋たる所以だ。つまり、ただの盗み聞きってこと」


「そうだったのか」



 心臓の音まで聞こえるのは、魔獣になった時の俺と同じだ……。



「それで、君の心臓の音が少し、変わっていたんだ。他の人と違うというか」


「他の人と違う……?」


「例えるならそうだな、肉食の魔獣に似ているというか」


「……」


「とにかく、その原因を突き止めるために、色々調べたんだ」



 彼女は立ち止まって、俺の方を見る。



「君、この学園に入学するまで、一体何をしていたんだ? 情報がごっそり抜け落ちている」


「……いや、その。記憶喪失で」


「やはりか。だから気になって、また色々調べたんだよ……そしたら、医務室のシーナ先生がクロードのことをよく知っているという情報を昔手に入れていたことを思い出したんだ」


「それで、俺を医務室に連れて行こうと思ったのか? でも、そんなこと知ってどうする?」



 サヤはまた歩き出した。



「興味があったから……逆に言うとそれだけかな」


「え?」


「この学園のあらゆる情報を知った今、私にとって知らないことがあるのは許せなくなってしまった。なにせ変人だからな」


「はぁ」


「それに、君も気になるだろう? 自分の失った過去についてさ」



 それは……確かに。気にならないと言えば嘘になる。そもそも、それを知るためにわざわざ会いに来たんだ。



「で、私の仮説なんだけど。君の正体は魔獣なんじゃないかな?」


「……」


「図星かい? 大丈夫、誰かにこのことを話したりする気はない。たとえ金貨の山をもらったとしてもね」



 すると丁度、医務室に到着した。俺が代表して扉をノックすると、中から先生の「どうぞ」という声が聞こえた。



 中に入ると、シーナ先生だけでなく、シアの姿もあった。しかし、彼女は俺が魔獣であることを知っている……ここで話を聞いても問題ないだろうな。



 シアは、俺とサヤの姿を見て首をかしげた。



「珍しいね、クロードがネル以外の人を連れてここにくるなんて」


「彼女は情報屋のサヤだ。シーナ先生に用事があって来た」


「サヤ……聞いたことあるね」



 すると、サヤが言った。



「逆に、シア……何度も聞いたことあるぞ」


「そう? 学園で一番成績が高いってのはつらいね。意図しなくても有名になっちゃう」


「今年の学イチを手に入れて、結局使わなかった人だってことも知ってる」


「ま、あれは色々あったから」



 すると、シーナ先生が俺たちに質問した。



「で、ぞろぞろと集まってきた理由はなんですか? 見たところ怪我もしていないようですが」



 それには俺が答えた。



「サヤが俺の過去について調べたところ、一つも情報が出てこなかったと言っていた。それに、俺が魔獣だった頃の記憶も同じく消えているんだ」


「ほう」


「なぜ今までそれをシーナ先生に訊かなかったんだと、今になって思う。先生は俺の過去や入学の経緯について知っているんじゃないか?」


「いや、知らないですね」



 先生はきっぱりと答えた。



「なら、どうして俺の正体を知っているんだ?」


「魔眼で見たんですよ」


「……そうか?」



 俺はあまり先生の言葉を信じきれなかったが、まぁ本人がそう言うなら仕方ないか。結局、俺が入学できた理由は謎のままだな……待てよ、俺が今使っている食費や生活費は何故あるんだ? 学費は誰が払っている?


