幸福感
学園祭当日、登校してすぐに各クラスで集まり、最後の準備が始まった。劇に出演する人達は、集まって最後に台本を読んだりしながら開始時間を待っていた。しかし、裏方のジルたちは大急ぎでセットを組み立てるなど大変そうだった。
もうここまでくると、裏方じゃなくて良かったとさえ思う。
やがて、学園の中心にある塔の上の大きな鐘が響き渡り、学園祭が始まった。
俺達のクラスが担当する劇「冒険者対魔王」(非常に簡素なタイトルである)の、朝の部が始まった。とは言っても俺の最初の仕事は、舞台袖でみんなの演技を見ながらソワソワすることだ。ちなみに、いかにも魔王らしい衣装に着替えてある。
ストーリー上では、俺が演じる魔王が村娘を攫うのだが、それは台詞上で明かされるので本当に出番がない。なので、とりあえず隣で暇そうにしているジルに今日の予定を小声で聞いてみた。
「なぁ、ジル。お前は今日リリーとどうするんだ?」
「あぁ、それなら午前中にクラスの出し物があるから来てくれないかと頼まれているんだ。何をするんだろうなぁ」
「さぁ? でも、俺もネルに午前中来るよう言われているな」
「お、楽しみだなぁ」
そんな話をしながら出番を待っていると、ようやく魔王が名指しで勇者に呼ばれた。
「おい、魔王! 出てこい!」
その台詞を合図に、俺はステージに上がる。そして、ユアに言われた通りに大きな身振りで演技をする。
「勇者よ! 村で一番かわいい娘は俺がもらった。返してほしけければ、俺を倒してみるがいい!」
勇者役の生徒が剣(木製)を抜いたと同時に、しばしのアクションシーンが始まる……ちなみに、ジルはこのシーンのことを尺稼ぎと呼んでいた。そんな事言うな。
そして、俺……というか魔王が勇者に倒されて、逃げていくシーンに移る。
「観念しろ、魔王!」
「勇者よ、俺の負けだ!」
俺が舞台袖へと走っていく際、一瞬だけ観客席を見たが、ネルの姿はなかった。午前中は忙しいということは、昼か夜の部に来る予定なんだな。できれば来なくていいんだが……。
勇者が見事娘を助け出し、魔王の脅威から村を救うところでこの話は終わる。
非常にシンプルな上に、何度も読んだ台本なのでウケるかが心配だったが、見に来た人は沢山拍手をくれた。
◇
無事朝の部が終わり、自由の身となった俺は、ジルを誘って言われた通りネルの教室に行こうと考えていた。が、ジルは裏方の仕事であるセットの組み直しなどがあるため遅れるとのことだった。
なので、俺は一人でネルの教室へと向かった。しかし、自分のクラス以外の教室に行くのは初めてかもな。
そんなことを考えながら、教室の前にやってきたのだが……やけに派手な装飾と、看板に書かれた文字に驚いた。どうやらネルたちのクラスでは「メイド喫茶」なるものが行われているらしい……ところでメイドってなんだ? 喫茶ってことは何か食べられるんだよな?
俺は少々警戒しながら中に入ると、何やら派手な格好をした生徒が「おかえりなさい」と言って出迎えてくれた。いや、俺は初めて来たんだが? それに、その白と黒を基調としたヒラヒラの衣装は動きにくくないのか?
そんな事を考えている間に席に案内され、メニューが一種類しかないことを告げられ、そのうち料理が運ばれてくることを説明された。
なるほど。ここは喫茶といいつつも、食事がメインではなく、変な服を着た生徒によるサービスを楽しむという場所なんだな。アランが自分の出番は一切ないと言っていた理由が少しわかった。
俺がふと教室を見回すと、端のほうにネルとリリーの姿があった。彼女たちも他の生徒と同じように、変わった服を着ている。丁度リリーがこちらを認識して、ネルに言った。
「ほら、ネル専用のご主人様が来てるよ!」
「ちょっ……そういうのはいいから!」
「まぁまぁ、あとでちゃんと料理持っていってあげなよ」
「うぅ……こんなことなら来なくてもいいよって言えばよかった」
「いやいや、やっぱりその格好はクロードくんに見てもらわないと」
「あぅ……」
ネルは随分と動揺していた。そんなに変じゃないんだけどな? むしろ似合ってるんじゃないか。だからそんなに恥ずかしがることはないんだがな。
やがて、用意された食事を、ネルが俺の席まで運びに来てくれた。その間、彼女は何度も引き返そうとしてリリーに止められていた。料理を運ぶだけなのにな。
俺の席にやってきたネルは、顔を真っ赤にしながら料理を机に置いた。
「お、お待たせしました! ご主人様……!」
「ご主人様? 俺が?」
「そ、そういうコンセプトなの! だから、今はクロードじゃなくてご主人様なの」
「ふーん? 難しいな」
ネルは俺の反応を見て、はぁとため息をついた。
「クロード……じゃなくてご主人様らしい反応だね」
「そうだったか?」
「うん、なんだかね……もっと色々言われるかと思って心配してたのはあるかも」
「あぁ、それで言うとだな。その服は似合ってるから自信を持ったほうがいいぞ」
「えっ……!」
ネルは二歩ほど後ずさりして、料理を乗せていたトレーで顔を隠した。ど、どうしたんだ? また何かミスしていたら……リリーあたりに怒られそうだな。
ひとまず、この焼いた卵が乗った謎の料理を食べるとするか……俺がスプーンを手に取ると、慌ててネルが言った。
「あ、待って! 最後にその……」
「なんだ? 塩でもかけるのか」
「ううん……その。か、かけるのは魔法で」
「ほう」
火魔法で焦げ目でもつけるのかなと思っていたが、その予想の斜め上をいく魔法がかけられることとなった。
ネルは手に魔力ではなく愛情を込め、俺の料理に向かって呪文を唱えた。
「お、美味しくなぁれ……!」
「……」
「……」
「……これで美味しくなったのか?」
「た、多分……?」
ネルはもう、俺の目を見てくれなかった。なんなら、ほとんど俺の反対側を向いているくらいの角度だった。そして、いそいそとその場を去り、ついにはリリーの後ろに隠れてしまった。
ネルは接客が好きじゃないのかもな。だとすれば、苦手なのによくやってくれたよ。ありがとう。
俺は卵料理を食べながら、心の中で思った。
大丈夫だ、ネル。ちゃんと美味しくなってるぞ。
俺は理由のわからない幸福感で胸がいっぱいになった。




