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水面

 部屋の扉がノックされる音で目を覚ました。部屋の外からネルの声が聞こえる。



「クロード?」


「もう朝か……?」


「ううん、まだ夜だよ。見張りの交代」



 そうだったな。俺は重い体を起こして立ち上がり、扉を開けた。外にいたネルもまた、眠そうな顔をしていた。彼女は目をこすりながら、俺のほうを見上げていた。



「おはよう、ネル」


「夜だよ……?」


「でも、おはよう」


「なら、おはようクロード」



 俺はネルについていき、デッキの方へと向かった。建物の外に出ると、満天の星空が出迎えてくれる。湖に月が反射して、ゆらゆらと揺れていた。



「クロード、お腹すいてない?」


「どっちの?」


「どっちも」


「それなら、両方大丈夫だ」


「そっか」



 ネルはデッキにある木製のベンチに座って空を見上げた。俺も隣に座って、同じように星を見る。



「私ね、今までクエストを受けて金貨を手に入れるなんて考えもしなかった。学費の返済についても、卒業してからの話だと思ってたし」


「そうなのか?」


「ほら、クエストって仲間と行くものでしょ。勉強会が始まったのもつい最近だし」


「確かに。でも、今回のクエストがうまくいけば、勉強会で授業の予習をしつつまた依頼を受けられそうだよな」


「そうだね。張り切っちゃおう」



 そう言って湖の方を見た瞬間、水面に映る月が揺れ始め、大きな波紋を作ったと思えば────黒く大きな影が湖の底から浮き上がってきた。そして、飛沫を上げながら地上に這い出て来る。その魔獣は、魚のような尾びれを持つ四つ足で、口には牙のようなものも見えた。



「ネル、みんなを起こしてくれ」


「え? うん! じゃあその、クロードはどうするの?」


「先に様子を見てくる!」



 俺はデッキから飛び降りて、魔獣の方へと向かった。背後からネルの「無理しないでね! 絶対だよ!」という声が聞こえる。



 魔獣の死角を選びながら、なるべく音を立てずに近づいていく。見れば見るほど、その魔獣の大きさを実感することができた。まるで、小屋みたいなサイズだ……それに、前足には大きな爪が見えた。俺一人で討伐は不可能か。しかし、先制攻撃を仕掛けるチャンスだ。



 俺は魔獣の背後の、もう少しで手が届くところまで迫ると、手に魔力を込めた。一番得意な火魔法を、すべての力を振り絞って放ってやる────。



 その瞬間、突如振り返った魔獣と目が合った。見上げてみるそれには、確かな恐怖が感じられた。刹那、俺は身体に大きな衝撃を味わったかと思えば、身体が宙に浮いていた。


 そして、視界が星空で一杯になり、今度は水面に叩きつけられた。俺は魔獣に吹き飛ばされて、湖に落ちてしまったようだ。



 ……水面で頭を打ったのか、うまく思考ができない。俺は水の中で、もがくこともせずにただ水底へと落ちていくのを感じていた。月が揺れて見える。音が消えていく……。



 ここで終わるのか……? 俺は、それを理解することができなかった。



 前もこんなことがあったっけ? あの時は〝お前〟が引き上げてくれたよな。



 〝お前〟の手は温かかった。人間の手だった。


 あれから俺は、人間になりたいと思ったんだ。



 誰かが俺を呼んでいる。俺の名前を……人間としての名前を。でもなんで? 俺は魔獣なのに。いや、〝クロード〟なのか?



「……クロード!」



 そうだ、俺は人間になりたくて魔法学園に……それから、沢山学んだじゃないか。勉強も、人間のことも。



「クロード、ねぇ!」



 〝お前〟と一緒に学んできた。そうだろ……ネル?



 ────俺が目を開けると、涙を流したネルの姿があった。俺がそれを認識した瞬間、慌てて起き上がると口の中に入った水を吐いた……苦しい。俺はさっきまで溺れていたのか?



「クロード! 良かったぁ……」



 ネルはそのまま俺に抱きついてきた。その拍子に、驚きと同時に何故か懐かしい気持ちになる……温もりが、冷たい身体を元に戻していく感覚。いつの記憶だろうか。


 ネルは泣きじゃくって、何度も俺の名前を呼んだ。



「ネル、ごめんな……」


「……生きててよかったぁ、クロード」



 見ると、ネルの髪や服は俺と同じように濡れていた。



「助けてくれたのか? ……ありがとう」


「泳ぎは得意だから……でも、もう無茶しないでね?」


「わかった。で、魔獣はどうなった?」



 すると、ネルの背後からレオの声が聞こえた。



「追い払ったよ、なんとかな。俺も怪我したが」



 レオの上着は鋭い爪のようなものによって破られていた。それを見て隣にいたアランが言う。



「サブヒーラーが治してやったよ……しかし、あれはかなりの強敵だな」



 そして、奥にいたシオが俺たちを見て言った。



「いつまで抱きついてるの。早く小屋に戻るよ、ここは多分危ないから」



 ネルは俺から急いで離れると、顔も目も赤くしたまま「ごめん」と言った。俺はと言えば、少し残念な気持ちでいた。しかし、ずっとこうしてはいられない。ここはまだ湖の近くらしい。



 俺はふらつく身体を無理やり起こすと、四人のあとについて行った。



 月明かりに照らされたネルの横顔を見て、もう一人で行動はしないでおこうと心に決めた。



 そして、謎の記憶についても気になっていた。俺がネルと関連付けた〝お前〟の存在、遠い記憶……。



 まだ冷えている身体が、少しだけ震えた。

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