 ……謎が謎を呼ぶってこういうことか。



 そして、シーナ先生が言う。



「今日は一旦お開きにしますか? 私が知っていることはすべて伝えましたから」



 すると、サヤやシアは少し残念そうにしていた。しかし、半ばシーナ先生の圧力によって、結局解散することになった。まぁ、ここは医務室だからな。シーナ先生が許可しているとはいえ、雑談のためだけに居座るのもなぁ。


 俺が部屋を出ようとしたところ、シーナ先生に言われた。



「クロードだけは残ってくださいね」


「え? なんで」


「ヒントだけあげようと思って」



 すると、同じく部屋を出ようとしていたサヤが怒り始めた。



「ちょ……ずるくないですか?」


「いやいや、これは彼の過去の話です。他の人が知ることは許されなくても、本人には知る権利があります」


「ってことは、やっぱり何か知っているんですね?」



 シーナ先生は首を横に振った。



「私が知っているのはほんの一部ですよ」


「私は聞けないんですか?」


「逆に何故聞きたいんです?」


「情報屋の興味、的なヤツですよ! 私は〝知らないこと〟が嫌いなんです。変人なのでね」


「気持ちは分かりますよ。でも、今日は帰ってください」


「……はーい」



 そうこうしている間に、シアは先に帰ってしまった。その後、サヤも医務室を出た。途端に部屋の中が静かになり、いつもの雰囲気に戻った。シーナ先生はまた、いつもの椅子に座ると、俺に言った。



「単刀直入に言いますね。クロードの記憶の鍵は……」


「あぁ」


「〝温かいシチュー〟です」


「は?」


「だから、シチューですよ。クロード」


「どういうことだ?」



 てっきりもっとこう、俺の過去について確信的な話が聞けると思ったのに……確かにシチューは好きだがな。



「それで、シチューがなんだ?」


「それだけですよ? 美味しいですよね」


「美味しいな……本当にそれだけなのか?」


「はい、それだけです」



 しばらくシーナ先生は黙って、扉の方を見ていた。そして、ようやく口を開いたかと思えば、とんでもないことを言い出した。



「ま、シチューは関係ないんですが」


「は? 先生、俺で遊んでいるのか?」


「まさか。さっきまで、扉の向こうでサヤが盗み聞きしてたんですよ」


「ほう?」


「だから、嘘の情報である〝温かいシチュー〟というワードを提供してあげたんです。困った子ですよね、ほんと」



 シーナ先生が扉をじっと見つめていたのは、魔眼を使ってサヤの魔力を感じ取っていたのか。流石だな、まったく。



「で、本当のヒントは?」


「それが、聞いて少し残念に思うかもしれませんが……クロードの記憶が消えているのは〝呪い〟によるものです」


「呪い?」


「ええ。よって、無理やりにその記憶を引き出そうとすると体が拒否反応を起こします」


「……心当たりがあるな」



 ジルから聞いたあの言葉……なんだっけ。何かの村の伝説だったような。もう忘れている……?



「ある言葉を聞いた時、吐き気や頭痛に襲われたんだ。で、その言葉をもう忘れている……これって呪いか?」


「はい。間違いなくね」


「なるほど、これで納得した」



 シーナ先生は珍しく下を向いて言った。



「あなたの過去について、本当は色々教えてあげたいんですよ。でも、その呪いのせいで、私から教えてあげられることはありません」


「そうだったのか」


「それと、呪いに関することですので、他の生徒には言わないと約束してください。もちろん、ネルにも」


「ネルにもか?」



 シーナ先生が強く頷くので、俺は仕方なく承諾した。


 すると、シーナ先生が白衣を脱ぎだした……ということは。



「帰れと?」


「よく分かりましたね。そろそろ眠いのでね」


「わかった」


「また怪我するか、暇になったら来てください」


「いつも思うんだが、暇になって来ていいものなのか? ここは医務室だぞ」


「それはですね、生徒のためなんですよ」



 シーナ先生は優しく笑った。



「病は気からと言うように、心と身体は密接につながっています。クロードみたいに色々な悩みを抱えている生徒は、色々な人と話すことが大切なんですよ」


「そうなのか」


「もちろん、私が生徒と話すのが好きなのもありますけどね」



 そして、俺は医務室を後にした。



 見上げた空と満天の星。この夜が明けるころには、また一つ俺の記憶がなくなってしまったりするのだろうか。そう思えてしまうほどに、今は何も信じられなくなっていた。



 ネルにも話せない俺の記憶と〝呪い〟のこと。



 それが解決する日は来るのだろうか。

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