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賞金

 放課後、俺はネルと二人で旧・薬草学棟を目指した。だだっ広い学園の敷地の端の端、今は誰も使っていない校舎らしい。噂によると、そこがレオ・ファミリーの拠点なのだとか(ジル調べ)。


 隣を歩くネルは、その表情からとても緊張しているのが分かった。



「ねぇ、クロード。行って大丈夫かな? 無事で帰れる?」


「何かあったら全員倒す」


「はは……心強いけど。暴力はなしね」


「それは約束できないな。相手が手を出してきたならば、俺もやり返す」



 ネルはまた複雑そうな顔をした。そう言っている間に、ジルが言っていた旧・薬草学棟の前まで来ていた。


 老朽化している、木製のフェンスで封鎖された少し不気味な二階建ての建物だった。手入れがされていないのか、壁にツタが生えている。



 ネルは立ち止まって、建物を見上げると、震えた声で言った。



「か、帰る? やっぱり帰ろうか?」


「ここまで来たのにか? 大丈夫、俺がいるから」


「そ、そうだね! ありがとう」



 俺が歩き始めると、ネルも後についてきた。正面にある大きな扉は、格子状に木材が立てられており、入るのは難しそうだ。それでも一応、その扉をノックしてみる。



「おい。シオ、もしくはレオ。来てやったぞ」



 すると、入口より右側の壁から返事が返ってきた。



「お前がクロードか? もう一人はネルだな」


「あぁ」


「入っていいぞ、こっちだ」



 声の聞こえる方へ行くと、壁にぽっかりと穴が空いていた。そして、そこには一人の男子生徒が立っている。レオやシオと同じく、制服を着崩している。これが不良界の流行りのファッションなのだろうか。



「レオのところまで案内しろ」


「レオさんは補習に行っている」


「……意外と真面目だな」


「行かないと退学になる」


「それはそうだが」


「代わりにシオさんのところへ案内する。ついてこい」



 俺達は、その男子生徒について行った。蜘蛛の巣の張っている廊下を進み、ギシギシと音が鳴る階段を登り、ようやくシオのいる部屋に着いた。


 そこで男子生徒はピタリと立ち止まる。



「この部屋にシオさんがいる。くれぐれも無礼がないようにな」


「その発言が俺に無礼だぞ」


「なんだと!? ……って、喧嘩するなってシオさんに言われてたんだ。今回は見逃してやるが次はないぞ! さぁ、入れ」


「はいはい」



 俺はその部屋の扉に手をかけた。が、何故か扉が開かない。



「なんだ?」


「あぁ、ボロくなってて開きにくいんだ。蹴れ」


「はぁ?」


「仕方ない、俺がやってやる。シオさん、失礼します!」



 男子生徒が扉を思いっきり蹴ると、その扉の蝶番が壊れて吹き飛んでいった。バタンというイヤな音と同時に、部屋の様子が明らかになる。中にいたシオは、それを見て嫌そうな顔をする。



