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あの噂

 授業の余韻が残る放課後、俺はすぐさま隣の席のジルに問いかけた。



「なぁ、ジル。聞きたいことがある」


「お、お前から話しかけてくるなんて珍しいな。なんだよ?」


「昨日ネルに一緒帰ろうって誘われた時、白々しく断ったよな?」


「白々しくって、そんな」


「もしかして、お前が言っていた〝あの噂〟について関係があるのか?」



 ジルは驚いたようにして、慌てて首を横に振った。



「まさか! その噂については、俺も本当にどうでもいいと思ってるよ」


「じゃあなんで避けたんだ?」


「避けたんじゃねぇよ。というかその、俺の気遣いは受け取ってくれなかったのか?」


「気遣い? お前が?」


「はぁ……もういいよ」



 俺は露骨に嫌そうな顔をしてみせるが、ジルはこれ以上このことを話そうとはしなかった。なんだか隠し事をされているみたいでもどかしいな。



「まぁでも、ジル。ありがとうと言っておく」


「は? なんだよ急に! 怖いぞ」


「だって、何か俺に気遣ってくれたんだろ?」



 人間はこういう時にありがとうを忘れない生き物だろ。知ってるぞ。



「クロード、お前って変なヤツだよな」


「お前に言われたくないな」


「ま、俺もどういたしましてと言っておくか」


「おう」



 ジルはゆっくりと席を立ち、教室を出た。


 すると、入れ違いでネルが教室にやってきた。少し広い講堂の、椅子や机のすき間を縫って早足で駆け寄ってくる。



「クロード、一緒に帰ろう」


「あぁ、そうだな」


「今日は薬草学を教えてあげるからね。でも、どこで勉強する?」


「俺の部屋は?」


「いやいや! それはその……そうそう、男子寮だし!」


「あ、そうか。まぁ、別に大丈夫だろうけど……なら、図書館とかどうだ?」


「いいね! 私、図書館にはよく行くんだ。自習スペースがあるからそこでしよう」



 俺達は、教室を出て図書館へと向かった。図書館は、この学園で一番大きな中央校舎からはかなり離れたところにある四階建ての建物だ。


 放課後もしばらくは開館しており、勉強熱心な生徒がよく利用しているのを知っている。とはいえ、俺は一度も行ったことがない。



 建物の前に着いた。


 放課後なのに寮に帰らないのは不思議な気分になる。そしてふと、見上げてみる。図書館の建物は窓が少ない構造になっているようだ。これは、恐らく保管されている書物が日に焼けることを防ぐためだろう。



 そして、二人で建物に入った。入ってすぐに、棚や本の多さに驚いた。これだけの本を集めるのはどれだけ大変か。想像しただけでも恐ろしい。


 そして一階には受付のカウンターがあり、本を借りたりすることきに申請できるようになっている。また、自習室は各階にあって、大声さえ出さなければ好きなように使っていいらしい。



「ねぇクロード。一階は人が多いから上の階にしよっか」


「俺は別に一階でもいいんだが」


「いや、その……人が沢山いるの、苦手でさ」


「なら上の階だな。四階なら、そこまで行くのが面倒な人が多いだろうから、流石に人は少ないんじゃないか?」


「あ、四階はね。立ち入り禁止なんだ。禁書コーナーってやつらしいよ」



 禁書コーナーか。そういえばジルが入りたがっていたな。俺は特に惹かれたりしないのだが、人は禁止されたことをやりたくなる傾向にあるらしい。



 そうして、俺達は三階にある自習コーナーの、適当な席についた。他には誰もいないので、異様なまでに静かな空間である。



「誰もいないな」


「うん、本当。よかったよ」


「ネルは人が嫌いなのか?」


「ううん、そうじゃなくてね……〝人が私のことを嫌いなんだよ〟」


「え……?」



 どういう意味だ? ……そう聞こうとしたが、結局言葉が出なかった。何故だろう。〝そういう空気だった〟のかもしれない。


 ネルが寂しそうに俯くので、俺は慌てて話題を変えた。



「薬草学、だったな。教えてくれるか?」


「そ、そうだったね!」



 ネルは教科書を取り出して、ちょうど今日の授業で使ったページを開いた。



「どこが分からない?」


「調合のやり方がまだちょっと……薬草の種類はほとんど暗記したんだ」


「そっか、じゃあまずここ見て……」



 ネルは丁寧に、俺の分からないところを教えてくれた。一対一だからだろうか、授業を受けているよりもよく頭に入ってくる。いや、彼女の教え方が上手いのかもしれない。

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