「後で修理してよ」


「す、すみません……」



 俺とネルはそのまま中に入り、部屋を見渡した。老朽化した建物の割には小綺麗で、壁に沿って幾つかのプランターがあり、植物が育てられていた。



「薬草でも栽培してるのか? それを高値で裏取引とか……」


「どんなイメージ? これは僕の趣味の観葉植物だよ。種類は右から順に────」


「いや、説明してくれなくていい」


「え。でも、一番左のソレはなんと虫を食べる植物なんだよ? 気にならない?」


「少し気になるが今はいい」



 シオは「そっか」と残念そうにして、立ち上がった。



「ここまで来てくれたってことは、レオ先輩の過去について思い当たる節があったってことだよね?」



 すると、ネルが答えた。



「あの、レオくんは私が入学したときに……言いがかりで『呪われた生徒』だって言われていたんだよね?」


「まぁ、そういうことだね。しかも、その噂のせいでレオさんは親に見捨てられたんだ。義理の両親らしいけどね」


「そ、そっか」



 シオは歩いて、部屋の隅にある小さな机の上にあるジョウロを手にとって、観葉植物に水をやり始めた。



「レオさんは、そのことでネルさんを恨んでる……とかではないんだけどね」


「じゃあなんで私達を呼んだの?」


「クロードをここに呼ぶためには丁度いいかなって」


「ずるいね……」



 俺はまんまと釣られたってわけだ。とはいえ、このまま放って置くわけにもいかなかったからな。


 俺はシオに問いかけた。



「レオもネルもその件については被害者だろ。なんなら俺は部外者だ。だから昨日も言ったがレオと決闘なんてしない」


「えー、一回だけでいいのにな」


「しない」


「仕方ないな。ネルさんを人質にすれば話は早いんだけど、レオさんはダメって言ってたしな」


「もしそれをやったらどうなるか」


「冗談だよ」



 シオは水やりを終えると、小さく言った。



「レオさんとの決闘に勝てば金貨十五枚、でどう?」


「え?」


「金貨十五枚が賞金」


「……え?」



 金貨十五枚。それはそれは魅力的な数字だった。それって夕食何回分だ? 本何冊分? いや待てよ……。



「それってか弱い生徒たちをカツアゲして手に入れた金貨とかじゃないだろうな?」


「僕たちをなんだと思ってるの? これは、レオ・ファミリーでクエストに行って稼いだお金だよ」


「クエスト? あの、冒険者たちが受けているやつか」


「そう。その中でも学生向けのやつをね。レオ・ファミリーは力自慢がたくさんいるからさ」



 クエストとは、多種多様な依頼をこなし、それに応じて報酬をもらうことである。それを生業としている者を冒険者と呼ぶが、学生が生活のためにクエストを受けることもある。


 とにかく、金貨十五枚は正直に言って喉から手が出るくらい欲しい。



 ネルの方を見ると、彼女は苦笑いした。



「私としては、決闘とかしてほしくないんだけどね……」


「でも金貨十五枚だぞ」


「十五枚かぁ……たしかにすごい数字だよね」


「そうだろ」



 ネルは少し考えてから、小さな声で言った。



「するとしても怪我、しないでね?」


「したら治す」


「でもなぁ……」



 やはり、彼女は複雑そうだった。でも、たかが決闘だ。命を賭けるわけじゃない。俺が魔獣だった頃は、毎日が命がけの狩りだったんだ。それに比べればマシな方だ。


 俺はシオの方を見て言った。



「よし、なら決闘を受けよう」


「お? 受ける気になった? 現金な人だね」


「否定はしない」


「決闘委員会を呼んで、明日の放課後に広場で開催しよう。レオさんには僕が伝えておくよ」


「あぁ」



 シオは観葉植物の方を見たまま、言った。



「前回と違って手加減とかはなしね。本気でぶつかり合ってもらうから」


「そうだな」


「というか、次は加減なんかしたら負けちゃうかもよ。一度負けたレオさんは強いから」


「ほう。それは楽しみだ」



 シオはコクコクと頷いて「じゃあまた明日」と言った。




 帰り道、ネルは少し不安そうにしていた。



「罠とかだったらどうしよう。実は大勢で待ち伏せていて、クロードを袋叩き! とかだったら……」


「全員倒す。というか、そんな真似はしないと思う」


「そうかな?」


「アイツら、不良と言われて周囲から軽蔑されているが、退学した生徒の話は聞いたことがないだろ?」


「確かに……暴力沙汰とかカツアゲとか、バレたらすぐ退学になるもんね」


「それに、喧嘩じゃなくて決闘っていう形を取りたがるだろ? あれもきっと彼らなりの工夫なんだろうな」


「まぁね……」



 ネルは立ち止まると、少し迷ってから言った。



「あの……暴力はよくないけど、でもね。やるなら絶対に勝ってね! クロードの強さ、見せてよ」


「当たり前だ。一度勝った相手だしな」


「うん! 頑張ってね!」



 俺は拳を突き出し、ネルとグータッチした。

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